Waseda Weekly早稲田ウィークリー

キャリアコンパス

勘違いで早稲田に留学 「多様性」の価値観に気付く プロデューサー・崔 尹禎

日本と韓国の文化交流の掛け橋に

AI Entertainment Inc.(アイ エンターテイメント) 最高経営責任者(CEO)/プロデューサー
崔 尹禎(チェ・ユンジョン)

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崔さんが編集長を務める『AIM(エイム)』。アジア文化をテーマに、美しいビジュアルで見せるアートブックのような季刊誌

韓国の文化情報を紹介するエンターテインメント誌『AIM』の発行や、ハングル書芸、韓国文学講座をはじめとしたカルチャー教室の運営、韓国人アーティストのプロデュースなどを手掛ける「AI Entertainment Inc. (アイ エンターテイメント)」。その代表を務めるのは、大学院文学研究科修士課程を修了した後、大学院アジア太平洋研究科博士後期課程を修了し、博士号を取得した崔尹禎(チェ・ユンジョン)さんだ。

日本と韓国の文化交流の掛け橋として、日々奮闘する崔さんが来日したのは1999年。日本の映画について学ぶためだった。だが、留学先として早稲田大学を選んだのは、ある勘違いがきっかけだった。

「これはもう、運命だ!」と勘違いした早稲田への留学

_DSC6032もともと、韓国で映画美術の仕事に従事していた崔さん。「アメリカか日本に留学してもっと映画について学んでみたい」と考え始めた1998年、崔さんの留学志望を後押しするように、韓国で「日本大衆文化」が開放。それまで制限されていた日本のマンガや映画が、韓国でも見られるようになった。

「日本文化が解禁されて、すぐに黒澤明監督や北野武監督の映画を見た記憶があります。特に北野監督の『HANA-BI』は印象的で、日本映画に興味を抱きました。また、当時の韓国映画界は賃金が安く、働き続けても生活が大変でしたが、日本なら勉強ができて、就労ビザを持たない留学生でも週28時間まではアルバイトが認められている点も、日本行きを決断する材料になりました」

留学先を日本に決めた崔さん。学びやとして早稲田大学を選ぶことには迷いがなかった。憧れの詩人・尹東柱(ユン・ドンジュ)がかつて留学したのは早稲田大学、と思い込んでいたから。だが、これこそが大きな勘違いだった。

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昨年10月に東京・六本木で開催した第5回「書x芸EXPO」(写真提供:崔尹禎)

「私の好きな詩人が学んだ早稲田大学には、学びたい映画を扱う『演劇映像専攻』がある。これはもう、運命だ!  と思いました。ただ……、尹東柱が留学したのは、実は立教大学と同志社大学だったんです。このことは早稲田に入学してから知りました(笑)。韓国人の中には誤解している人が結構いて、いったいどうしてこんな勘違いが生まれたのか。早稲田に留学して良かった、と思える今だからこその笑い話です」

もっとも、崔さんが実際に早稲田大学に入学するには大きな壁があった。受験資格として「日本語能力試験1級」が必要だったからだ。当時、崔さんは日本語がほとんどしゃべれなかった。

日本国際飢餓対策機構より表彰

企画・演出したコンサートの収益金の一部を「日本国際飢餓対策機構」へ寄付(写真提供:崔尹禎)

「来日して、日本語学校に通い始めたのが1999年5月下旬。本当は4月からのカリキュラムだったんですが、担当していた映画の仕事が終わらず、1カ月半以上出遅れてしまったんです。大学院の入学試験は半年後。ただでさえしゃべれないのにスタートで出遅れてしまって、『半年で1級を取るなんて無理。まずは2級を目指しなさい』と周囲からは言われました」

そんな崔さんの日本語力を高めたのがアルバイト。焼き肉店、ベビーシッターなどさまざまな職種を経験したが、中でも語学力アップに寄与したのがラーメン店の仲間たちの存在だった。

「焼き肉店のスタッフは韓国人ばかりでしたし、ベビーシッターは基本的に一人での仕事。でも、ラーメン店は日本人スタッフばかりで、同世代の友人がたくさんできました。一緒にいることが楽しくなると、もっと会話をしたくなるじゃないですか。そのおかげで一気に日本語が上達して、半年後に1級を取ることができたんです。通っていた日本語学校では、ちょっとした伝説の存在になったんですよ(笑)」

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人は誰しも「多重役割」を抱えて生きている

トリミング卒業式_総長と

博士学位授与式にて鎌田 薫総長と(写真提供:崔尹禎)

日本語能力試験1級を取得した崔さんは、早稲田大学の試験にも合格。1年間、科目等履修生として勉強した後、晴れて大学院文学研究科に入学した。

「修士課程では、韓国時代に仕事をしていた映画美術とのつながりから、『日本映画美術の現在』を研究テーマにしました。数々の三谷幸喜監督作品をはじめ、『スワロウテイル』や『フラガール』などの話題作でも美術監督を務めた、アートディレクターの種田陽平さんにもインタビューして修士論文をまとめました」

