Waseda Weekly早稲田ウィークリー

全国から10名、世界を意識した「大迫傑との夏」競走部・千明×中谷

コロナ禍に揺れた2020年のスポーツ界。異例づくしの年に達成された偉業の一つと言えば、3月1日に行われた「東京マラソン2020」での大迫傑選手(2014年スポーツ科学部卒)の日本記録更新です。現在、大迫選手は、自身の競技以外でも日本の陸上界をリードする取り組みを始めています。その名も「Sugar Elite」。大学の枠を越え、世界で戦う強さを求める選手だけを集めたチームを発足し、その第1弾として、今夏に少数精鋭キャンプを長野県で開催したのです。

わずか10人しか参加できなかったこのキャンプに、早稲田大学からは2人の選手が参加を果たしました。競走部所属の千明龍之佑選手と中谷雄飛選手(いずれもスポーツ科学部3年)です。来る「第97回東京箱根間往復大学駅伝競走(以下、箱根駅伝2021)」でも主力として期待されている2人は、「Sugar Elite」と大迫先輩から何を受け継ぎ、今後にどう生かしていくのでしょうか? 今回は、そんな2人の対談を2回に分けてお届けします。

※インタビューは11月中旬に行いました。

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早稲田への進学の決め手は「大迫傑」という存在

早稲田への進学の決め手は「大迫傑」という存在

(左から)千明龍之佑選手、中谷雄飛選手

このような2人での対談は以前にもありましたか?

中谷
入学したときにあったかなぁ...。でも、ほとんどないですね。

当時の第一印象と今とで、お互いのイメージはどう変わりましたか?

千明
中谷の最初のイメージは、真面目であまりしゃべらない人間なのかなと。でも、接しているうちにそんなイメージはなくなって、今ではむしろ、おしゃべりなやつ! と認識しています。
中谷
千明は「マイペース」というイメージが一番強いです。それは最初から、今もいい意味で変わらないですね。
千明
「マイペース」はよく言われるかも。しゃべり方もゆっくりで遅いというか。
千明龍之佑選手

お互いの長所、見習いたい部分は?

千明
自分の信念を持っているというか、周りに流されずに自分を貫ける点は、中谷のすごいところだと思います。
中谷
千明はリーダーシップがあるので、みんなを引っ張ってくれる頼もしさがあります。僕はむしろ一人でいることも多いので、千明がチーム全体を見て考えを発信してくれたり、リードしてくれたりしてありがたいし、うらやましいと感じるときもありますね。
中谷雄飛選手
千明
いやいや、自分のことで精いっぱいで見えてないところもあるので、そこは“見えている風”にしているだけです(笑)。

2人は今夏、大迫選手が主催する「Sugar Elite」の短期キャンプに参加されました。このプロジェクトに申し込もうと思った動機は何でしょうか?

千明
今年から競走部全体のサポートをしていただいている五味宏生トレーナー(2007年スポーツ科学部卒)の存在がきっかけです。五味トレーナーは大迫さんのサポートもされています。僕は1年生のころから五味さんにトレーニングを見てもらう機会があったのですが、「大迫が大学生を集めて合宿をするみたいだよ」と聞いて興味を持ちました。

今春の段階では、「Sugar Elite」の選考基準タイム(5,000メートルで13分55秒00)はまだ切れていなかったと聞いています。

千明
そうなんです。ただ、日本のトップランナーである大迫さんと一緒にトレーニングができれば、自分の競技観に少しでもプラスになるはず と、五味さんから話を聞いた時点で参加したい気持ちは固まっていました。7月に学内で記録会が開催されたので、「ここで記録を更新して参加してやろう」というモチベーションを持って練習に取り組めたことで、結果(自己ベストの13分54秒18)を出せたんだと思います。
中谷
僕は大迫さんが高校(長野県・佐久長聖高)の先輩でもありますし、早稲田への進学を決めた動機も、「大迫さんのように世界で戦えるランナーになりたい」という思いがあったから。そんな憧れのランナーがどんな生活を送り、どんな練習をしているのかはすごく気になっていました。自己ベスト(13分39秒21)が参加標準タイムを切っていたこともあり、迷わず参加を希望しました。

千明選手にとって大迫選手はどんな存在ですか?

