Waseda Weekly早稲田ウィークリー

特集

早実・清宮も、早稲田佐賀・占部も 甲子園に熱狂を呼んだ『コンバットマーチ』

2017年度 創立記念特集 コンバットマーチ物語【中】

1965年に早稲田大学応援部の三木佑二郎(みき・ゆうじろう)氏が作曲し、今現在も同部の根幹をなす楽曲として親しまれ続ける『コンバットマーチ』。その人気は大学野球にとどまらず、高校野球でも定番の応援歌になっており、早稲田大学と特段の関係はなくとも多くの高校が応援歌として使用しています。長きにわたって甲子園をにぎわせてきた早稲田大学系属早稲田実業学校高等部(以下、早実)に加えて、2017年夏、早稲田佐賀高等学校(以下、早稲田佐賀)も甲子園に初出場し、同じ早大系属校として新たな歴史を刻みました。来春、卒業を迎えてそれぞれの進路へ進む両校の野球部主将を務めた、清宮幸太郎(きよみや・こうたろう)さんと占部晃太朗(うらべ・こうたろう)さんに、早稲田の応援について語ってもらいました。

 荒木大輔、斎藤佑樹、重信慎之介、そして清宮幸太郎

 東海大甲府―早実 3回表、2点本塁打を放ち、笑顔で三塁に向かう早実・清宮=甲子園

初めて出場した甲子園で本塁打を打った清宮さん(共同通信)

甲子園で初めてコンバットマーチが鳴り響いたのがいつなのかは諸説ありますが、早大応援部と同じ白いトレーナーを着た早実の生徒たちによる“正式”コンバットマーチは、1975年夏の甲子園、「全国高校野球選手権大会」で始まりました。東京六大学野球の早慶戦でコンバットマーチに魅了された生徒の宮川茂氏(1976年早実卒)らが1974年に「早実応援委員会」を設立。早大応援部の指導を受けて演奏したという逸話が、宮川氏の著書『コンバットマーチと甲子園』(講談社出版サービスセンター)に書かれています。

1980年夏、荒木大輔さん(元ヤクルトスワローズ)を1年生エースとする早実は甲子園に出場して準優勝。荒木さんは3年夏まで春(※選抜高等学校野球大会)と合わせて5季連続甲子園出場を果たし、日本中に「大ちゃんフィーバー」を起こしました。2006年夏、斎藤佑樹選手(現北海道日本ハムファイターズ、2011年早稲田大学教育学部卒)を擁する早実は、駒大苫小牧高等学校との決勝戦を延長15回引き分けとし、37年ぶりとなった決勝再試合を制しました。夏の甲子園では早実史上初となる優勝を成し遂げて、大会中ほぼ一人で投げ抜いた斎藤選手は社会現象になるほどの大きな注目を浴びました。2010年夏も、重信慎之介選手(現読売ジャイアンツ、2016年早稲田大学教育学部卒)らの活躍で早実は甲子園を湧かせました。コンバットマーチを含む早大式の応援は、幾度となく甲子園で繰り返されました。

 カナダ戦の5回、清宮が中越えソロを放つ=サンダーベイ(共同)

2017年9月、カナダで行われた18歳以下の野球W杯で、清宮さんは高校通算111号の本塁打を放った(共同通信)

史上最多とされる高校通算111本の本塁打を記録し、2015年夏と2017年春に甲子園に出場した早実高3年・清宮幸太郎さん。2006年夏、早実初等部1年だった清宮さんは、甲子園のアルプススタンド(※)で母校の初優勝を見届けました。「歌詞はうろ覚えでしたが、みんなと一緒に歌って応援しました。甲子園の雰囲気が格好良くて、あれだけ大勢の人を熱狂させられることにすごく魅力を感じました」。この観戦は清宮さんが本格的に野球を始めるきっかけとなりました。

※内野席と外野席の間にあるスタンド。各校の応援団が陣取っている。

「応援がなかったら絶対に勝てない試合だった」と、清宮さんが言い切る試合があります。高校1年の2015年夏、東海大学菅生高等学校と甲子園出場をかけた西東京大会決勝戦。0-5で迎えた8回表の攻撃で、早実は打線がつながり一挙8点を挙げて逆転し、甲子園出場を決めました。

 西東京大会決勝で東海大菅生を破り、甲子園出場を喜ぶ早実の清宮幸太郎内野手(左)=26日、神宮

2015年夏の西東京大会決勝。早実が応援の力で大逆転勝利し、歓喜してマウンドに駆け寄る清宮さん(左)=共同通信

「スタンド全体が早実の応援で揺れていました。地響きのようにベンチにも伝わってきました。すごかったです。自分は早稲田式の応援が、ものすごく好きなんです。六大学野球も見に行って、早稲田の応援をしていました」

応援のどこに魅せられたのでしょうか。

「他の高校にはない応援ばかりで、ランナーがいないと“嵐の前の静けさ”という感じですけど、チャンスになると一気に盛り上がる。『大進撃』も『スパークリングマーチ』も『コンバットマーチ』も。『紺碧の空』で最高潮になる。対戦した高校の選手も『早実の応援はプレッシャーになる』と言っていました。打席に入る前にあの応援を聞くと、モチベーションが上がるんです。『Viva Waseda』も好きですね。あの応援がなかったら甲子園には行けませんでした。早稲田で良かったなと思います」

3年の夏は、西東京大会決勝で早実は東海大学菅生に惜しくも敗れて涙を飲みました。

「すごく悔しかった。甲子園に行くと神宮球場では使ってはいけない大きな太鼓が加わるので、応援に厚みがでてさらにかっこいいんです。言葉でいうのは難しいのですが、甲子園に行かないとあのすごさは分かりません。自分たちが3年の代で出たかったですね。甲子園のニュースを見る度、『栄冠は君に輝く』(※)を聞くだけで、悔しさがこみ上げてきました」

