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演劇×サイエンス 認知科学で「演劇の場」で起きていることを読み解く

早稲田小劇場どらま館」×「早稲田ウィークリー」による「演劇のはなし」のコーナーでは、「演劇入門」「誰にでも伝わることばで」をキーワードに、演劇の魅力を伝えます。今回から「学問を通して演劇を見てみる」をテーマに、演劇初心者である早稲田ウィークリーレポーターがさまざまな学部の教員陣への取材を敢行。早大生にも身近な話題から演劇を照射することで、演劇との新しい関係性を探ります。

新型コロナウイルス感染症の流行は、演劇のあり方にも大きな影響を与えることになりました。これまでのように劇場で上演することが難しくなった状況では、オンラインでの映像配信によって演劇を届けようという試みもなされています。「オンライン化」によって演劇はどのように変わっていくのか、従来の「劇場」とはどのような空間で、そこでは何が起こっていたのか。今回は「認知科学」から演劇を研究されている、野村亮太准教授(人間科学学術院)に話を伺いました。

野村 亮太(のむら・りょうた) 早稲田大学人間科学学術院准教授。専門は認知科学、心理学。著書に『プログラミング思考のレッスン』(集英社新書)、『やわらかな知性―認知科学が挑む落語の神秘』(dZERO)、『舞台と客席の近接学―ライブを支配する距離の法則』(dZERO)など

 

植田 将暉(うえた・まさき) 法学部 4年。早稲田ウィークリーレポーター。演劇との関わりは主に“観客側”であるが、ロンドンで観たミュージカル『オペラ座の怪人』に感銘を受け、高校時代には上演会を企画したことも

演劇を「データ」から読み解く方法とは?

植田

野村先生は「劇場認知科学」がご専門とのことですが、一体どのようなことを研究されているのですか?


野村

「認知科学」とは、記憶や推論、問題解決といった知性の働きについて研究する学問のことですが、私はその中でも、「劇場ならでは」の側面に注目して研究しています。例えば、劇場では、1人の演者のパフォーマンスに対して大勢の観客が一斉に泣いたり笑ったりしますよね。自分ではそんなに面白いと思っていなくても、笑っちゃうこともあります。その日の調子や気分などの各人の「初期状態」に関係なく、演者のパフォーマンスという「共通入力」によって同じような感情に入っていく、これは「感情の同期」と表現できます。演者と観客の間、また観客同士でどのような相互作用が生じているのかを実証的に研究するために、「劇場」はとても適した空間なのです。

植田

野村先生ご自身は演劇とどのように関わってこられましたか。

野村

私の場合、いわゆる演劇には精通していませんが、昔から落語が好きで、学生時代には落語研究会に入っていました。当時は心理学を専攻していたのですが、卒業論文で選んだテーマは落語。そのころから、問題意識の核心は、「落語家はどうやってうまくなっていくのか」ということでした。ただ、落語家がうまくなっていく過程を調べるためには、従来の研究方法では不足があったんです。というのも、観察者が自分の認識能力に頼って「うまさ」を測る方法では、観察者の落語を聴く経験が増すにつれて認識能力も向上していくので、長期間にわたって比較を行うことができません。そのため客観的・定量的に落語のうまさを評価することが必要でした。そこで34歳で理系の大学院に入り直し、非線形時系列解析を用いて、落語についての実証的な研究に取り組むことにしたのです。それが後に「劇場認知科学」になっていきます。

植田

演劇や落語というと、「脚本(演目)」や「役者(噺家)」、あるいは「演出」といった側面から語られることが多い印象があるため、観客の感情の動きを捉える実証研究というのは新鮮に感じます。具体的にどのようなことに注目されているのですか?

野村

観客の感情が湧き上がる瞬間というのは数秒から数十秒くらいですが、それを「データ」で捉えることを重視しています。例えば、観客のまばたきの「回数」を計測してみると、「これは見逃せない」という場面では、それ以外の場面に比べてまばたきの回数が減り、それが感情の動きにあわせて疎密を形成します。実験の結果、熟練した演者は、うまく観客のまばたきの疎密を作っていることが分かりました。研究対象として落語が優れているのは、落語は一人が演じるものだということです。個人を対象とした実験では、観客同士の相互作用も排除できるので、落語家の「しゃべり」にフォーカスするのに適しています。

まばたきの開始時刻からの相対位置をもとに定義した瞬目の位相

 

視線計測装置を用いて測定したデータから同定した、凝視点(右下画像中の白い四角)と位相(中央右グラフ中の赤い丸点)。白い四角が集まっていることから視点が集中していることが、また赤い点同士が近いことからまばたきが同期していることが分かる。島津真人・野村亮太 (2015) 『視聴者のまばたき同期自動計測システム』インタラクション2015から一部引用

