Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

高校教育は何を目指すべきか

高校の学びは、現実社会からますます遠ざかっているのです。

教育・総合科学学術院 教授 菊地 栄治(きくち・えいじ)

愛媛県生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員、国立教育政策研究所総括研究官を経て、2009年より現職。専門は教育経営学・教育社会学。日本の教育改革を批判的に捉え直し、個々の学校や自治体などとのコラボレーションを通して、もうひとつの教育社会づくりを試みる。著書に『希望をつむぐ高校』(岩波書店)。

18歳選挙権が適用されようとしている今こそ、「他者とともによりよい社会を創っていく力」が重要です。

2004年3月と2015年3月の2度にわたって、全国の公立・私立高校の校長と教員の意識を把握するための質問紙調査を実施しました(私立は校長のみ)。多岐にわたる質問内容の中で、「高校で生徒は何を身に付けるべきだと考えますか」というテーマで17項目を設定。3項目で顕著な変化が見られました。「他者とコミュニケーションするスキル」や「受験に合格する学力」を挙げた教員の割合が増加した一方で、「他者とともにより良い社会を創っていく力」を身に付けるべきと回答した割合が大きく減少したのです。教育基本法でも時代を超えてうたわれている重要な学力要素が切り捨てられ、社会への適応を急がされ、かつ、個人に還元される内向的な学力へシフトしていると捉えられます。個人的な達成目標としての受験学力の形成が強く目指される一方で、社会的な矛盾や課題を発見したり、他者と共に社会を形成したりする力は軽視されつつあるように見えます。現実の社会から遠のいていく高校教育の学びの姿が印象に残りました。

2004年3月と2015年3月に菊地教授が実施した調査によれば、「他者とともによりよい社会を創っていく力」を身につけるべきだと回答した高校教員は63・3%から50・9%へ減少。一方で、「他者とコミュニケーションするスキル」は62・1%から75・9%へ、「受験に合格する学力」は16・0%から21・7%に増加した。個人に還元される学力が重視され、社会から遠ざかっていく高校教育の実情が浮き彫りになった。

2004年3月と2015年3月に菊地教授が実施した調査によれば、「他者とともによりよい社会を創っていく力」を身につけるべきだと回答した高校教員は63.3%から50.9%へ減少。一方で、「他者とコミュニケーションするスキル」は62.1%から75.9%へ、「受験に合格する学力」は16.0%から21.7%に増加した。個人に還元される学力が重視され、社会から遠ざかっていく高校教育の実情が浮き彫りになった

こうした変化の背景には結果を出すことをせかす社会風潮があり、教員としても深刻なジレンマを抱えています。社会の矛盾や課題と向き合い、時間をかけて解決策を導き出すことは必要だと認識しつつも、学習指導要領の規定を超えて自律的にカリキュラムをつくる余裕が、教員の側になくなってきているのです。「教員をやめたくなるくらい忙しいと感じたことがある」「部活動の指導が負担」「生徒と関わる時間を奪うような雑務が多すぎる」と回答した教員の割合は全て11年前より増加しています。文部科学省は「社会とつながり、他者と協力して問題を解決する力」の重要性を唱えますが、具体策は高校教育の現場に「お任せ」の状態です。掲げる理想をどう教えればいいのか、そしてそれはいかにして可能であるのかを具体的な政策としてデザインしていく必要があります。教育の現実を踏まえたプランニングが必要です。

形式的なコミュニケーション能力や、受験という狭い範囲の学力は、答えが得やすく、成果の実感も伴いやすいので、多忙な教員はその方向へ走りがちです。その結果、生徒の思考を支えるモノサシが短くなり、「他者とともによりよい社会を創っていく」という大きな問題に取り組む力が育たなくなってしまうのです。

結果や答えをせかされるのは現代社会の風潮でもありますが、教育は社会に合わせて行うだけではなく、社会の在りようを相対化するものであるべきです。リアルな社会を知るために、生徒と教員、そして、教員同士が一緒に学ぶ経験を重ねることが課題です。

中には社会に関心を持ち、高校内外で精力的に社会活動を実践している生徒もいますが、それはまれな例。こうした生徒が増えなければ、選挙権年齢が18歳以上に引き下げられる2016年夏の参院選以降も、国全体としては適切な意思決定はできないでしょう。社会への関心を持ちづらい生徒が社会を学ぶ経験を重ねられることが、公教育が目指すべきところです。このような時代であるからこそ、「他者とともによりよい社会を創っていく力」はますます重要度を増しています。

(『新鐘』No.82掲載記事より)

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