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非”落研”26歳で噺家へ 古今亭志ん吉「東京六大学落語会」で新ネタ披露

やりたいことは今やっとけ! 

落語家 古今亭 志ん吉(ここんてい・しんきち)

身一つで舞台に上がり、巧みな話術で観客を笑わせる落語家という職業。その数は江戸時代以降最多となる900人ほどに上り、今は空前の落語ブームだと言われている。そんな落語人気を支える若手噺家(はなしか)の一人で、現在二ツ目(※落語家の格付けの一つで前座の一つ上)の古今亭志ん吉さんは、早稲田大学卒業後、役者を目指していたときに落語家になる決心をした。落語研究会(落語サークル)出身でもなく、落語マニアでもなかった志ん吉さんは、どのように落語と出合ったのだろうか。

何もなかった学生時代

早稲田高等学校から推薦で早稲田大学第一文学部に入学した志ん吉さん。入学できたことで満足してしまい、大学時代はこれといって何かに打ち込むことはなかった。漠然と役者になりたいとは思っていたが、演劇サークルには入らなかった。推薦入学した学生にとって留年はタブーと考えていたが、演劇サークルに入ると4年で卒業できないという噂を聞いたからだ。

卒業後は就職をせず、演技を本格的に学ぶために劇団「テアトル・エコー」の養成所に通った。研修の一環として落語の授業があり、そこに講師として来ていた古今亭志ん橋師匠と出会ったことが、志ん吉さんの運命を変えた。

「師匠の『君は大したもんだ、落語の才能がある』なんて“ヨイショ”を真に受けてしまったんですよ。養成所で師匠の住所を聞いて、弟子にしてくださいと言いに行ったのが運の尽きでした(笑)」と志ん吉さんは振り返るが、その行動力こそが役者を夢見るフリーターだった一青年の未来を切り開いたのだ。

落語家への道のり


そうして役者の夢をすっぱりと諦め、26歳で落語という未知の世界に飛び込んだ。

東京の落語家は、「見習い」「前座」「二ツ目」「真打」と進んでいく。見習いは師匠宅で身の回りの世話をし、前座になると寄席に出入りすることが許される。めくり(舞台上にある出演者の名札)の出し入れやお茶汲みなどの雑用をこなしながら、業界の慣習を身に付けていく。

「入門するまでは芝居の参考程度に見たことがあるくらいで、落語についてほとんど知らなかったですね。前座になると、楽屋帳(※)を書く仕事があるんですが、何の話か全然分からないから、落語研究会出身の後輩を呼んで聞いたり、ケータイで検索したり…現代っ子でしょ(笑)」

※ 誰がどの演目をしたかというのを記録する。演目が前もって決まっていることは少なく、出演者は楽屋帳を見たり観客の反応を見ながらその日の演目を決める

試行錯誤しながらの下積み生活だったが、志ん橋師匠は手取り足取り丁寧に教えてくれたと言う。

「うちの師匠はしくじって覚えていけという考えで、今思うと、あちこちで師匠の顔に泥を塗るようなこともだいぶしていたんですけれど、師匠は、弟子とはそういうもんだと思ってくれていたようです。でもそういうことは入門するまで分からない。今の師匠は嫌だから別の師匠のところに行くというのは許されません。だから、師匠と弟子は擬似親子のような生涯の付き合いになる。私はいい師匠に出会えて、本当にラッキーでした」

真打は誰でもなれる? 落語ブーム終焉(しゅうえん)を見据えて

「落語の後にちょいと踊ることも…」(第三回東京六大学落語会プログラムより)

2017年の第三回東京六大学落語会では「寿限無(早稲田スペシャルアレンジ版)」を披露(第三回東京六大学落語会プログラムより)

前座を3年半務め上げた志ん吉さんは、2010年二ツ目に昇進。二ツ目になるとようやく落語家として認められ、雑用を行うことはなくなり、羽織を着たり、落語会を開催することができる。ただし、前座までのように寄席からの給金はなくなるため、自分で営業して仕事を探さなければならない。高座での実演や稽古を積みながら、どのような真打になりたいかを見極めていく大切な時期となる。

「落語家って、途中で首にさえならなければ誰でもなれるんです。今はほぼ入門した順に進んでいき、15年前後で真打になれます。だから、実力が伴わなくても真打になれてしまうことがあるんですよ。ましてや今は落語ブームで、お客さまはたくさん来てくださる。でも、ブームというものはいつか終わる。噺家って若手のうちは先輩方が面倒を見てくれるから、なんとかなるんですが、自分が上になったときに、若手の時期をどう過ごしていたか、きちんと稽古をしていたかがとても大事になってくるんですね」と語る志ん吉さん。芸の鍛錬には余念がない。得意とする古典の艶笑落語(※お色気落語)だけでなく、時事ネタや瞬発的なギャグを取り入れた新作落語にも挑戦している。

「6月28日に行われる『東京六大学落語会』(※)は今年で4回目になるんですが、そこは新作落語を披露する場と決めているんです。私は落語好きのお客さまには、女の人が出てくるようなきれいな噺が求められていると思うし、将来的には師匠のように古典を話芸の巧みさで聞かせる落語家になりたいです。でも、苦手なものにもあえて挑戦して、芸の幅を広げることが大切だと思っています。今はその時期ですね」

※ 東京大学出身の落語家が入ったことをきっかけに2015年に始まった。所属する協会や一門がばらばらで、普段出演する寄席や落語会が違うため、この落語会でしか会わない落語家もいる。母校の最新情報を入れるなど、それぞれが対抗意識を持って高座に上がる。

早稲田だからいただけた、ご縁の数々

「何もしなかった」大学時代だったが、早稲田という縁が落語の仕事につながることも多い。「東京六大学落語会」だけではなく、第一文学部東洋哲学専修の同級生が住職を務めるお寺や、早稲田出身の社長、稲門祭などから声が掛かることも。

「僕みたいに、学生時代何にもせずのほほんと過ごしていてもこういうご縁をもらえるんだから、早稲田で4年間いろいろ動き回っている人は貴重な財産ができると思います。せっかくだから、いろんなところに顔を出して、いろんな人と付き合った方がいいんじゃないと、これは当時の自分に一番言いたいことですね。サークルなら簡単にスタートできることでも、社会人になると時間がなくなったりで難しくなる。だから、『ちょっとやっとけ! 今!』って伝えたいですね」

取材・文=小堀芙由子
撮影=小野奈那子

【プロフィール】
古今亭志ん吉(ここんてい・しんきち)1980年東京都生まれ。2002年早稲田大学第一文学部卒業。2006年古今亭志ん橋に入門。2007年3月21日前座となる。前座名「志ん坊」。2010年9月1日二ツ目昇進。「志ん吉」と改名。2016年北とぴあ若手落語家競演会奨励賞、2018年さがみはら若手落語家選手権準優勝のほか、JAL名人会、紀伊国屋寄席、にっぽん丸クルーズでの高座など、活躍の場を広げている。「東京六大学落語会」には初回から出演。毎年、早稲田ネタで観客を沸かせる。4回目となる今年は、オリジナル新作「がんばれベアーズ」を用意して高座に上がる予定。

 

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