Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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私たちはどこから来たのか? 宇宙の歴史を解き明かす巨大ブラックホールの謎
尾上 匡房 講師

尾上 匡房 講師

天文学の究極の問い

「我々は何者か、我々は何処から来たか、我々は何処へ行くのか」。これは19世紀の画家ポール・ゴーギャンが、自身の作品に記したタイトルです。これは人生のライフサイクルを表したものとされていますが、その枠を超えて、私たち人類が古くから抱き続けてきた自らの存在に対する根源的な問いかけを表したものとも言えます。

この哲学的とも言える問いに、科学的な視点からアプローチする究極の手段が天文学です。つまり、天文学とは、約138億年前に起こったビッグバンから現在に至るまでの壮大な宇宙の歴史、そしてその中で起こった星や銀河の誕生と成長の歴史を観測によって解き明かすことで、私たちの起源を探る学問なのです(図1)。

図1:ビッグバンから現在に至るまでの宇宙の歴史(国立天文台)

宇宙の歴史を探るタイムマシン

天文学における観測という行為は、過去へと遡る「タイムトラベル」に似ています。およそ100年前、米国のエドウィン・ハッブルらによって、現在の宇宙が膨張していることが示されました。これは、遠くにある天体ほど私たちから速い速度で遠ざかっており、そこから放たれた光が何億年、何十億年も宇宙空間を旅したのちに、現在の私たちに届いていることを意味します。

この138億年という壮大な宇宙の歴史を理解するために、天文学者はできる限り遠方、すなわち過去の宇宙から届いた光を観測する必要があります。そして、星や銀河と並んで重要な観測対象となっているのが、「巨大ブラックホール」と呼ばれる天体です。では、ブラックホールとは一体どのような存在なのでしょうか。

暗黒宇宙を照らす巨大ブラックホール

ブラックホールと聞くと、SF小説の産物のように思われるかもしれません。しかし実際の宇宙には、太陽の10万倍から100億倍という巨大な質量を持つブラックホールが普遍的に存在することが知られています。その中で最も身近な例が、私たちの住む太陽系を含む天の川銀河の中心にあるブラックホールです。米国UCLAのアンドレア・ゲーズ教授とドイツ・マックスプランク地球外物理学研究所のラインハルト・ゲンツェル教授の独立した2チームは、補償光学という特殊な技術を用いて天の川銀河中心を10年以上にわたり観測しました。その結果、中心部を公転する星の軌道から、太陽の約400万倍の質量を持つ巨大ブラックホールの存在が明らかになりました。この業績に対して、2020年のノーベル物理学賞が贈られています。

ブラックホールというと、物を吸い込む存在というイメージが強いかもしれませんが、しかし実際には、ブラックホールに落ち込む物質の重力エネルギーの一部が、降着過程で強い放射エネルギーに変換されます。この現象は「活動銀河核」あるいは「クェーサー」と呼ばれ、その明るさは、属する銀河全体の光をはるかに上回ることもあります。この驚異的な明るさによって、ブラックホールは遠方宇宙を探るための「灯台」の役割を果たすのです。

若い宇宙、でも重たいブラックホール

現在から約130億年前、すなわちビッグバン後10億年以内という若い宇宙では、ブラックホールはどのように成長していたのでしょうか。このような超遠方宇宙では、観測できるほど明るいブラックホールの数が非常に少なく、月の見かけの大きさの何百倍、何千倍にも及ぶ広大な領域を観測する必要があります。このような観測は「サーベイ観測」と呼ばれ、2000年代以降、米国のSloan Digital Sky Survey(SDSS)に代表される大規模計画が進められてきました。

これらの広視野サーベイ観測は、天文学者に大きな謎を突きつけました。宇宙誕生からまだ10億年も経っていない初期宇宙に、すでに太陽の10億倍という、宇宙最大級の質量を持つブラックホールが存在していたのです(図2)。

図2:(左図)超巨大ブラックホールのイメージ図(NASA, ESA, CSA, Joseph Olmsted (STScI))
(右図)現在知られている最遠方クェーサーの1つ ULAS J1342+0928(Eduardo Bañados (MPIA), Xiaohui Fan (University of Arizona))

この発見がなぜ重要なのでしょうか。ブラックホールの成長には、物質にはたらく重力と、降着活動に伴って外向きに働く放射圧との釣り合いが関係しており、成長速度には「エディントン限界」と呼ばれる理論的上限があることが知られています。もしブラックホールの最初の「種」が、巨大な星の最期に残る比較的小さな天体であった場合、ビッグバンから理論限界で成長し続けたとしても、観測されている質量には到達できないのです。

この謎に対して、現在主に二つのシナリオが考えられています。一つは、誕生したブラックホールが限界速度(エディントン限界)以上で物質を取り込み、極めて効率よく成長したという説。もう一つは、最初の「種」自体が、初代星の残骸ではなく、太陽の10万倍以上の質量を持つ巨大なガス雲が直接崩壊して生まれた、非常に大きなものだったという説です。現在の観測からは、このどちらが正しいか、あるいは他の説がありうるかについてはよくわかっておらず、理論的な研究が盛んに行われています。そして私のような観測天文学者は、この謎を解くために、宇宙の果てで最初のブラックホールを探し続けているのです。

初代ブラックホール探査の現状と、将来の展望:より遠く、より暗くへ

初期宇宙におけるブラックホールの「種」を直接観測することは、その時代と予想される暗さを考えると、現実的には極めて困難です。そのため天文学者は、「種」にできるだけ近い時代、そして質量(=明るさ)のブラックホールを見つけることで、その誕生シナリオを探っています。

私は大学院生時代より、日本の「すばる望遠鏡」を用いた遠方ブラックホール探査に携わってきました。このプロジェクトでは、地上望遠鏡としては最大級となる8.2メートルの主鏡を持つすばる望遠鏡をサーベイ観測に活用することで、約200個の遠方ブラックホールを発見するという成果を上げています(参考1)。ここで使われた観測データは、すばる戦略枠観測と呼ばれる、日本・台湾・プリンストン大による国際協力の基で行われた大規模観測計画によるものです。

さらに、2021年末に打ち上げられたジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)は、この分野における「ゲームチェンジャー」となりました。JWSTが誇る圧倒的な感度により、地上望遠鏡では見えなかった100倍以上も暗い天体の観測が可能となり、より若いブラックホールの発見が始まっています。私自身も、JWSTの初期観測データから、遠方宇宙のブラックホールを世界に先駆けて発見することに成功しました(参考2)。

さらに、地球大気の揺らぎの影響を受けない宇宙望遠鏡の利点を生かし、巨大ブラックホールを宿す母銀河を直接検出することにも成功しています。これにより、「ブラックホールが先に成長したのか、銀河が先に成長したのか」という、銀河とブラックホールの共進化という長年の問題に対する理解が大きく進むと期待されています(参考3参考4)。

天文学では、現在大型サーベイ計画の黄金期を迎えています。今後10、20年はJWSTやすばる望遠鏡に加え、すでに観測を開始した欧州のユークリッド宇宙望遠鏡、さらに今後本格稼働するルービン天文台、ローマン宇宙望遠鏡といった計画が予定されています。また、早稲田大学を中心として、新たな遠方宇宙探査を目的とした赤外線天文衛星「GREX-PLUS」の検討も進んでいます(参考5)。私たちのルーツを探る天文学の旅は、まだ始まったばかりなのです。

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