Waseda Weekly早稲田ウィークリー

特集

詩人・文月悠光さんに聞いた 詩の読み方、楽しみ方

小説だけではなく、歌詞や詩も「文学」の一つであるという事実をあらためて人々に気付かせた、米国人歌手ボブ・ディラン氏ノーベル文学賞受賞のニュース。歌詞や詩へ注目が高まりつつあるこの秋、『早稲田ウィークリー』恒例の読書特集では、「詩」の魅力にせまります。初のエッセー集『洗礼ダイアリー』も話題の若手詩人、文月悠光さんに、詩の楽しみ方や好きな詩について教えてもらいました。

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文月 悠光(ふづき・ゆみ) 詩人。1991年北海道生まれ。2014年、早稲田大学教育学部卒業。高校3年時に出した第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』で、中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少受賞。早稲田大学教育学部在学中に、第2詩集『屋根よりも深々と』、2016年9月、初のエッセー集『洗礼ダイアリー』、同10月、第3詩集『わたしたちの猫』を刊行。雑誌に書評やエッセーを執筆するほか、NHK全国学校音楽コンクール課題曲の作詞、詩の朗読、書評の執筆など広く活動している。

詩人に教わる、詩の読み方

――3冊目の詩集『わたしたちの猫』を出版されたばかりの文月さん。高校3年生で初の詩集を刊行し、“早熟の天才”として一気に脚光を浴びましたが、そこに至る道のりを教えてください。

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最新刊『わたしたちの猫』(ナナロク社)のテーマは恋愛。“二人”という関係性に生まれる、さまざまな局面を詩にしたためた

きっかけは、小学4年のときに日記を付け始めたことでした。文章でノートを埋めていくことに飽きてきたころ、図書館で、男子高校生が書いた詩集を見つけました。高校生に書けるなら、私にも書けそうだなと思って、日記帳の隅に詩をつづり始めたんです。

中学2年の終わりごろ、現代詩の書き手とネットで知り合い、自作の詩を雑誌『現代詩手帖』に投稿するようになりました。詩が掲載されると選評がもらえることがうれしくて、投稿を続けていました。高校2年のとき、第46回現代詩手帖賞を受けたことを機に、掲載作などをまとめた初詩集『適切な世界の適切ならざる私』を出版しました。

――以来、アイドルオーディションへの応募やWeb媒体でのエッセー連載など、多方面で活躍されてきましたが、活動の中心には常に「詩」が置かれています。これまで、詩の力を実感したことはありましたか?

先日、故郷である札幌の書店で朗読会とサイン会を行ったのですが、そこに来てくれたやや年下の女の子が、「15歳のときに文月さんの『金魚』という詩を読んで、自分の体の変化や、自分が女性であることを初めて受け入れることができた」と言ってくれたんです。「金魚」は、思春期の女の子が、身体的・精神的に大人の女性に移りゆくさまを描いたもの。同世代の女の子にそんなふうに言ってもらうことは初めてで、印象に残っていますね。

――『早稲田ウィークリー』読者世代の大学生からは難しい印象もある詩の世界ですが、読書として、詩はどのように楽しめばいいでしょうか?

wfy_134a日頃私たちが話す言葉は、コミュニケーションが前提の、情報を伝えるための言葉。一方で詩は、読者とキャッチボールする気がなさそうに見える(笑)。だから難解だと感じる人がいるのでしょう。散文だと、何かを“教わる”ように読みますが、詩はもっとまっさら。答えがあるかもしれないし、ないかもしれないし、内容が分からなくてもいい。いつか分かるのかもしれない。読み方に正解があるものではなく、「この言葉に説得力を感じる」とか、「自分の体験とつながる」とか、自分の内面に引き合わせて読むことができます。一冊を最初から最後まで読み通す必要はなくて、好きな言葉や目に付いたページだけを読めばいい。堅苦しいようで、とても自由なものなんです。