※夏の全国高等学校野球選手権大会の歌

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清宮さんが「理想の選手」という、早実卒業生で早稲田大学推薦校友・王貞治氏の記念レリーフ(早実キャンパス)

「早稲田文化」に囲まれて過ごした早実での12年間。「最初は野球選手ではなく、ラグビー選手として早稲田大学に行きたくて早実を選びました。早実初等部から入学したから、受験にとらわれず自分が好きな事に打ち込めました。そこで野球への道が開けて集中できました。高校に入っても、のびのびとやらせてもらいました。自分に合った環境で、早実だったからこそ成長できたと思っています」

2017年9月22日、早実で行われた記者会見で清宮さんはプロ野球志望を表明しました。

「次の大きな夢に挑戦したいという確信に至りました。理想とする選手は早実の先輩である王貞治さん。あこがれを持って野球をやってきたので、868本(※)を目指せるような選手になりたい。自分の夢はメジャーですが、一つ一つ目の前の目標に取り組んでいって、日本でずば抜けた活躍をしたいです」

※王貞治さんが持つプロ野球の通算最多本塁打記録

日本野球界の大きな期待を背負って、清宮さんは来春、卒業していきます。

新しい伝統を創った早稲田佐賀

『コンバットマーチ』を甲子園で使った早稲田勢は早実だけではありません。2017年夏、2010年の創立から8年目で初の甲子園出場を決めた早稲田佐賀もその一つです。予選の佐賀大会では、同校吹奏楽部がコンクール出場で不在のためブラスバンドによる演奏はなく、野球部員の声のみによる応援で、内容も早大式ではありませんでした。同校学園歌は「都の西北」の歌詞で始まる『早稲田大学校歌』と同一ですが、応援に早稲田らしさが加わったのは決勝戦からで、OB・OGらの助言で得点するごとに『紺碧の空』が歌われました。

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約2000人となった早稲田佐賀の応援団

早大式の応援を経験することなく初の甲子園に臨んだ早稲田佐賀野球部。しかし、聖心ウルスラ学園高等学校との1回戦では、早稲田ではおなじみの曲がアルプススタンドから鳴り響きました。『大進撃』や『スパークリングマーチ』、『コンバットマーチ』に『紺碧の空』。佐賀大会終了後に結成された2,000人規模の“急造”応援団による迫力のある声援・演奏が選手たちを後押ししていたのです。

応援団を率いたのは、早稲田佐賀の市来公平教諭(いちき・こうへい、2009年早稲田大学第一文学部卒)です。甲子園にふさわしい応援をするため、同校の吹奏楽部の生徒18名に加えて、野球部を持たない佐賀清和高等学校吹奏楽部の助けを借り、総勢約100名でブラスバンドを結成しました。また、プロ野球千葉ロッテマリーンズの元応援団長、神俊雄(じん・としお)さんに依頼し、オリジナル応援歌『チャンス早稲田佐賀~最高の夏にしようぜ!~』を制作、短期間の猛練習で本番に合わせ、一体感のある見事な応援(※)で選手を鼓舞しました。

※スポーツ誌『Number』Web版のコラムで甲子園出場49校中、第3位の高評価

 第99回全国高校野球選手権大会の開会式で、入場行進する早稲田佐賀ナイン=8日午前、甲子園球場

開会式で甲子園に入場する早稲田佐賀ナイン。先頭は占部さん(共同通信)

高校1年の東京研修で観戦した早慶戦で、コンバットマーチは早稲田の学生が作曲したという由来を知った野球部主将を務めた占部晃太朗さん(3年)。「神宮球場の早慶戦で見た早稲田の応援は熱がこもっていて、高校野球でよく見られる応援よりもずっと迫力がありました。初出場を果たした甲子園で自分たちがプレーしている中で、力の湧いてくるコンバットマーチを聞くことができ、感激しました」と、振り返ります。

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早稲田佐賀の古賀監督(左端)と占部さん(左から2人目)は9月、早稲田大学を訪問。甲子園出場を島田陽一副総長と村上公一理事(早稲田佐賀学園理事長、右端)に報告した

5点差をつけられて迎えた7回裏、早稲田佐賀による反撃が始まりました。「早稲田大学のOB・OGも駆けつけて、伝統の応援をしてくれました。『早稲田』を背負って戦っている責任を感じていました」と、その瞬間を語る占部さん。4連打が絡む連続適時打で2点を返すと、球場全体が大きな盛り上がりを見せました。

コンバットマーチなど早稲田の伝統を引き継ぐ応援と、新設学校らしいオリジナル曲による調和。市来教諭は「周りの観客もなじみの曲に合わせて応援してくれました。応援の一体感が一気に増すのを感じました」と語ります。初出場の甲子園は1回戦敗退となったものの、終盤に意地を見せた早稲田佐賀。古賀一則監督は「甲子園大会から早大式の応援が始まり、球場が独特の高揚した雰囲気に包まれるようになりました。早稲田の伝統に、早稲田佐賀らしさを加えて、新しい伝統を作っていきたい」と、大きな一歩を踏み出しました。

2017年度 創立記念特集 コンバットマーチ物語【上】

早大応援歌『コンバットマーチ』は、なぜ“神曲”なのか

2017年度 創立記念特集 コンバットマーチ物語【下】

声援を拳に込めてガン! 伝家の宝刀『コンバットマーチ』

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