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【開催報告】エマニュエル・ブジュ先生講演会『作品の薄い皮膜の上にとまる珍しい鳥たち』ー表層的比較主義のために Des oiseaux rares sur la mince pellicule de l’écrit. Pour un comparatisme superficiel

開催概要

パリ第3大学教授エマニュエル・ブジュ先生をお迎えし、ご自身の考える比較文学のあり方について、これまでの研究内容に触れながら語っていただいた。

講演は36号館581教室において、10月4日午後4時から始まった。中央大学名誉教授の三浦信孝先生に通訳をお願いし、事前に用意された講演原稿を読み上げる形で講演が始まった。以下、概略をまとめてみる。

 

講演概略

まずエドガー・アラン・ポーの「真実は常に井戸の底にあるとはかぎらない」(「モルグ街の殺人」)という言葉をエピグラフとして用いて、副題にある「表層的比較主義」とはいかなるものかを、イタロ・カルヴィーノの「隠された秘かな深さを表層に浮かび上がらせる」という引用から規定する。複数の名前と単語と映像をつなぐことによって、「表層」にとどまることによってだけ浮き彫りにすることができる深さがある。「珍しい鳥たちのように」はホルヘ・ルイス・ボルヘスの『汚辱の世界史』から来るもので、よき読者とは例外的な異常、統計の予測を超えた出来事であると捉える。比較文学の表層には複数の時間の層、複数の空間の遊びがある。

比較文学を考える際には2つの意味が重要である。異なった言語で複数の文学を比較するだけでなく、同じ言語でも異なる空間で書かれる文学を比較することもある。2つ目の意味として文学と人文社会科学の比較というアプローチがある。更に、比較文学研究はただ一つの作品についても可能であり、作品の間テクスト的読解と深さにおける文学的流通に着目することができる。

自分自身は文学と歴史との比較に携わってきた。これまでの研究実践として、第一期の研究は『文学を再創造する――ポスト・フランコ期スペインにおける民主化と小説モデル』(2000年)に纏められた。第二期では20世紀最後の四半世紀から現在までの「歴史の小説化」を詩学的に研究し、『歴史のトランスクリプション――20世紀末のヨーロッパ小説試論』(2006年)として著した。「歴史のトランスクリプション」とは、歴史的経験を文学がフィクションとして変換することを意味する。同時にトランスクリプションは音楽モデルの概念でもあり、「転調」「編曲」を意味する。小説は固有の言語(ないしはその「楽器」)によって歴史的経験に応答する。そこにはフィクションと歴史的な証言との間に、記憶と創造力の間と同様に、相反関係よりも相互補完性があることが重要である。

そこでは文学は資料による証拠のない空間との真剣な戯れを生む。通常の歴史記述とは異なる小説ならではの表現――小説は痕跡の考古学的調査や証人の声の再現、虚構のアーカイヴ、反事実の構築、あり得ない時間などを用いることになる。この点で重要視されるのは、「幻の腕」を鏡の箱によって可視化することで痛みを和らげるという実験であり、文学は「幻の苦痛(phantom pain)」を浮かび上がらせ、鏡の箱に似た思考実験を経験させる。それは現実の表象不可能性を想像力によって解決しようとする営みだと言える。

現在の研究として、ウルトラ資本主義における自己植民地化のプロセスや平常化された奴隷状態に抗するために、「エピモデルニスム」の概念を提唱している。われわれが生きている時代に、「ポストモダン」以外の別の名前を与える文学比較の時代区分の問題をどう考えるか。表層性、秘密、エネルギー、加速、信用、継続の精神という6つの指標を想定する。その6つの価値をそれぞれが用いながら、フランスと外国で約60人の研究者がグループを形成して研究をおこなっており、みなさんにも参加してほしい。

以上のような講演のあと、司会役の堀内からと、聴衆の3名からの質問があり、真摯な応答がなされた。2時間半に及ぶ講演会は、聴衆の数という点では決して多いとは言えないながらも、大変充実した内容であった。

なお本講演で読まれた講演原稿は次号(2026年3月)の『比較文学年誌』に掲載される予定である。

(文責・堀内正規)

Dates
  • 1004

    SAT
    2025

Tags
Posted

Tue, 14 Oct 2025

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