全てが説明しつくされていたり、面白いでしょ、泣けるでしょと主張するような恣意(しい)的な読み物ばかりだと疲れてしまう。そんなとき、自分でも知らなかった感情や感覚を、遠いところから引き寄せてくれるのが、詩の面白さなのです。

文月さんお気に入りの詩7編

届きたいのに届かない――「塔」「むじゅん」 吉原幸子

『吉原幸子詩集(現代詩文庫 第 1期56)』(思潮社)

「塔」

あの人たちにとって
愛とは 満ち足りることなのに
わたしにとって
それは 決して満ち足りないと
気づくことなのだった
(中略)
崩れてゆく幻 こそが
ふたたび わたしを捉へはじめる
ふたたび
わたしは 叫びはじめる

 

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『続続・吉原幸子詩集(現代詩文庫)』(思潮社)

「むじゅん」

わたしがまもなくしんでゆくのに
せかいがこんなにうつくしくては こまる
(中略)
みらいがうつくしくなくては こまる!

好きな詩人を聞かれたとき、まず挙げるのが吉原幸子(よしはら・さちこ。1932~2002年)です。女性の詩人は、少女時代、結婚以降、出産後、晩年と、人生の各ステージで書くものが変わっていく点が男性より顕著で面白いですね。

「塔」は比較的初期のころの作品です。冒頭の詩句はとてもシンプルな構成で、余計な背景や感傷がそぎ落とされていることにより、強さが際立っています。満ち足りたいと願って近づいていくのと同時に、それは常に足りないと絶望している。届きたいのに届かないという誰しも身に覚えのあるジレンマを、鋭く描き出したこの詩には、圧倒されました。こんな詩を、生涯で一編でも書いてみたいですね。

晩年期では、全部ひらがなで書かれた「むじゅん」という詩が好きです。自分がいなくなった後の世界にまっすぐ対峙(たいじ)する姿勢が尊い。詩を通して吉原さんの目で世界を見ているような気持ちになれるんです。

自分の位置を自分で選択できる社会に――「位置」 石原吉郎

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『石原吉郎詩文集 (講談社文芸文庫)』(講談社)

「位置」

しずかな肩には
声だけがならぶのではない
声よりも近く
敵がならぶのだ
(中略)
君は呼吸し
かつ挨拶せよ
君の位置からの それが
最もすぐれた姿勢である

石原吉郎(いしはら・よしろう。1915~1977年)は、シベリア抑留の強制労働の体験と向き合い続けた詩人です。シベリアで日本語を封じられた経験から「失語状態」に陥る中、それでも強い意志で言葉を絞り出していることが感じられます。

現代社会では、周囲の声や「空気」を常に気にせざるを得ません。おのおのがキャラクターを作り上げ、「空気」を読んでポジショニングすることが普通になっている今、<君の位置からの それが/最もすぐれた姿勢である>と言い切ってくれたところにすがすがしさを覚えました。自分の位置を自分で選択することのできる社会であってほしい、そういう自分でありたいと意識させてくれる詩です。

人間を美化しない、まっすぐな目線――「顔」 松下育男

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『煖爐棚上陳列品一覧』谷川俊太郎編(書肆山田)

「顔」

こいびとの顔を見た

ひふがあって
裂けたり
でっぱったりで
にんげんとしては美しいが
いきものとしてはきもちわるい

こいびとの顔を見た
これと
結婚する

帰り
すれ違う人たちの顔を
つぎつぎ見た

どれもひふがあって
みんなきちんと裂けたり
でっぱったりで

これらと
世の中 やってゆく

帰って
泣いた

松下育男(まつした・いくお。1950年~)さんのこの詩は、淡々とした語り口ですが、独特の間合いに笑いたくなるところがあります。内容はとても切ないですね。人間が完成しているようで、実はいびつな存在であることを捉える、宇宙人のような目線が新鮮です。孤独感や他者との相いれなさを感じながらも、「これらと/世の中 やって」いかなければならない。世間や社会との折り合いのつかなさが涙として現れる最後の2行が衝撃的で、いつまでも余韻が残ります。