野村

そのようなデータを集め、分析することで、劇場における「ライブネス(ライブ感)」を捉えようとしています。ライブネスというのは、ライブ・パフォーマンスにおいて感じる「ありありとした」感覚、つまりリアリティな知覚を媒介して全身で感じられる、コミュニケーションに対する生々しい快の経験のことです。新型コロナウイルス感染症によって、この1年あまりで、ライブネスは世界中でにわかに関心を集めるようになりました。特に劇場で演劇を鑑賞することが生活の一部だった国々では、これまでは劇場で得ていたライブネスをどうすれば自宅でも再現できるのか、あるいはライブネスに替わるものをどのように作り出すのかが課題になっています。

大学の授業における「ライブネス」

植田

ライブネスの存在は演劇だけでなく、私たちの日常生活においても、例えば授業がオンライン化したことで、強く意識するようになりました。

野村

一言に「オンライン化の影響」と言われていることには、実はいくつかの要因が混ざっているので、ライブネスの問題だけで扱うことは難しい側面があります。例えば、「オンライン授業では先生がしゃべっていることが頭に入ってこない」という学生の声を聞くことがありますが、これはライブネスというより、距離の取り方の問題かもしれません。だとすれば、授業の受け方を授業形式に合わせることで解決できます。例えば、オンライン授業を受けるとき、そこが自分の部屋であっても、ジャージではなくパリッとした服装をしてみるのはどうでしょうか。オンラインとはいえ教員はパブリックなしゃべり方をするものです。それに合わせて、学生もパブリックな場での服装をしておく。そうすることでコミュニケーションのフェーズを一致させることができ、教員が話していることも頭に入りやすくなると思います。一方で、教員側が話し方に一人称や二人称を取り入れて、距離感を制御することでも、フェーズをある程度調整することが可能です。

植田

なるほど。コミュニケーションフェーズとライブネスはまた異なる問題なのですね。受け手や語り手の工夫によって授業の伝わり方が変わってくるなんて、とても興味深いです。では、演劇にとって「オンライン化」はどのような影響をもたらすのでしょうか。

野村

感染症対策やオンライン化によって大きく変化したものに、劇場内の「距離」があります。客席で観客が密集することは難しくなりましたし、オンライン配信と劇場では舞台と客席との距離も異なります。観客同士の距離が近いと感情も伝わりやすくなるのですが、単に距離だけが重要なのであれば、観客の間にアクリル板を挟んでも変わらないでしょう。けれども、もし身体からの放射熱を通じて、感情が伝播(でんぱ)しているのだとすればどうでしょうか? 劇場の中で、感情の動きを伝える媒質は一体何か、実はまだ明確な答えが出ていない問題でもあります。

早稲田小劇場どらま館は、定員72席の小劇場。写真は「どらま館 落語会」の様子(2018年)

演劇好きへの一歩は、ふらっと立ち寄ってみるところから

植田

お話を伺っていて、あらためて劇場に足を運んでライブネスとは何かについて考えてみたくなりました。コロナの影響がなくなっても劇場に足を運ぶのはハードルが高いと感じる人もいそうです。学生にとって劇場をもっと身近なものにするにはどのような工夫が考えられますか?

野村

神社のように、劇場が近くに住む者に開かれているという性質は重要だと思います。演劇を行うための場所として決まっているのではなくて、普段から立ち寄れる場所で時折演劇が行われる、というように場所の意味づけの順番を変えてみる。そうすれば、劇場へ立ち入る心理的なハードルも下がりますし、むしろ身内としてその場に参加できるので、演劇自体を楽しみやすいのだろうなと想像できます。学内の劇場施設にもそのような側面が導入できたら良いですね。

写真左:「たくさん数を聴くよりも本物に触れることが大事」と語る野村先生。お勧めの落語家は古今亭文菊さんと立川こはるさん。写真は、立川こはるさんと共同制作した『教師のための落語に学ぶ話し方』
写真右:休館中の企画展示室を活用し行われた演劇、早稲田大学演劇博物館スペシャル企画・劇団東京乾電池 別役実作『小さな家と五人の紳士』(2017年)。写真:©Kikuko Uchiyama

植田

最後に、これから演劇や落語に触れてみようと思う早大生にメッセージをお願いします。

野村

落語の場合、きっかけとして音源で聴くのでも良いのですが、ぜひ寄席に足を運んでみてください。劇場にはライブネスがあるというだけではありません。一度生で見てみると、落語家が実はいろいろな細かい仕草をしているのに気が付くと思います。そして、その後に音源を聴くとまた違った体験になると思います。とはいえ、初めは難しく考えず、気軽に聴きに行けば良いのです。落語にしても他の演劇にしても、「友だち」と同じで、なんとなく付き合っているうちに思いがけない側面を見つけて大好きになっていくものですから。

取材・文:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ
法学部 4年 植田 将暉(うえた・まさき)
画像デザイン:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ
人間科学部 2年 佐藤 里咲(さとう・りさき)

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