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児童養護施設出身早大生 子ども貧困問題に「当事者の私だからできること」

「大学生の今だからできる、気持ちの拠り所としての“居場所を作りたい」

社会科学部 2年 飯田 芽生愛(いいだ・めいあ)

家庭での生活が困難だと判断された児童が入所する「児童養護施設」は全国に約600ほどあり、現在約2万7千人の子どもたちが暮らしています。社会科学部2年の飯田芽生愛さんも、7歳から18歳までの時間を長野県飯山市にある児童養護施設で過ごしました。高校時代に社会的養護の下にある子どもたちの現状を発信する活動を行う中、3年生のときに出場した「第72回椎尾弁匡(しいおべんきょう)記念杯全国高等学校弁論大会」では、自身が幼少期に受けた義父からの虐待や母親の自死、児童養護施設での生活経験を当事者としてスピーチし、最高位である内閣総理大臣賞・文部科学大臣賞を受賞。大学入学後も活動を続けている飯田さんですが、この1年間は自発的な発信を意識的に避けていたと言います。飯田さんの現在と、心に生じた変化について聞きました。

※インタビューはオンラインで行いました。

――飯田さんはこれまでの自身の経験を基に当事者として社会的養護の下にある子どもたちの現状を発信する活動をしてきました。現在はどのような問題意識を持っていますか。

私はこれまでの活動の中で、児童養護施設入所者の進学率の低さや施設退所後の問題に直面してきました。施設にいるときは社会的に養護され多くの支援を受けることができますが、施設を出た後には頼れる人や帰ることのできる場所がなく、子どもたちの多くは自分の居場所を見いだすことができません。また、私のように大学に進学している割合は1割程度と低く、「お金がないから進学できない」と初めから諦めている子どもも多いのが現状です。これらの実情が世の中にあまり認知されていないことも問題だと思っています。

長野県庁こども・家庭課と協働で開いた交流会(高校3年時)

――飯田さんご自身も「紺碧の空奨学金(※)」を受給していますね。こうした制度があることも早稲田への進学の理由となったのでしょうか。

はい。早稲田大学への進学を検討できたのは、この奨学金の存在のおかげでした。児童養護施設の子どもが進学するためには、高校時代にアルバイトを毎日して、多くの貸与奨学金を借りなくてはいけないケースがほとんどです。私は高校では部活動でバトンをやっており、ダンス未経験で周りの何倍も練習する必要があったため、多くの時間を練習に費やしていました。その結果、チームにも恵まれ、全国大会部門8連覇を達成できましたが、進路に対する不安を常に抱えていました。そんな中、紺碧の空奨学金と社会科学部の自己推薦入試のことを知ったんです。

一方、このように制度として整ってきている現実はあっても、その情報が肝心の当事者や施設関係者に適切に伝わらない現状もあります。施設の子どもたちは携帯やPCを持っていない場合も多く、インターネット上にある必要な情報の収集が難しいことも原因だと思っています。

※児童養護施設等の出身者が、経済的理由により早稲田大学への進学を断念することのないよう創設された奨学金。入学検定料をはじめ学費も4年間全て免除され、月額9万円の生活費も支給される。入学前に在学中の奨学金を約束する入試前予約採用給付奨学金となっており、採用候補者は早稲田大学が実施する入学試験に合格・入学することで奨学生に正式採用される。

――性質上、当事者として声を上げにくいことも認知度の低さにつながっていると思いますが、飯田さんはなぜ自身の経験を語ることにしたのですか。

単純に人一倍承認欲求が強いのだと思います(笑)。施設では子どもの数に対して職員数が少ないため「どうしたら自分を気に掛けてもらえるか」と、子どもたちは常に承認欲求を抱えています。それでも、自分のネガティブなバックグラウンドを発信することには、多くの場合は抵抗感が生じるようです。私の場合は、自分の環境を変えたいという思いが強く、負けず嫌いや好奇心の旺盛さが勝ってもいるのだと思います。

もう一つ、大きな変化があったのは高校2年の夏に内閣府でスピーチを行った際、人前に出て話をする場で初めて涙がこぼれるという体験をしたことです。それまで無意識で抑えていた悲しさや寂しさなど、声に出して話をする中で自分の過去に対する本当の感情に気付けた体験でした。その後も講演会に向け原稿を準備する段階で自分の経験を言語化していく過程が、自分自身と向き合うきっかけになっていきました。なので「社会のために」という面よりは、自分のためという面が理由としては大きいのかもしれません。

自分の身の回りの課題・関心をテーマにアクションを起こした全国の高校生が集い発表を行う「My Project Award 2018」に参加(高校3年時)。個人部門でベストオーナーシップ賞を受賞した

――大学生になった現在はどのようなことに取り組んでいるのですか。

現在も引き続き、子どもの貧困問題の改善に向けて発信活動に取り組んでいます。福井県にある曹洞宗大本山永平寺での修行僧の方々に向けた講演、福祉大学の学生や児童養護施設の職員の方々に向けた講演やパネルディスカッション、研修会にも参加させていただきました。