千明
陸上を本格的に始める前から知っていた、偉大な存在です。箱根駅伝を漠然と見ていた中でも「この人、かっこいいな」と思うほど印象的な選手で、自然と憧れを抱いていました。僕が 大学を早稲田に決めた理由も「大迫さんと同じユニホームを着て走ってみたい」という小さいころからの憧れ が大きな要因でしたから。
箱根駅伝2011を走る大迫選手。1年生ながら1区の区間賞を獲得した(写真:アフロスポーツ)

大迫選手が自身の持つ日本記録を更新し、東京オリンピック代表内定を手繰り寄せた今年3月の東京マラソンはどのように見ていましたか?

中谷
去年9月のMGC(※)で代表内定を逃し、最後の一枠をかけた瀬戸際の東京マラソン。そんな緊張感ある状況で、走っているときの雰囲気やレースの進め方がものすごく強気というか、覚悟を感じました。「絶対に負けない」という強い決意を持って臨んでいる んだ、ということがテレビ画面越しでも伝わってくるレースでした。
東京マラソン2020でゴールする大迫選手(写真提供:共同通信)

※MGC=マラソングランドチャンピオンシップ。2019年9月15日に開催された東京オリンピックマラソン日本代表選考会のことで、大迫選手はこのレースで3位に終わった。その後、代表の残り一枠をかけて今年3月の東京マラソンに出場。自身の持つ日本記録を更新する2時間5分29秒で日本人選手トップの4位に入り、のちに代表に内定した。

千明
レース展開も刺激的でした。30キロ手前で一度遅れ、第1集団にもいない状況から、30キロを過ぎて集団を一気に抜き去る姿! 計画を練ってあのレース展開にしたことはとても勉強になりましたし、自分で勝つためのプランを立てて、それを大舞台で実行できるのはさすが日本で一番の選手 だと感じました。

「Sugar Elite」で目の当たりにした、トップランナー大迫傑のすごみ

「Sugar Elite」で目の当たりにした、トップランナー大迫傑のすごみ

「Sugar Elite」の短期キャンプはマスコミもシャットアウトして行われた合宿のため、あまりその内容は外に出ていません。実際に参加して特に刺激を受けた部分、学びがあった点はどんなところでしょうか?

千明
これまで、大迫さんのようなトップ選手は、普段の生活でも練習でも僕たちとは全く違うことをしているんじゃないかと考えていました。でも、実際にはそんなことはなくて、僕らにとっても当たり前のこと、基本的なトレーニングをひたすら泥臭くやっている姿がとても印象的でした。

走ること以外でも、時間をかけて地道に筋力トレーニングに取り組む姿は、「天才肌」「エリート」という言葉が似合う大迫さんのイメージとは違うな と思いました。
中谷
僕も似たような点になるのですが、大迫さんは “いかに長い距離を速いペースで走るか”という基本的なテーマを本当に突き詰めている んだなと感じました。実際に大迫さんにこれまでの練習内容についてお聞きすると、「何か特別なことをして強くなったわけではない」という話をしてくれました。
キャンプでの練習風景(オレンジの服を着ているのが中谷選手)(写真提供:株式会社WIN BELL)

大迫さんとの会話で特に印象的だったことは?

中谷
「強くなるためには練習の継続だよ」という話が一番印象に残りました。「与えられた練習メニューをしっかりこなす。それをいかに継続して行うか。それだけだと思う」と。もちろん練習のレベルは高いんですけど、僕たちが早稲田でやっているものとベースは変わらない んです。違いがあるとすれば練習の密度。あとは練習に臨む姿勢ですね。
千明
僕も中谷と同じです。「長い時間、長い距離をどれだけのスピードで走れるかがマラソンでは重要になってくる。いかにそこを突き詰めていくか」という言葉が印象に残っています。

大迫選手の意外な一面はありましたか?

中谷
キャンプに参加するまでは、どことなく怖い印象を抱いていたんですけど、しゃべってみたら意外とそうではなかったです。いろんな話題を気軽に話してくれましたね。
千明
そうですね。親しみやすい感じで、僕も抱いていたイメージとは違いました。何でも気さくにやり取りしてくれて、面白い方でしたよ。
キャンプでの一コマ(中央:大迫選手、右:千明選手)(写真提供:株式会社WIN BELL)

大学時代のエピソードなどは話しましたか?

