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誰が子どもを育てるのか? -「アロマザリング」という子育て

現在の親子関係が抱える矛盾

negayama

人間科学学術院 教授 根ケ山 光一(ねがやま こういち)
1951年香川県生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士課程中退。大阪大学人間科学部助手、武庫川女子大学家政学部助教授などを経て1996年早稲田大学人間科学部助教授、1998年より現職。専門は発達行動学。人間と動物の行動発達と親子関係を「子別れ」の観点から考察している。

 

母親の子育ての負担をシェアする「アロマザリング」の重要性が認識され始めています。母親の役割を考え直す必要があるかもしれません。

こんにち、事あるごとに親の責任論が取り沙汰されています。子育てに対する不安やストレスが膨らむ中、母親たちは自分の子育てを振り返る機会を失っているのではないでしょうか。私自身、専門とする発達行動学から、「ヒト」にとってふさわしい子育てとは何かを考えたとき、現代の親子関係は矛盾を抱えているように感じています。

大多数の動物において、母親が子育ての中心であることは間違いありません。しかし、中には、母親以外の個体が子どもの世話を引き受ける「アロマザリング」によって母親の負担を軽減し、繁殖の可能性を広げていった動物もいます。その好例がヒトです。他の霊長類よりもずっと行動的に未熟な状態で生まれ、親の養育期間も長いヒトにとってアロマザリングはなくてはならないものでした。同時にアロマザリングは、子どもの社会性の発達や、世話するのが若い個体である場合は子育ての学習という意味でも、極めて重要なものです。つまり、アロマザリングを介した母と子とその周囲の互恵的な関係をベースに、ヒトは家族や社会を営んできたといえるでしょう。

しかし、近年の核家族化や近隣との付き合いの希薄化により、アロマザリングを活用した子育てが成立しにくくなり、母親のみに子育ての負担を負わせるケースが増えるようになります。このような状況にあって、当の母親たちも「母親の役割」に対する意識を強めていくわけですが、イギリスのジョン・ボウルビィが発表した「アタッチメント理論」もそれに影響を与えていたと思います。アタッチメント理論の基本的な考え方は、子どもには母性的人物への「くっつき(attachment)」を求める性質があり、それによって子どもは守られるというものですが、その理解にはいくつか注意が必要です。まず、子どもが求める相手は必ずしも母親ではないこと。また、親と子ども双方の互いに対するネガティブな情動を見落としがちであるということ。そして、この理論がイギリスの個人主義的な育児風土で生まれたということです。ところがこの後、当時の社会状況や日本の伝統的な母性観の上に、母親が愛情を尽くすことで子どもが健全に育つという認識が過剰に日本に広がってしまったのです。

多良間島の守姉。守姉は血縁と関係なく選ばれることも多い。母親が守姉を依頼するときには、正式には結納のような儀式をし、赤ん坊の家族と守姉の家族がある種の姻戚関係のような出入りを行うが、最近はだいぶ略式化されてきた。

ニートや引きこもりといった問題を抱える子どもあるいは若者の存在も、アロマザリングとそれによる母子の脱密着化の減少と無関係ではないのではないでしょうか。私は2006年から沖縄県宮古郡にある多良間島を訪れ、島での子育てを調査し、本土や海外の事例と比較研究しています。この島には、血縁のないもしくは比較的遠縁の少女が子守りをする「守姉(もりあね)」という風習があります。それは単なるベビーシッターではなく、守姉の家族と赤ん坊の家族、さらには地域コミュニティーの互助機能が働く豊かなアロマザリングなのです。この島には守姉以外にも多様なアロマザリングが存在し、その効果は、島の子どもたちの自由度の高さ、伸びやかさ、人なつっこさ、強さといった心身の発達に見て取ることができます。

多良間島の子育てを都会にそのまま持ってくるのは無理でしょう。とはいえ、母親たち自身が今までの「母親の役割」にとらわれたままでは何も変わりません。ヒトは、赤ん坊といえども周囲の人々と関わる能力を備えていることをぜひ知ってほしいと思います。一方で、アロマザリングを可能にする子育てのネットワークを地域で再構築していくことも必要です。あくまで母親はそのネットワークの一環であり、子どもは周りの人々との関係の中で健全に育つのです。

保育園と守姉のアロマザリングの形態比較。保育園的なシステムと守姉的なシステムの良い点、改善すべき点を融合させて、これからの子育てのあるべき姿を考える必要があるのかもしれない。

 

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