永平寺での修行僧に向けた講演(左)と米国サマープログラム最終日に行ったプレゼンテーションの様子

また、一般財団法人教育支援グローバル基金が行う人材育成プログラム・ビヨンドトゥモローに参加し、大学1年の夏季休業時には米国サマープログラムでワシントンD.C.とニューヨークを訪れました。現地では国連機関やNPOなどアメリカの社会変革に取り組んでいる団体・個人を訪問し、最終日にはプログラムを通して学んだアメリカの社会問題についてジャパン・ソサエティーにてプレゼンテーションをする機会もいただきました。その後もビヨンドトゥモローでマーケティング・プロモーション担当として活動する他、現在はテレビ局でのアルバイトを通して実践的な発信活動について学んだり、女性支援のためのNPO法人スタッフとして活動したりと、自分自身の成長につながるよう活動の幅を少しずつ広げています。

――大学での学びが活動に影響していることはありますか。

大学での講義、課外活動共に将来に何らかの形でつながっていくのではないかと考えています。大学の講義ではメディア論を履修し、メディアを取り巻く国家勢力やメディアの役割、メディアの影響を受けた戦後の日本について学びました。自分が思い描いていたものとは違い、利己的な目的で利用されるメディアの側面も知ることができました。これまで自分が関わってきた中では発信することの良い面ばかりに目が行っていましたが、ジャーナリストになりたいという自分の目標と向き合うきっかけとなりました。と同時に、自身のメディアとの関わりについても、少し距離を置いて考えたいと思うようになりました。

第72回椎尾弁匡記念杯全国高等学校弁論大会優勝時に優勝旗を持って(高校3年時)

――それは実際にメディア発信の良い面と悪い面を目の当たりにしたということですか。

弁論大会で受賞したニュースなどを見て「話を聞いて興味を持ち、里親登録をしました」といったうれしい声もある一方で、「ただ特殊な経験をしてるから受賞しただけ」といった批判の声も聞こえてくるようになりました。私自身もだんだんと当事者として発信することだけが自分のアイデンティティになっている気がして…。それ以外の部分で自分ができることをそろそろ見つけていかないといけないと考えて、昨年はいただいたご依頼は有り難く受けていましたが、自発的に企画することは控えていたんです。

――あらためて自分と向き合う時間を持てたことで何か変化はありましたか。

振り返ってみると、最初はやりたいと思って始めたはずの活動が、いつの間にか「社会に求められているから」とか「言ってしまったからやらなきゃ」といった意識に変わっていってたような部分もありました。自分の中でそれをやるのが本当に良いのか、本当に自分のやりたいことなのかが分からなくなってしまいました。でも、少し時間を置き、やってもやらなくても何も言われない状況になった今、「あ、本当にやりたくてやっていたんだ」ということに気付いたんです。

施設にいるときは帰ると子どもたちが常にいることをうるさく感じて、正直子どもは好きではないと思っていました(笑)。でも今は家に帰っても誰もいないことを寂しく感じ、子どもたちの存在を自分が必要としていたことに気付きました。そんな子どもたちのために自分に出来ることをやりたい、頑張りたいと心から思えるようになりました。

桜美林大学が運営する高校1年・2年生向けのキャリア支援プロジェクト「ディスカバ」にて、高校生のキャリア支援メンターをしている様子

――今後の目標について教えてください。

これまでの活動を通して、私は子どもたちの「居場所」と思える場所を作り、支えていきたいと考えるようになりました。実家のない子どもたちが帰省することもあれば、自立のために料理を習いに来ること、進路相談をすることもできる。目的なしに気軽に立ち寄れて、頼れる、将来はそんな場所を作りたいです。大学生の今は物理的な場所を作ることは難しいですが、単発的な交流会であってもそこに集まる人と会うことで自分が自分でいられるとか、そこで起きたことや考えたことを思い出すと自分が頑張れるなといったことを「居場所」と定義して活動を続けたいと思います。そして、児童養護施設の子どもたちをはじめとする社会的養護の下にある子どもたちが、広い視野と選択肢を持ち、環境に左右されることなく自分の将来を決定していける未来の実現に寄与していきたいです。

第757回

チアダンスの一大大会であるJCDA大会(一般社団法人 日本チアダンス協会主催)前の合宿での一コマ(飯田さんは中央左の黄色Tシャツ)

【プロフィール】
長野県出身。県立長野西高等学校卒業。高校でのバトンに続いて大学では「早稲田大学チアダンスチームMYNX」(公認サークル)に所属。全国優勝を目指し、活動自粛中の現在もメンバーとオンライン上で週4回、1時間半ほどの筋トレや基礎練習を行っているという。ランニングも好きで、自主練で5~10キロくらいの距離をよく走っているそう。勉強や活動との両立のコツは「一方をやっているときはもう一方のことを完全に忘れる」ことだと語る。

早大生のための学生部公式Webマガジン『早稲田ウィークリー』。授業期間中の平日はほぼ毎日更新!活躍している早大生・卒業生の紹介やサークル・ワセメシ情報などを発信しています。

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