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小説家・重松清教授が選ぶ 2020年、早大生にオススメの5冊と楽しみ方

10月27日は「読書の日」です。2020年は自粛生活やオンライン授業で、読書の時間が増えた早大生も多いのでは? 今回は、小説家で文学学術院教授でもある重松清先生にインタビュー。『ナイフ』や『エイジ』、『きみの友だち』など、現役学生世代にも人気の作品や、『流星ワゴン』や『とんび』など、映像化された作品も多く、今夏には長編小説『ステップ』が山田孝之さん主演で映画化されました。多数のベストセラーを生み出してきた重松先生に、今、早大生へお勧めしたい本や楽しみ方について伺いました。

※インタビューは、新型コロナウイルス感染拡大防止対策を行って実施しました。

重松 清(しげまつ・きよし)文学学術院教授。1963年、岡山県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。出版社勤務を経てフリーライターに。1991年『ビフォア・ラン』で作家デビュー。1999年『ナイフ』で第14回坪田譲治文学賞、『エイジ』で第12回山本周五郎賞を受賞。2001年『ビタミンF』で第124回直木賞受賞、2010年『十字架』で吉川英治文学賞、2014年『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞を受賞。著書に『流星ワゴン』『その日のまえに』『カシオペアの丘で』『とんび』『また次の春へ』『一人っ子同盟』『きみの町で』『赤ヘル1975』『ひこばえ』『きみの友だち』『くちぶえ番長』『小学五年生』『ステップ』『十字架』など多数。

学生時代に出会いたい書き手、コロナ禍に読みたい本

今回、「読書特集」ということで、20歳前後の学生時代に向き合ってほしい本、コロナ禍の今だからこそ読んでほしい本とその書き手、という視点で5冊セレクトしました。

学生時代というのは「自分たちと近い世代の書き手」と出会う時代でもあると思うんです。「おじさん、おばさんには分からないかもしれないけど、俺たちなら分かるぜ!」 という感覚。1981年に大学に入学した僕の世代では、村上春樹さんや片岡義男さん、ノンフィクションなら山際淳司さんといった方々です。

その意味で、今の学生に向けて「自分たちと近い世代の書き手」として推薦したいのが、武田砂鉄さんと石戸諭さんです。この二人を同時代に得たことは、今の早大生世代にとってきっと大きいはず。幸か不幸か、新型コロナウイルスの問題で、この二人のありようが一層大事になったと思っています。

「迷い」や「曖昧さ」を認める、そこに社会のリアルがある

【1】『わかりやすさの罪』武田砂鉄

『わかりやすさの罪』(武田砂鉄著/朝日新聞出版)  “わかりやすさ”の妄信、あるいは猛進が、私たちの社会にどのような影響を及ぼしているのだろうか。納得と共感に溺れる社会で、与えられた選択肢を疑うための一冊

例えば武田砂鉄さんは、分かりやすいもの、何でもシンプルに捉えてしまおうという風潮に対して、「ちょっと待て」という気持ちをすごく持っている人です。

小説でも映画でも、「泣けた」の3文字で全てを言い表そうとする風潮は、SNSの時代になってどんどん加速し、新型コロナウイルスによる「分断の時代」到来でますますヒートアップしている。そこに砂鉄さんは「ちょっと待て」と言い続けているわけです。

同じように、何でも「いいね」3文字で済ませ、分かりやすさを求める世の中に対して、20歳前後の現役学生世代には、「ちょっと待てよ」と考えてもらいたい。お金はないかもしれないけども時間はある学生だからこそ、「迷う時間」というものを大事にしてほしいんです。そのお手本の一人として、この武田砂鉄さんがなり得るのではないかと考えています。

【2】『リスクと生きる、死者と生きる』石戸諭

『リスクと生きる、死者と生きる』(石戸諭/亜紀書房) 「リスク論」からこぼれ落ちる生を探し求めて、東北、そしてチェルノブイリへ…。若き記者による渾身(こんしん)のノンフィクション