折しも、日本では大ヒットドラマ『冬のソナタ』から始まる“韓流(はんりゅう)ブーム”真っ盛り。また、崔さん自身も会社を立ち上げ、韓国の大衆文化コンテンツを日本に紹介する仕事を始めるなど、転機が訪れていた。そこで、博士課程ではさらに視野を広げるため、アジア太平洋研究科に所属。日本の中高年女性たちの韓流消費について、そして自分自身の仕事内容をまとめる形で博士論文を書き上げた。そんな学生時代の日々を振り返って思い出すことがあるという。

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博士学位授与式には、韓国から母も駆けつけてくれた(写真提供:崔尹禎)

「文学研究科修士課程で担当教授だった岩本憲児先生(早稲田大学名誉教授)と、アジア太平洋研究科博士後期課程で師事した後藤乾一先生(早稲田大学名誉教授)の授業を通して感じたのが、『多様性を大事にすること』です。当時のクラスは日本人と外国人留学生の割合がちょうど半々ぐらい。出身国も多岐にわたり、年齢層にも幅がありました。そして、さまざまなバックボーンを持つ学生同士、自由に意見交換できたのはとても有意義な経験でした。早稲田大学、そして先生方が多くの留学生を受け入れていたのは、学生に『多様性』の価値を感じてほしかったからじゃないのかな、と解釈しています。そのおかげで今、プロデューサーという肩書で韓国と日本の文化をつなぎ、人と人の交流に関わる上でも、『多様性』はとても大事なテーマになっています」

大学院を修了した今、韓国と日本を行き来する忙しい日々を過ごす崔さん。今年で会社を立ち上げて10年という節目を迎え、今までより「会社の将来」について考えることが増えたという。

「テンプルステイ」の広報活動などで業務提携した「曹渓寺(ジョギェサ)」の智仁僧侶と(写真提供:崔尹禎)

「テンプルステイ」の広報活動などで業務提携した「曹渓寺(ジョギェサ)」の智仁僧侶と(写真提供:崔尹禎)

「10年続いたからこそ、100年続く企業にしたい、という気持ちが強くなりました。そのために必要なのは、会社としての成功のイメージをしっかり持つこと。実は今まで、目の前のことに集中するばかりで、先の視点を持てていませんでした。そこでまず、『プロデューサー』だけだった名刺の肩書に『CEO』(最高経営責任者)も加えました。もっと経営的な意識を持つことから始めてみよう、と」

将来を見据えるために崔さんがあらためて大事にしたいこと。そして、今の学生に伝えたいことが「多様性」の価値観だ。

5月9日に日本デビューしたアーティストAIVAN(アイヴァン)のプロデュースを手掛けている

5月9日に日本デビューしたアーティストAIVAN(アイヴァン)のプロデュースを手掛けている(写真提供:崔尹禎)

「私の場合、修士課程では勉強とアルバイト、博士課程では仕事と論文の両立に悩みました。でも考えてみれば、人は誰しも『多重役割(マルチ・ロール)』を抱えて生きています。仕事とプライベート。国民であり地域住民であること。私はまだ独身ですが、いつかは娘としてだけでなく親としての役割を持つかもしれません。そのとき、『多様性』の意識があれば、複数の役割を両立させる、もしくはストレスを軽減するヒントになると思うんです。その意味でも、自分と全く考えの違う人、境遇の異なる人と出会える学生時代は大事だと思います。『世界には多様な国があって、さまざまな価値観を持つ人がいる』ことを、学校で、アルバイト先で、旅行先で感じてみてください。その中の一つに、韓国があればうれしいですね」

 

2017年3月_韓国での展示会にて

第5回「書x芸EXPO」の会場でスタッフと。崔さんは右から4人目(写真提供:崔尹禎)

_DSC6089【プロフィール】

崔 尹禎(チェ・ユンジョン)
韓国ソウル市出身。1999年に来日。2000年、早稲田大学大学院文学研究科修士課程に科目等履修生として入学し、2004年9月、大学院文学研究科修士課程芸術学(映画)専攻を修了。その間、芸能プロダクションなどを経て、2007年10月に、韓国人アーティストのプロデュースなどを手掛ける「AI Entertainment Inc.(アイ エンターテイメント)」を設立。同年9月、大学院アジア太平洋研究科博士後期課程に入学。会社経営を続けながら大学院にも在籍し、2015年3月に博士後期課程修了、博士(国際関係学)取得。現在は韓国と日本を行き来しつつ、韓国の文化を紹介するエンターテインメント誌『AIM』の発行や、ハングル書芸などのカルチャー教室運営、アーティストのプロデュースなど、韓国大衆文化を日本に紹介するさまざまな事業を手掛けている。

(撮影=時永大吾)

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