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“食堂のおばちゃん”が作家に転身-作家 山口 恵以子

作家 山口 恵以子 (やまぐち えいこ)
山口恵似子さん1

▲作家 山口 恵以子  撮影場所:ソラトニワGINZA (松屋銀座屋上) 1959年生まれ。1985年早稲田大学第二文学部卒業。大学卒業後、宝飾関係の職場で働きながら、創作活動に励む。33歳のとき、「松竹シナリオ研究所」に入学。同学修了後、プロットライターとして活動し、後に作家に転身。2013年、『月下上海』(文藝春秋)で松本清張賞を受賞し、気鋭の作家として注目を集める。

昨春、戦時下の上海を舞台に財閥令嬢の恋愛を描いた『月下上海』が、良質な長編エンターテインメント小説に与えられる「松本清張賞」に輝いた。作者は40代から作家を目指し、食堂で働きながら執筆活動を続けた50代の女性。物語性に富んだ経歴に世間は沸いた。

「当時は、方々で『食堂のおばちゃんが苦節25年で夢をかなえた』と書かれました。実際には苦労も挫折もありませんよ。私の人生には『物語を創る』という糸があり、それを引っ張り続けたら賞にたどり着いた。それだけの話ですから」。

作者の山口恵以子さんは淡々とした口調で当時を振り返った。

良質な物語に囲まれ感性を養った10代

創作というライフワークに出合ったのは幼少期。当時の趣味は、漫画や映画のサイドストーリーを考えることだった。「好きな作品に出合うと、自分も登場させて新たな話を創ったりする。こうした空想が現在の創作活動の原点です」。

漫画、小説、映画といった物語に囲まれて育った10代前半。キャンパスに程近い早稲田松竹や高田馬場パール座などの名画座に通い、感性を磨いてきた学生時代。多彩なエンターテインメント作品に触れてきたことが想像力を豊かにした。

“想像”を“創造”に変え始めたのは大学3年のとき。漫画家を目指し作品を出版社に持ち込んだ。「ストーリーは面白いが、絵が下手過ぎる」。編集者は手厳しかった。悔しくて就職した後も絵の訓練に励んだが、仕事との両立は酷過ぎた。

再び創作に向き合ったのは30歳を過ぎたとき。スクール情報誌でシナリオ学校が目に留まり、脚本家を目指して入学。学校修了後、講師の紹介でプロット作成の仕事を始めた。

「1日で原稿用紙30枚、3日で100枚を書くこともありました。チャンスをつかむには量をこなすしかなかったんです」。

派遣で働きながらプロットライターを続けて約10年。脚本を書くチャンスは数回訪れたが、全て不運で流れてしまった。気付けば40代前半。脚本家としてデビューするのは難しいかもしれない。次のステージとして、自然と小説家に目が向いた。

等身大の努力を継続し、作家としての道を切り開く

正直、自信はあった。人生を懸けて磨いてきた想像力と構成力を生かせば、必ず小説家として通用する。必要なのは執筆活動に打ち込める環境だけ。迷いを断った山口さんは、44歳のとき、安定した収入と時間を得るため食堂に転職。執筆活動に打ち込むための支えを確保した。そして2011年、運命の出合いが訪れる。新聞のテレビ欄で偶然見掛けた「上海の伯爵夫人」というタイトルに物語の着想を得た。以前から温めてきた若い芸術家夫婦の物語と組み合わせ、半年かけて『月下上海』を創作。松本清張賞選考委員の北村薫氏に「他を圧倒した横綱相撲」と言わしめる出来栄えだった。

受賞を機に複数の出版社から声が掛かり、この春から作家活動に専念する。「これでただのおばちゃんですね」と笑いながらも、「必ず作家として商品価値を高めてみせる」と強い決意も口にする。ブレない強さの秘訣(ひけつ)を教えてほしいとお願いすると、こんな言葉を贈ってくれた。「人間、等身大の自分で100%の努力をすると、ダメでも諦めがついて次に進める。逆に、格好悪いと思って努力することから逃げたり、背伸びをして本来の力を出し切れなかったりすると、必ず後悔する。後悔は心をむしばむから絶対にしないでほしい。格好悪いことから逃げず、等身大で全力を尽くしてください」。

シンプルながら事の本質を突いたメッセージ。自分と向き合い、戦い続けてきた人の言葉だからこそ重みがある。

▲「もうひとつの天職」という食堂の仕事も今春退職。

▲「もうひとつの天職」という食堂の仕事も今春退職。

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