僕が学生だったころは、雑誌から次々に新しい書き手が生まれた時代でした。僕の場合、椎名誠さんや糸井重里さんといった「新しい言語感覚」を持つ人のエッセーなんかを夢中になって読んでいましたね。そうした「新しい書き手」が生まれる土壌は、その後雑誌からネットへと移り、今はnoteなどでも面白い書き手が出てきています。

石戸さんは、もともとは毎日新聞社というオールドメディア出身です。そこからネットメディアのBuzzFeedに移り、今はフリーランスとして活動しています。実はこの本もネットでの連載を一冊にまとめたもの。東日本大震災の被災地を巡り、そこに暮らす人・関わる人の声を拾い上げたノンフィクションです。

原発事故といった問題は、○か×か、白か黒かで二分できれば話は簡単です。でも現実はそうじゃない。石戸さんが提唱するのは“科学の言葉”と“生活の言葉”という考え方です。

例えば、エビデンスがちゃんとあり、数値に置き換えられるのが“科学の言葉”。ただ、実際に数値に置き換えて「何ミリシーベルト以下だから安心」というわけではない。そこに今度は“生活の言葉”というものが出てくる。

新型コロナウイルスを巡っても、「PCR検査でこういう数字だから授業はオンラインです」といった“科学の言葉”がある一方で、「やっぱりマスクをしてないと怖いよね」といった不安や疑心暗鬼も含めた“生活の言葉”があり、その両方の組み合わせの中で私たちは生きている。

本当は誰かに決めてもらった方が楽かもしれない。それでも、「どっちなんだろう?」という「豊かな迷い」みたいなものを持ち続けながら生きてゆく。そんな強さを早大生には持っていてほしいと思います。

石戸さんも、取材対象者と誠実に向き合った上で決して決め付けない。前述の武田砂鉄さんとも通じる、ある種の「迷い」や「曖昧さ」を認めるというか…。そこに社会のリアルがあると考えているんです。石戸さんや武田さんのような、そんな誠実な書き手は、信じていいのではないでしょうか。

うまくいかないことや、弱いものとの向き合い方を考える

【3】『〈弱いロボット〉の思考』岡田美智男

『〈弱いロボット〉の思考』(岡田美智男/講談社現代新書) 人とロボットの持ちつ持たれつの関係とは? 〈弱いロボット〉の研究で知られる著者が、自己、他者、関係について、行きつ戻りつしながら思索した軌跡

今、世界的な流れとして「強さ」を求める傾向にあります。強いリーダーを求めるとか、強い国家でありたいとか…。「AI(人工知能)は間違わない」「ロボットは万能である」といった考えもこの強さに含まれている、と捉えることもできます。そんな流れと反するように、この本の著者である岡田美智男先生(豊橋技術科学大学工学部情報・知能工学系教授)は、「不完全で弱いロボット」の研究に長年取り組んでいます。

「『弱さ』とどう向き合っていくか」という考え方は、これからの時代にとても大事なテーマになるはず。例えば、超高齢化社会において、フィジカルがどんどん衰えていく世代とどう付き合っていくか。障がいを持つ人たちとどのように共生するか。日本語を母語としない外国人とどう一緒に暮らしていくか、という問題もそうです。

「弱いロボット」という発想は、手塚治虫さんや石ノ森章太郎さんの漫画でも何度も描かれてきました。「ドラえもん」だって不完全で弱いロボットと言えますが、だからこそ愛される存在でもある。その考え方を、人間社会の中にしっかりと昇華していかなければいけない。

この本は、文系・理系、それぞれで捉え方が変わるかもしれませんね。文系的なアプローチならこう読む、理工系の人間ならこう読むといった具合に、この一冊をどう読み解くかが学部間の個性の表れになりそうです。

【4】『手で見るいのち』柳楽未来

『手で見るいのち』(柳楽未来/岩波書店) 目の見えない子どもたちが、動物の骨を触って生き物について学ぶ。教科書は使わず、板書もないその授業のルーツは40年前、視覚障がい者には学ぶことが難しいとされていた「生物」の授業をつくりたいと考えた教師たちの熱意から始まっていた

この本は、視覚障がいを持つ子どもたちが通う特別支援学校の授業のルポルタージュです。“奇跡の人”ヘレン・ケラーも、最初は水を触って世界を実感したように、視覚を奪われた子どもたちは、「触る」ことで世の中の骨格を理解していきます。

