Waseda Weekly早稲田ウィークリー

キャリアコンパス

「東西古今の文化のうしほ」を一皿に パリで話題のシェフ 関根拓  

心に正直になって好きなものを一つ選ぶ
その周りを探っていくと道が開ける

パリ「Dersou」オーナーシェフ 関根 拓(せきね・たく)

撮影=石垣星児

美食の街として知られるフランス・パリで、2014年にオープンしたレストラン「Dersou(デルス)」。フレンチをベースに日本、中華、タイなどのアジアンテイストもふんだんに取り入れた、ジャンルにとらわれない独創的な料理が評判を呼び、著名なレストランガイドでベストレストランに選出されるなど、世界の食通から注目されている。そのオーナーシェフである関根拓さんは、早稲田大学政治経済学部卒業後に料理の道へ進んだという、異色の経歴の持ち主だ。大卒として“普通”ではない進路を選びながらも10年余りでキャリアを大成させた関根さんに、その道のりを聞いた。

ターニングポイントとなった語学との出合い

撮影=石垣星児

中学生のころは漠然と「総理大臣になりたい」と思っていたという関根さん。それならば良い学校に行った方がいいだろうと早稲田大学高等学院から政治経済学部に進学したが、2年生までは自分の軸が定まらず、ただ漫然と過ごしていたと言う。

「唯一好きだったのが語学でした。単位にならなくても、英語・フランス語・ドイツ語など、いろいろな授業に顔を出していました」

中でも夢中になったのがイタリア語。実際に現地を見てみようと、3年次にトスカーナへ短期留学したことが運命の分かれ目となった。

「通っていた語学学校で料理を学べるオプションがあって、それがとても楽しかったんです。食べることは子どものころから好きでしたし、1年生のときから飲食店でアルバイトもしていましたが、料理人になりたいとは考えたこともなかった。でもイタリアへ行ったことで自分は料理が好きなのかもしれない、やってみようかなと思い始めました」

原章二政治経済学部教授との出会いも、自身に大きな影響を与えたと語る。

陶芸家・二階堂明弘さんの器に、小鳩のローストと野菜を盛り付けて

「4年次に履修した原先生の授業は、本当に面白かったですね。自分の視点を持って世の中を考察することや、インテレクチュアルな思考回路などを学びました。“普通”にとらわれずに自分の力で判断する姿勢も、先生から影響を受けています。そしてあるとき原先生に料理人になりたいと伝えたら、カナダのモントリオールに行くことを勧められたんです」

英語圏でありながら、人口の7割近くがフランス語を話すモントリオール。料理人になるならまず語学だと、関根さんは卒業後すぐに渡航し、10カ月間、語学学校でフランス語と英語を学んだ。帰国後は飛び込みでレストランを回り、働ける場所を探したが、むげなく断られ続けた。というのも、料理人になるには、中学や高校を卒業した10代後半からレストランに修行に入るのが一般的。年齢的なハンディを負い、実地経験もなかった関根さんは、逆境からのスタートだった。

デルスの前で

「やっと雇ってもらったレストランは、調理師学校の卒業生が入ってくることになり、6カ月でクビに。でもそこで基礎から学んだ方がいいとアドバイスを受けて、24歳のときに調理師学校に入り直しました。卒業するころ、アラン・デュカス(フランスのトップシェフ)のお店が銀座にオープンすることになり、採用面接の機会を得たのです」

フランス人シェフとの面接では学生時代からこつこつと身に付けたフランス語が功を奏し、見事採用が決定。調理師学校を卒業したばかりの新米料理人が、一流店の厨房(ちゅうぼう)に入るのは異例のこと。3年半、寝る間を惜しんで仕事に没頭し、腕を磨いた関根さんは、30歳のときに同シェフのパリ本店、ミシュラン三ツ星レストランのシェフの地位をつかみ渡仏。その後いくつかの有名店で実績を挙げ、2014年11月21日、念願だった自身のレストランをパリにオープンさせた。

デルスの厨房(右が関根さん)

