Waseda Weekly早稲田ウィークリー

キャリアコンパス

人生を変える、感動の1杯を届けるために―茶師 本多 英一

ユーザー視点を忘れずに“1杯の価値”を伝えたい

マル茂本多製茶5代目・茶師(※)
本多 英一(ほんだ・えいいち)

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「社長になりたくて、商学部に入りました」

静岡県富士市で代々続く製茶業「マル茂本多製茶」。その5代目である本多英一さんは、お茶を作るだけでなく、世界中のお茶を研究し、魅力を伝える活動も精力的に行っている 。だが、大学に入るまでは家業を継ぐつもりはなく、「夢は社長になること」だったという。そんな本多さんが経営者になるための準備期間として、早稲田大学で過ごした時間は必要不可欠だった。

※茶師…収穫した茶葉から、蒸し・揉み込み・乾燥などの工程を経て、お茶に仕立てる職人 。

どうせ社長になるなら、茶園の社長として必要なことを学ぼう

mht_056小さい頃から両親の働く姿を見て育った本多さん。繁盛期には、ナマモノである茶葉をすぐに加工する必要があるため、1日20時間近くお茶と向き合わなければならない過酷な仕事だ。そのことを身に染みて知っていたからこそ、家業を継ぐかどうかは悩んでいたという。

「かといって、自分の性格からサラリーマンにも向いてなさそう。じゃあ、独立して事業を興すしかないなと思ったんです。社長になるためには、マーケティングや広告などをちゃんと学びたい。なら、商学部だ! と、国内の商学部を片っ端から調べ、その中で受かったのが早稲田大学商学部でした」

だが、大学に入って間もなく、本多さんの行く末を変える出来事があった。

「お茶作りの最盛期には、全国から経験豊かな『茶師』が助っ人として集まってくれます。そのお茶師さんの中でも、自分が兄のように慕っていた方が、大学に入ってすぐの新茶シーズンに亡くなってしまったんです」

あらためて、家業のことを考えるようになった本多さん。同時に、「次に倒れるのは、父か母の番ではないか」と考えるようになったという。

商学部のゼミの仲間と(右端が本多さん)

「これから年老いていく両親に負担がのし掛かるのは嫌だな、と。どうせ社長になるのなら、実家の経営者として、負担を軽減しながらうまく回す方法を早稲田で学べばいいんじゃないかなと考えるようになったんです」

葛藤を経て、当初の予定を変更して家業を継ぐことを決意。だからこそ、大学4年間を充実したものにしようと、より思えるようになったのだ。

「卒業すれば、お茶作りの修行を一からしなければならない……そうなってからではできないことを大学生のうちにやろう! そう思って、いろんな人たちに会ったり、海外に行ったりしました。4年間、かなり親には迷惑を掛けつつも、遊びながら、人と会いながら、視野を広げる経験をさせてもらったと思います」

中でも、「人との出会い」が大きな財産になったという。

ブータンでのボランティアツアーに参加

「ゼミやアルバイトも含め、さまざまなコミュニティに顔を出しました。それと、当時の僕の家は、高田馬場駅から徒歩5分だったこともあって、友人みんなのたまり場になっていました。鍵が開けっ放しだったので、自分が留守のときも友達が勝手に入ってご飯を食べていたりして。今にして思えば、シェアハウスや「airbnb」の走りだったんじゃないかと思うんですけど(笑)、人の行き交う場所になっていたので、退屈しないとても楽しい学生生活でした。今もそのころに出会った仲間が、お茶をどう広めていけばいいのかを一緒に考えてくれています」

目指したいのは“ユーザー視点”のお茶作り

充実した4年間を過ごした本多さんは、大学卒業後、実家に戻るのではなく、まずは福岡県八女市で3年間、修行する道を選んだ。

「八女市の人には『静岡に学びに行く人間は毎年何人もいるけど、静岡から学びに来た人は記憶にない。普通の人はやらないことを君はやっているんだぞ』と言われましたね」

だが、この修行経験が、地元の静岡だけでなく、日本全国、世界のお茶を研究するきっかけとなり、本多さんの茶師としてのオリジナリティを生むことになった。

「九州には八女市以外にもあちこちにお茶の名産地があったので、それらを見て回ったんです。そのおかげで、九州はもちろん、日本各地にたくさんのお茶があるんだ、ということを実感として学ぶことができました。実はこれ、静岡の人間にはあまりない感覚なんです」