2019年2月の発売当時は、このバーチャルな時代に「触る」という行為が言語を超えて持つ意味は何か、ということを考えさせられました。しかし、コロナ禍でソーシャルディスタンスが求められる今は、その「触る」行為が否定される状況です。大学の授業もオンライン対応と決まったとき、最初に考えたのがこの本に書かれた子どもたちのことでした。

視覚障がいの人にとって、介助する・されるという行為は必然的に「密」になる。視覚障がい者に限らず、介護が必要な人たちと密を防ぎながらどうやって接していけばいいのか? 実際、いくつもの介護施設でクラスターが発生し、そのことが偏見や差別のきっかけにもなっています。

コロナ禍の今、学生の皆さんも「会えなくて寂しい」「触れ合えなくてつまらない」と、不自由な経験をしていると思います。でも、そこでもっと想像力を広げて、自分も大変だけど、目の不自由な子どもたちは大丈夫だろうか、何か自分にできることはないか…そういう視点も持ってほしい。この本がそのきっかけになればと思っています。

【5】『食べることと出すこと』頭木弘樹

『食べることと出すこと』(頭木弘樹/医学書院) 「人間なんてしょせん食べて出すだけ」。ではそれができなくなったらどうする…。個性的なカフカ研究者として知られる著者は、潰瘍性大腸炎という難病に襲われた。食事と排せつという「当たり前」が当たり前でなくなったとき、世界はどう変わったのか?

最後は「潰瘍性大腸炎」という難病を患った著者・頭木弘樹さんの本です。潰瘍性大腸炎は、安倍晋三前総理の退陣理由として話題にもなりました。実は結構身近な難病で、僕の友人も同じ病に苦しんでいます。

頭木さんは、『絶望名言』(飛鳥新社)や『絶望名人カフカの人生論』(新潮文庫)などの本も出していて、ネガティブな話題の中にユーモアのある文章を書く方です。

この本の中でも、自分自身が潰瘍性大腸炎で便を漏らしてしまったという大変な状況を、無理して元気ぶるのではなく、どこか突き放しながら見ているように描いています。闘病記ではあるのですが、しんどい状況とどう向き合えばいいかという、一つの見本になると思います。

病気に限らず、何か思い通りにならなかったり、コンプレックスがあったり、負い目があったりと、広げて解釈していけば先ほどの弱いロボットの話同様、苦手なことや、人より劣っている弱い部分とどう付き合っていくか、という話にも通じます。何かと悩みがちな学生時代にぜひ読んでほしい一冊ですね。

「分からない面白さ」を、時間をかけて味わってほしい

今回推薦した本は、全てノンフィクションやルポルタージュから選びました。小説なんかは誰に勧められるでもなく、自分が読みたいと思ったものを自由に読めばいいんです(笑)。

いずれにせよ、読書というのは一人の時間を味わうもの。何か答えを見つけるために本を読むのではなく、むしろ「分からない面白さ」と向き合ってほしいと思います。今回、「分かりにくさ」「曖昧さ」といった側面を持つ本を選んだこととも通じます。

検索窓にキーワードを入れたら答えがポンと出てきて、予測変換までしてくれるこの時代に、なぜ読書は必要なのか? 速さとか効率的とか、そういったものとは別軸の、3ページめくって「あれ? ちょっと待てよ」と2ページ戻るような、時間をかけて味わう行為を楽しんでほしいと思います。

スマホのせいで活字離れが…という議論をしていても埒(らち)が明かない。「本の代わりにスマホがある」とか、「スマホをやめて本を読もう」とか、そういう二項対立とも違う。「スマホの便利さも大事だけれど、本も楽しいし有意義だ」というスタンスが大事。その考え方の先に、スマホやインターネットとは違ったフィードバックが必ずあるはずです。

※今回紹介した本は全て書店などで手に入れられるほか、早稲田大学図書館に所蔵されています。

取材・文:オグマナオト(2002年、第二文学部卒業)
Twitter:@oguman1977

撮影:石垣星児

【次回フォーカス予告】11月2日(月)公開「オンライン早稲田祭特集」

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