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臨時代理大使・ティムラズレジャバ 開拓者精神でジョージアと日本をつなぐ

新たな挑戦ができる場所、それが早稲田大学

在日ジョージア大使館臨時代理大使 ティムラズ・レジャバ

東京・赤坂の在日ジョージア大使館にて

黒海沿岸に位置し、ヨーロッパとアジアの境目にある国・ジョージア。最近では、“世界一おいしいニンニク料理”として話題の「シュクメルリ」をはじめとした郷土料理や「ワイン発祥の地」としても注目を集めている。

そんなジョージアの在日大使館臨時代理大使の重責を担うのは、国際教養学部出身のティムラズ・レジャバさん。ジョージアと日本を行き来する少年時代を過ごしたのち、なぜ早稲田大学への進学を選んだのか? 卒業後の今、ジョージアと日本の架け橋になるべく日々奮闘する中でも感じる、自らの「早稲田らしさ」について伺った。

人生に大きな影響を与えてくれた、二人の恩師との出会い

レジャバさんが初めて日本にやってきたのは4歳のとき。その後も、生物学者である父の研究や仕事の関係で、日本とジョージアを行き来する日々を過ごす。『ドラゴンボール』など日本のアニメコンテンツに熱中した少年時代を経て、転機となったのは日本の高校に入学した15歳のとき。「自分のアイデンティティーはどこにあるのか?」と自問自答するようになったという。

広島で過ごしていた8歳のころのレジャバさん(右下)。家族を支えてくれた角谷さん(左から2人目)と両親と共に

「僕は自分の母国のことをあまりよく分かっていない。といっても、明らかに日本人でもない。『じゃあ自分は何者なんだ?』と考え、ジョージアで1年間過ごすことにしました。その結果、自分や国に対する考え方が明確になったんです。せっかく日本とのつながりがあるんだから、このつながりをもっと生かせるようになりたい。だからこそ、日本の大学に行きたいと考えるようになりました」

高校卒業後の2007年、レジャバさんは他大学に進学。それでも、「本当に入りたかったのは早稲田大学だった」と、他大学に入ったことでむしろ早稲田への思いが強くなったという。

「そもそも、僕の準備が遅くて最初の入試では早稲田を受けることができなかった。でも、当時できたばかりの国際教養学部に9月入学制度があると知って、そこから入試対策を頑張りました。だから、僕が他大学の学生だったのは3カ月だけ。縁があって合格することができ、早稲田に入学することにしました」

こうして始まった早稲田での学生生活。特に思い出深いのは二人の教授からの学びだったと振り返る。一人は重村智計先生(早稲田大学名誉教授)だ。

「重村先生からは、『何かエピソードを話すときは、具体的な固有名詞を出すことで物語に立体感が出せるんだ』と言われたことをよく覚えています。ジャーナリストとして国際情勢にも詳しい重村先生とは今でも個人的にお付き合いがあり、さまざまなアドバイスをいただいています」

そしてもう一人、文芸評論家としても活躍した故・加藤典洋先生(早稲田大学名誉教授)の名を挙げた。

「私はこう見えて文学が好きでして、電子書籍を使った大学初の文芸サークルを立ち上げたこともあります。そんな私にとって、村上春樹さん(1975年第一文学部卒)の作品を多く論じてきた加藤先生の授業は面白く、また先生の専門である日本の戦後の在り方に関しても、深く学ぶことができました」

「早稲田の素晴らしいところは、私にとっての重村先生や加藤先生のように、その後の人生に大きな影響を与えてくれる恩師と出会えること。それは非常に価値あることだと思います」

さらにレジャバさんは、新規サークル設立のほかにも、早稲田の飲食店の宣伝をしながら、そのお店で使えるオンラインクーポンを発行する仕組みを開発したこともあったそう。

「新しいことが好きで、その点は早稲田の『開拓者精神』に通じるんじゃないかなと自己分析しています。現状に満足せず、何か新しいことをやりたい人にとって、早稲田の環境はピッタリだとあらためて感じますね」

