
1987年生まれ。2010年、早稲田大学人間科学部卒業。在学中から天気キャスターを目指し、大学3年次に気象予報士の資格を取得。2009年より株式会社ウェザーマップに所属し活動を始め、大学卒業後はテレビ東京やTBSテレビなどに出演。その他、雑誌の取材やコラムの執筆、講演会などの仕事も受け持つ。
「天気は同じものが一つとしてありません。毎日、変化していくから、常に新鮮な驚きを与えてくれます」。
國本未華さんは、まさに「快晴」という笑顔で仕事の醍醐味(だいごみ)を語ってくれた。在学中から気象予報士として活動を始め、すでにキャリアは5年。「お天気お姉さん」は幼少期から憧れの存在だった。
「子どものころからテレビのお天気コーナーが好きで、毎朝欠かさず見ていました。お天気お姉さんに一日の元気をもらっていたんです」。
学生時代にかねて興味があった気象を学び、若くしてテレビで活躍する彼女を「夢をかなえた人」と見る向きもある。だが、本人はそうは思えないらしい。
「高校までは内気な性格で、人前で話すのも苦手でした。だから天気キャスターを目指そうとは思えなかったし、かといって他に目標もない。とても夢に向かって一直線とはいえない人生です」。
まずやりたいことを探さなくては─。そんな考えから、幅広い視野が培われる環境を求め、早稲田大学の人間科学部に進学したという。
内気な性格を克服しファッションショーに出演
早稲田大学で過ごす日々の中で、一つの出会いが國本さんの意識を大きく変えた。2年次の春、友人の紹介で、早稲田祭初のファッションショー『Waseda Collection』の開催に奔走する、同期の学生と知り合ったときのこと。
「彼女からショーの出演依頼を受けたんです。正直迷いましたが、引き受けることにしました。自分の同期生が企画力・発想力・行動力を武器に、ゼロからイベントを作り上げていく姿に刺激を受け、彼女の力になりたいと思ったからです」。
國本さんはウォーキングの練習を積み重ね、大観衆の前で見事にモデルを演じ切った。一連の経験は彼女の意識を変えていく。ショーの打ち上げの席で将来の夢を聞かれると、「お天気お姉さんです!」という言葉が自然と口をついて出た。同期生に触発され、自分も行動しなくては、という気持ちが彼女の背中を押した。
3年に進級した國本さんは、学生生活で初めて気象関連の科目を選択。太田俊二教授の指導の下、気候のメカニズムを科学的に捉える視点に知的好奇心を刺激された。この時期、大学の授業と並行して気象予報士試験の勉強にも取り組んだ。集中的な学習を重ね、合格率4%台の難関資格をわずか10カ月で取得。4年次には株式会社ウェザーマップに所属し、気象予報士としての活動を開始した。
予報の信頼性を高めるため言葉選びを磨く毎日
気象予報士は上空と地上の天気図を解析し、誰にでも分かる言葉で気象を正確に伝える翻訳者的な立場だ。駆け出しのころは、テレビ用の短い台本を用意するのに4 ~5時間を要することもあった。言葉選びは今でも課題だという。一方、視聴者の理解を深めるための論理の組み立ては、学生時代の経験を生かしている。
「『気象情報提供サービスの提案』というテーマで卒論制作に取り組んでいたとき、私の論理展開について指導教授の金子孝夫先生などから説明不足との指摘をたくさん受けました。この時期に論理的思考力が磨かれたのだと思います」。
目下の目標は予報の信頼性を高めること。「全国を旅して各地の空気を肌で感じたい。土地を深く理解した上で予報をしたいから」と、大好きな気象に対する探究心は高まるばかりだ。この「好きなことを突き詰める」という姿勢は、後輩にも届けたいメッセージでもある。
「“好き”のヒントは、過去の体験を思い返せばきっと見つかるはずです。早稲田は何事にも挑戦できる自由な場所。新たなチャレンジを始めれば、必ず次のステップに進めると思います!」。