お茶の生産量日本一の静岡県。栽培も生産も静岡の中だけで完結してしまうため、静岡のお茶が一番、という認識にどうしてもなりがちだという。

「感動の1杯」を生み出すべく、茶師の仕事に励む

「でも、ひと口に『このお茶、うまいですよ』と言っても、それだけじゃ今の時代、伝わりません。なぜこの土地のお茶はこの味なのか? 富士山ではこう、鹿児島のシラス台地ではこう、という具合に、その背景も伝えたいんです。そのために、修業期間から今もずっと、日本だけでなく世界中からさまざまなお茶を取り寄せて研究を続けています。そうでなければ、あらゆる味や香りがある中で、『マル茂のお茶はこうだ』と、“1杯の価値”をちゃんと伝えられないですから」

常にお茶の研究を重ね、新しい茶葉の開発、そして飲み方の普及に努めている本多さん。だからこそ「茶師」「マイスター(達人)」という肩書きにこだわりがある。

「日本の職人にありがちなのが、ものを作って終わり、ということ。その先でそれをどう楽しむかという“ユーザー視点”が欠けているように思います。お茶の世界でも、誰にどう飲んでほしいか、ということを考えて作っている職人はまだ多くありません。つまりそれって、自分の味の理想のみを突き詰めていくというアート作品としてのお茶作りなんです。でも、僕は『マイスター』です。人の手に渡った後、そのお茶がどう飲まれるのか? 飲んだ人がどんな気持ちになるのかを考えたい。一つのお茶で100人満足できないんなら、100人全員が満足できるお茶を100種類作ればいいんです。お茶を作りながら、それを飲んだ人がどういうふうになってほしいというものを提案していきたいんです」

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洗練されたデザインのパッケージ

近年では、商学部で培った知識や人脈を生かし、味だけでなく消費者目線でのプロダクトデザインにもこだわった製品を開発したり、お茶の啓蒙イベントなどを行う「富士山まる茂茶園株式会社」を立ち上げ、製茶にとどまらず活動を広げている。悩んだ末に家業を継ぐ決意をし、その道を究めようと努力を続ける本多さん。その立場から、学生に向けてメッセージをもらった。

「大学時代、恩師から『大学生のうちにちゃんと悩みなさい』と言われたのを思い出します。自分もぼんやりと生きつつも、よく悩んでいたなと思います。悩みながら、こんな人間になろう、こういう人生を送ろう、というのが固まっていったんですね。お茶作りは想像していた以上に肉体的に大変なんですが、『でもこれは、自分が悩んで決めた道だぞ』と。自分の決めた道だから、泣き言なんて言っていられないんですよ」

ただ、肉体的にどんなきつくても、お茶作りは楽しい、と本多さんは笑う。

「この10年、お茶作りにここまでのめり込むとは想定外でした。作るのが楽しくなっちゃって、経営者としては失格だったかもしれません。これからの10年は、もっと『お茶の魅力を伝える10年』にしなければいけないなと思っています。だからこそ、伝える知識と技術をもっと高める必要がある。そのためには、大学で学んだマーケティングとか会計とか経営とか、そういったものを生かした組織作りに取り組んでいきたいですね」

茶園にて1

【プロフィール】
呈茶1本多英一(ほんだ・えいいち)
富士山まる茂茶園株式会社代表取締役。1984年、静岡県富士市に5代続く茶園の長男として生を受ける。経営者を目指し早稲田大学商学部では国際経済学を専攻。2007年、大学卒業とともに一からお茶作りを学ぶため、玉露の産地・福岡県八女市で3年間修行し、他流も含めた製茶の手法を修得。研究を重ねたのち、生家に戻り5代目本多茂兵衛を襲名し、製造だけでなく、お茶の魅力を伝えるさまざまな活動を行っている。富士山まる茂茶園株式会社

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