人と会うことが仕事。だからこそ貴重な「早稲田のつながり」

学びの多い時間を経て、就職活動期へ。ただ、社会に出ることへの漠然とした恐怖を抱え、当初は思うように前に進めなかったという。

「就職することは、毎日戦争に行くようなものじゃないかと、とにかく社会に出ることが怖かったですね。おかげで入試の時と同じように出遅れました(笑)」

そんな不安にさいなまれていたある日、キャンパスで目にしたのが、キッコーマン株式会社の募集要項だった。

はやりのシュクメルリやジョージアワイン。「これからは、牛肉のシチュー、『ハルチョー』を推したいですね」

「そこには、国際的な視点で活動できる人材を募集中、と書いてありました。自分はたくさんの国に住んだ経験があり、それぞれの国の食べ物に関心があったこともあって、面接では『これからの時代は、アレルギーの視点やヴィーガンのような食に対するポリシーを大切にしながら、国それぞれの食文化について考えていきたい』と訴えたところ、採用されたんです。回り回って今、大使館の仕事でジョージア料理のプレゼンテーションをする機会も多いのですから、面白いですよね」

社会に進出するのに抵抗を感じていたレジャバさんだが、日本とジョージアで培ったコミュニケーションスキルを遺憾なく発揮し、見事に順応。その経験を生かし、キッコーマン退職後には母国・ジョージアで起業するまでになった。そうして日本とジョージアをつなぐビジネスを広げた結果、ジョージア外務省と縁があり、大使館任務の依頼を受けるに至ったのだ。

「大使館から依頼が来た時は結婚したばかりで、生活も安定し始めた時期。だからこそ、また環境を変えて日本へ渡る決断をするのは大変でした。それでも、国からの指名というのは大変名誉なもの。自分の人生にとって大きな仕事になると快諾しました」

レジャバさんが臨時代理大使に就任したのは2019年。この頃から、日本でもジョージアの食文化にまつわる多くの商品が生まれ、メディアで話題になることも増えていった。それらはレジャバさんの広報活動が形になったと言っても過言ではない。

「私の仕事の9割は人と会うこと。デスクに座っていても仕事は進みません。さまざまな方と会ってネットワークを作り、新たな何かを生み出していく。その意味でも、キッコーマン時代に心得た営業的な気配りや場の作り方、商習慣や接待マナーなどはすごく生きていますね」

2019年10月にサロメ大統領が来日した際も大活躍。山東参院議長、小川参院副議長との懇談(左)や、安倍元首相との会談(右)に同伴

では、今に生きている「早稲田での経験」は何だろうか?

ジョージアオリンピック委員会会長を含む関係者と(左端がレジャバさん)。東京2020大会期間中、スケジュールの許す限りジョージア選手の試合を応援しに行ったそう

「人と情報が重要なこの仕事において、『早稲田のつながり』は大変ありがたいです。実際、同じ早稲田だからというきっかけから付き合いが始まることも少なくありません。そして、『開拓者精神』で新しいことにチャレンジしていく。まだまだジョージアのことは世間に知られていませんから、こちらからどんどん仕掛けていくことが重要なんです」

そんなレジャバさんだからこそ、「学生の皆さんも、自らチャレンジをしてほしい」とメッセージをもらった。

「早稲田は本気のチャレンジができる場所。大変なこともたくさんあると思いますが、それは必ず自分のためになるから、なるべく楽をせず、一生懸命やってほしい。新型コロナウイルス感染症の影響もあり、なかなか出掛けにくい状況ですが、今は何ができるかをよく考えて、さまざまなことに取り組んでほしいですね」

取材・文:オグマ ナオト(2002年第二文学部卒業)
撮影:小野奈々子

【プロフィール】
ジョージア共和国出身。ジョージアが旧ソ連から独立した直後の1992年に家族で来日。その後はジョージア、日本(広島や茨城など)、米国で教育を受ける。2007年9月、早稲田大学国際教養学部に入学。カナダへの留学を経て、2011年9月、同学部卒業。2012年4月、キッコーマン株式会社に入社。2015年に退社後はジョージア・日本間の経済活動に携わり、2018年10月からジョージア外務省に入省。2019年8 月から在日ジョージア大使館臨時代理大使を務める。たびたび話題になるTwitterのフォロワー数は約5万人。「もしジョージアに興味があるのなら、SNSを通してでもいいので私にコンタクトしてみてください。私はいつもオープンですから!」
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