中谷
箱根に向かう心持ちの部分はお聞きしました。大迫さんも僕と同じでトラック志向だった方。20キロ区間ばかりの箱根駅伝に臨むにあたっては、ハーフ(マラソン)を走っておくことが大事という考え方もあるんですが、大迫さんは「ハーフは走らなくて大丈夫。5,000と1万メートルをしっかりやっていれば箱根も行けるよ」と軽いノリでおっしゃっていました(笑)。

大迫さん自身、大学時代にハーフを走ったのは1年生のときだけだそうです。それは大迫さんだから、ということかもしれないですけど、聞いていて面白かったです。他に大学時代のエピソードは...どちらかというと千明の方がしゃべってましたよ。
千明
あまり大迫さんからは話さないんですけど、聞いたら答えてくれて。学生時代に限らず、大きな大会前の練習だったり、日本記録を出したときの練習だったりを聞きました。でも、やっぱりそんなに変わった練習はしていませんでした。日々の積み重ねこそが大事、ということなんだと思います。

世界レベルを知ることが、早稲田をより強くする

世界レベルを知ることが、早稲田をより強くする

他大学のトップ選手とも練習を重ねた(中央前:大迫選手、左前:千明選手、中央後ろ:中谷選手)(写真提供:株式会社WIN BELL)

「Sugar Elite」で学んだことや気付いたことを、競走部内で共有していますか?

千明
大迫さんは、「下の人が上の人に合わせるような練習をしないとチームとして強くならない」とおっしゃっていて、それって早稲田でこそ重要なことだと感じました。

そこでチームに戻った後、「上の人が下の人に合わせる練習ではなく、下の人が僕の練習に挑戦してくるような姿勢じゃないとチームとして強くならない」 ということは共有しましたし、自分もそういう考えを持って普段から練習するようになりました。
中谷
僕はどちらかというとチームに対して「こんなことがあった」と言葉で伝えるタイプではありません。日々の練習の姿勢で示していけたらと考えています。だからこそ、「Sugar Elite」で学んだことを生かして、一つ一つのポイント練習(心肺機能や筋力向上などを目的にした、負荷の高い練習)の質を高めていく。そんなイメージを持ってチームに戻ってからも取り組んでいます。

「Sugar Elite」の設立目的は、大学の枠を越え、世界で戦うための強さを身に付けた学生ランナーが増えていくこと。実際に世界で戦う大迫選手と接したことで、今後の目標設定や“世界”への意識で変わった部分はありますか?

千明
目線が上がったと感じています。それまでは、学生だけをライバルとして見ていた部分もありました。でも、常に世界に目を向けて練習している大迫さんと走ったことで、自然と自分の目線も上がって、早稲田に帰ってきた後も 他の学生ランナーを気にするのではなく、日本のトップレベルのタイムや大会を意識するようになりましたね。

もちろん、自分がいきなり世界大会に出場できるわけではありません。でも、将来的に世界で戦うためには、今までよりも一つ一つの練習の質を上げていくことが大切 になってくるはずです。
中谷
実際に一緒に練習をして肌で感じたことは、大迫さんが取り組んでいた練習を自分も余裕を持ってできるようになったとき、世界で戦えるようになる んだということです。そういった部分で、自分はまだまだだなと感じました。

だからこそ、基本的なことではあるのですが、生活のベースをしっかりしつつ、練習のレベルを上げていかないと世界で勝負することは難しい。でも、現状の物足りなさは僕の伸びしろでもあり、可能性が広がって楽しみだとも思えています。

直近でいえば来年、「学生のためのオリンピック」と呼ばれるユニバーシアードが中国で開催される予定です。今の社会情勢では、まだ開催されるかは分かりませんが、そこを一つの目標としてしっかり目指したい。その先、2022年の世界陸上には日本代表として出場したいですし、来年の東京オリンピックだって、まだ可能性はゼロではありません。

代表選考に絡むための日本選手権の参加標準記録(5,000メートル)は突破しているので、あとはしっかり目標設定を持って、日々チャレンジしていくだけです。

第104回日本陸上競技選手権大会(2020年)にて1万メートルの自己記録を更新した中谷選手

言葉で示す千明選手、背中で示す中谷選手――。そんな2人を入学したときから、見守っている、相楽豊競走部駅伝監督(2003年人間科学部卒業)。「キャンプ参加後に際立って意識が変わった」と話す相楽監督は、「Sugar Elite」から戻った2人のことを、またチームへの影響をどう見ているのでしょうか。