体内に存在する肯定――「拍手」 杉本真維子

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『裾花』(思潮社)

「拍手」

背骨の、したのほうに、小さな、拍手がある
装置でも、偶然の、産物でもなくて
ある朝方、それをみつけて
スイッチを押したようだが、記憶はなかった、
博士の指示にしたがい
朝と夜だけ、多くても一日二回まで
という決まりだけは守った

(中略)

わたしではない口が
不満気に、でも、きっぱりと、言い放った
まばらな拍手はぐねぐねと体内をめぐり
私語をやめ
硬い岩となって野原でめざめる

あなたのつごう、あなたのはんだん、
あなたの、滲む血のかたちは、

ぜんぶ、その身体に、とじこめてあると
博士は言った
きっと誰にも褒められなくてよい
そのちいさく何よりも華やかな拍手のために、
ひとはふっくらと一人である

杉本真維子(すぎもと・まいこ。1973年~)さんは、ストイックな制作姿勢のエピソードが個人的にとても印象に残っています。詩を1編書くたび、手のひらの皮が1枚はがれてしまうとか、雑誌に詩を投稿していたころ、詩を書き終えるまでは買い物に行かないと自分に圧をかけていた、とか。

杉本さんの「拍手」を読んだとき、「こういう詩を書いてくれる人がいてくれて、本当によかった。ありがとう」という気持ちになりました。この詩は、自分自身の中には小さな拍手があるのだから、一人でいても、誰にも褒められなくても、私は豊かな存在なのだということを静かに語りかけてくれます。自分の位置が不安になると、読みたくなりますね。

自分の価値は何者にも奪われない――「表札」 石垣りん

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『石垣りん詩集』(岩波書店)

「表札」

(中略)

自分の住む所には
自分の手で表札をかけるに限る。

精神の在り場所も
ハタから表札をかけられてはならない
石垣りん
それでよい。

石垣りん(いしがき・りん。1920~2004年)は、14歳から定年まで銀行の事務員として働き続けた、働く女性の先駆けともいえる方です。今は、自分自身でいることが難しい時代。肩書や所属などで不必要に持ち上げられたり、おとしめられたり、他者からの評価で自分の価値が上下することに息苦しさを感じる方も多いと思いますが、そんなことでは自分の価値は奪われないんだという強い気持ちが、「石垣りん/それで良い。」という一文に表現されています。

犬をなでるのが好きな人もいれば――「詩の好きな人もいる」 ヴィスワヴァ・シンボルスカ

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『終わりと始まり』沼野充義訳(未知谷)

「詩の好きな人もいる」

そういう人もいる
つまり、みんなではない
みんなの中の大多数ではなく、むしろ少数派

(中略)

好きといっても──
人はヌードル・スープも好きだし
お世辞や空色も好きだし
古いスカーフも好きだし
我を張ることも好きだし
犬をなでることも好きだ

詩が好きといっても──
詩とはいったい何だろう
その問いに対して出されてきた
答えはもう一つや二つではない
でもわたしは分からないし、分からないということにつかまっている
分からないということが命綱であるかのように

wfy_078aヴィスワヴァ・シンボルスカ(1923~2012年)は、ノーベル文学賞も受賞したポーランド出身の世界的詩人です。ヌードル・スープや古いスカーフと同じ、日常生活の中で詩に親しんでいることが自然に描かれています。そして、詩人ですら、詩は「分からない」と堂々と宣言しています。詩の意味が分からないのは感性が鈍いからではなくて、その分からなさも含めての「命綱」なんですね。

数分の空き時間にもさっと読めて、気持ちを切り替えられるのが詩のいいところ。言葉にできない思いを抱えている方、就職活動に疲れた学生にも、ぜひ詩の言葉に触れてほしいですね。

(ここで紹介した詩集は全て、書店などで手に入れられるほか、早稲田大学図書館に所蔵されています)

◆関連リンク

>>ビブリオバトル全国優勝者がオススメする詩集「この一冊」
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