学生時代に培った多様性

仔牛のタルタルステーキにブルーベリーを煮詰めたソースとハーブを添えて

料理人という実力主義の厳しい世界。舌の肥えた食通ばかりのパリにおいて、例えば、日本酒でマリネしたフォワグラを備長炭で調理したり、ローストした仔羊を烏賊墨(イカスミ)のラグーと合わせるなど、フランスの最高の食材を枠にとらわれることなく自由な発想で料理する関根さん。各国の食通やメディアに高く評価され、活躍の幅を広げる中で、早稲田で過ごした4年間は決して無駄ではなかったと振り返る。

「今思えば、大学は問題を解決するための筋肉を鍛える場所だったのかなと思いますね。僕は日本の他の料理人より5年、フランスではもっと遅れているので、嫌な経験もたくさんしました。そんな中、どうしたら経験不足を補えるか、他の料理人を追い抜くことはできなくても、どうしたら追いつけるかを考えられたのは、学生時代に身に付けた筋肉が役立ったのだと思います」

また、語学の勉強を通して学んだ「多様性」のスピリットは、国籍やジャンルを超えたオリジナリティ溢れる一皿一皿に色濃く反映。関根さんの店ではフランス料理も和食も刀削麺も、同じテーブルに並ぶ。

「語学を学ぶと、その国ならではの価値観を知ることができます。国や時代によって価値観は変わることが分かるし、常識だと思っていることも、一部の社会でしか意味がないことだったりする。そうして学んだ多様性や自由さが僕の提供する料理であり、パリで最も評価してもらっている部分なんです」

パリのオムニヴォール(※2)という料理イベントで、約2000人の前でプレゼンテーション(左から2人目が関根さん)

※2 Omnivore(オムニヴォール)。ミシュランと並ぶレストランガイドGault et Millau(ゴー・ミヨ)のディレクターを務めたリュック・デュバンシエが、格付けではなく才能ある若手料理人たちを紹介する目的で、2003年に立ち上げた月刊誌。2006年以降は、同名の料理フェスティバルを開催。2012年からは「Omnivore World Tour」として、モスクワ、上海、NYなど世界各都市でも開催している。

まだまだ多様性に乏しい日本社会。大学生の進路として「新卒一括採用」という選択が大多数を占める中、行き詰まりを感じている学生も多い。関根さんのように、自分の道を見つけるためにはどうしたらいいだろうか。

「自分の心に正直になって好きなものを一つ選び、その周りを探っていくと、おのずと道が開けるのではないでしょうか。ただ真面目に大学に通っているだけ、というのが一番もったいないと思いますね。時には授業を休んででも、面白そうなことがあったらそこに行ってみる。意味がないように思えることでも、とりあえずやってみる。早稲田大学にはたくさんの面白い授業があるし、優秀な先生や学生が集まっていて、充実したのりしろのある場所なので、その土壌を最大限に活用して頑張ってほしいですね」

オムニヴォールに歴史を刻んだ15人のシェフとして選ばれたときの記念写真(左から4人目が関根さん)

取材・文=小堀芙由子

撮影=石垣星児

【プロフィール】
関根 拓(せきね・たく)
1980年神奈川県生まれ。大学在学中、イタリア短期留学をきっかけとして料理に目覚め、料理人を志す。早稲田大学政治経済学部卒業後、仏語と英語習得のためカナダに留学。帰国後「プティバトー」を経て、「ベージュ アラン・デュカス 東京」に立ち上げから3年半勤務した後に渡仏。パリ「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」で腕を磨き、二ツ星「エレーヌ・ダローズ」ではスーシェフ(副料理長)を務める。その後、パリのビストロ、アメリカをはじめとする各国での経験の後、2014年パリ12区に「Dersou(デルス)」をオープン。1品ごとにカクテルを付けるコースメニューが話題を呼ぶ。世界的料理イベント「Omnivore 2015」で最優秀賞、また、グルメガイド『Fooding』では2016年のベストレストランに選ばれた。http://www.dersouparis.com/

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