相楽
2人とも、入学してきたときからチームの中心選手でしたし、この2年間ずっとチームをけん引してきた存在です。だからこそ、早稲田というチームの中だけでは「井の中の」だったのが、ちょっと外に目を向けてみたらまだまだやれることがあると気付いて帰ってきたんじゃないかな と。8日間だけだったとはいえ、大迫の背中を見て過ごしてきたことは間違いなく大きな財産になっていますね。

トレーニングで何をしたといった上っ面のことだけでなく、トレーニング以外の生活、日ごろの行動、言葉から学んだことが非常に大きかったようで、2人とも大迫のような高い意識が自然と身に付いたように感じます。実際、日ごろの細かい行動面で、他の学生に比べて際立って意識が高くなりました。

そして他の学生にも、「千明や中谷に『大迫さんどうだった?』と話をよく聞け」と伝えています。それが自分たちの成長にもつながるし、聞かずとも「中谷と千明の行動から自分たちも学ぶようになれば、より強いチームになれるよ」という話をしています。それが一番の収穫なのかなと思います。

私は常々、「早稲田の常識は世間の非常識だ」と学生に話をしています。この集団の中だけで染まってしまうと、集団内だけで序列ができてしまい、ともすると、その中でトップにいれば「自分はよくやっている」と勘違いしがちです。

でも、世界を目指している選手と比べたら、自分たちのやっている行動や練習はまだまだ甘い んだと気付くことができたはず。そういう意識は、競技者が現役であるうちは常に持ち続けることが重要です。今回、中谷と千明にとってはもちろん、早稲田の競走部にとっても、非常にいい機会をいただいたなと感じています。2人が皆に良い影響を与え、チーム全体のレベルが向上し、箱根での3位以内という目標達成につながることを期待しています。
プロフィール
プロフィール

千明 龍之佑(ちぎら りゅうのすけ)

2000年3月3日生まれ。169センチ。群馬県出身。東京農業大学第二高等学校卒業。スポーツ科学部3年。自己記録は、5,000メートル:13分54秒18。1万メートル:29分03秒19。ハーフマラソン:1時間3分40秒。2019年箱根駅伝3区:1時間3分30秒(区間10位)。2020年箱根駅伝4区:1時間2分25秒(区間7位)。次期駅伝主将になることが決まっている。
Twitter: @chigirun0303

◆長距離走を始めたきっかけは?

姉2人が長距離をやっていたこともあって、小さいころから大会に応援に行ったりと身近ではありましたが、自分自身は得意でもなかったし、好きでもなかったので、中学まではやっていませんでした。ただ、中学の県駅伝大会に寄せ集めチームで出場したところ、そこで県内のトップ選手たちよりも良い走りができたんです。「これは通用するのかも」と、高校から長距離をやろうと決めました。

中谷 雄飛(なかや ゆうひ)

1999年6月11日生まれ。169センチ。長野県出身。佐久長聖高等学校卒業。スポーツ科学部3年。自己記録は、5,000メートル:13分45秒49。1万メートル:28分50秒77。2019年箱根駅伝1区:1時間2分42秒(区間4位)。2020年箱根駅伝1区:1時間1分30秒(区間6位)。今年の全日本大学駅伝では3区で区間賞獲得。
Twitter: @Yuhi1230saka46

◆長距離走を始めたきっかけは?

小学校のときのマラソン大会がきっかけです。そのマラソン大会で3番以上に入るとメダルがもらえたんですが、興味本位で出て結果は7番。上位選手がもらっているメダルを見て「僕もあれが欲しい!」と思ったことで、本格的に走り始めました。

取材・文:オグマ ナオト

2002年、早稲田大学第二文学部卒業。『野球太郎』『昭和50年男』などを中心にスポーツコラムや人物インタビューを寄稿。また、スポーツ番組の構成作家としても活動中。執筆・構成した本に『福島のおきて』『ざっくり甲子園100年100ネタ』『爆笑!感動!スポーツ伝説超百科』『甲子園レジェンドランキング』など。近著に『がんばれ! ニッポンの星 オリンピックのスターたち』がある。
Twitter: @oguman1977
撮影:髙橋 榮
編集:早稲田ウィークリー編集室
デザイン:中屋 辰平、林田 隆宏
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