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「特殊な場所」に入り込んで聞こえてきたものとは。村田沙耶香著『コンビニ人間』を英訳した竹森ジニーさんに聞く――――
2022.05.13
- 村田沙耶香
- 竹森ジニー
聞き手:デビッド・ボイド&辛島デイヴィッド
邦訳:小磯洋光
2016年に芥川賞を受賞した『コンビニ人間』によって、“普通”や“正常”への違和感を独特の感覚で描いてきた村田沙耶香の愛読者はさらに大きく広がった。アメリカの『ザ・ニューヨーカー』誌で2018年末発表の「ベストブックス」に選ばれたほか、話題となった同作は、英語圏はもちろん各国で村田作品が翻訳され、読者を得るきっかけとなった。『Convenience Store Woman』として英訳した竹森ジニーさんに、「具体的な音の描写」「登場人物の呼び名の使い分け」などについて聞いてみた。
Q.『コンビニ人間』では冒頭から読者は音の世界に連れて行かれます。最初の段落を訳すとき何を意識しましたか? 日本のコンビニの世界を英語で立ち上げるためにどんな工夫をしましたか?
思っていたより大変な作業になりました。特に、日本のコンビニは日本社会にとって欠かせませんが、海外にないという点に悩みました。例えば、アメリカのコンビニは日本のとはまったく違います。品揃えも、店の雰囲気も、サービスも違います。日本にはコンビニチェーンがいくつもありますが、どのお店も似たり寄ったりですよね。店舗のレイアウトはどこも同じですし、サービスも同じ。この小説の1行目は「コンビニエンスストアは、音で満ちている。」(直訳は“A convenience store is filled with sound.”)です。日本の読者なら、この文を読んでとても馴染みのある場所に飛んでいけますし、あとに続く具体的な音の描写を読む前でも、たくさんの音を聞きとっています。でも、日本を知らない読者には、あなたは非常に特殊な場所に入り込んでいますよ、と示すことが重要だと思って、1行目の翻訳は“A convenience store is a world of sound”にしました。そのあとに出てくるさまざまな音については、読み手の頭の中で響くように音を表す単語を使っています。バーコードスキャナのbeep、ドアチャイムのtinkle、店内を歩くヒールの足音のclacking。ちょっとした工夫ですが、英語圏にない場所の雰囲気が伝わると思います。
Q.”Irasshaimase “は翻字になっていますね。繰り返し登場して素晴らしい効果を生んでいます。”Irasshaimase “を使うことは早い段階から決めていましたか? 当初は別の方法を考えていましたか?
翻字にすると決めるまで少し時間がかかりました。英語にはこれに相当する言葉がありません。普通、客が店に入ってきても店員は挨拶しないんです。だから店員に“Welcome!”と言わせたら、とても妙な感じになるでしょうね。“Good morning!”はありえるかもしれません。他の本で「いらっしゃいませ」が出てきた時は、“Good morning!”や似たようなフレーズを使いました。でもこの本では「いらっしゃいませ」が何度も出てきますし、一種のキーワードになっているので、別の表現でぼかしてはいけないと思いました。翻字にするのは当然と言えば当然ですね。
Q.では、「ありがとうございます」を“Thank you for your custom”にした理由を教えてください。
店員が使うフレーズを全て日本語のままにしておくのは、やりすぎでしょうし、英語で相当する表現を思いついたフレーズは、日頃機械的に繰り返しているフレーズだとわかるようにしたり、定型文に聞こえるようにしたりしました。
Q.主人公の恵子は、感情的というより論理的に世界を捉えていると言っていいでしょうか? 論理的だとすると、そのことは物語全体にアプローチする上でどう影響しましたか?
はい、恵子は間違いなく物事を論理的に考えますし、人間関係を円滑にするささやかな常識にも無頓着です。あと、意外な言葉の使い方をよくします。例えば、料理すると言わずに「食材に火を通す」と言ったり。こうしたことは、彼女に対する周囲の反応とともに、この本のユーモアの源になっているので、英語ではっきり伝わるようにする必要がありました。
Q.それに対して、他の登場人物のヴォイスはどのように作りましたか?
それはわりと簡単でした。いつもの翻訳の時と同じアプローチをとったんです。性格や立ち居振る舞いをよく理解した上で口調を決めるんです。
Q.翻訳版が大ヒットしたわけですが、訳している時に、村田さん流の(ブラック)ユーモアは英語圏の読者に受けないかもしれないと考えたことはありましたか?
そうでもなかったです。村田さんのブラックユーモアはイギリスの読者に受けるだろうと思っていました。同じようなユーモアが満載の短篇小説「清潔な結婚」(“A Clean Marriage”)はとても好評でした(Facebookで私を探して、「あの物語が大好きです」と言ってくれる人や、「村田さんの作品の英語版は他にありませんか」と質問してくる人もいました)。『コンビニ人間』も評判になるかもしれないと思っていましたが、これほどの大ヒットになるとは思ってもみませんでしたよ。
Q.この本の登場人物の呼び名をどう使い分けたか教えてください。
これもかなり考えました。主人公の古倉恵子は、仕事中は“Miss Furukura”にしました。物語の重要な要素である独身という点を強調できるし、恵子と同世代で(書かれていませんが)ほぼ間違いなく既婚者で子持ちのバイトリーダー“Mrs Izumi”(泉さん)と対比できると思ったからです。恵子は泉さんを30代の「普通の」女性になるためのロールモデルにしていて、泉さんの話し方やファッションセンスを真似しています。妹や友人からは“Keiko”と呼ばれるのが一番自然だと思いました。白羽からは“Furukura”と呼ばれています。他のほとんどの店員は苗字だけにしました。敬称や肩書きは付けていません。ただし、ベトナム人のダットくんは英語にした時に“Dat”だけだとぎこちなく聞こえるので、“kun”をつけました。
Q.「縄文時代」を“The Stone Age”と訳したのはなぜですか? どんな点を考慮してそう訳しました?
他の本であれば、“Jomon Period”以外の訳にはしなかったかもしれません。これなら読者は意味を調べたくなったら簡単に調べられるでしょうから。でも今回は“Jomon Period”だと読むスピードが落ちてしまう気がしましたし、英語の読者には、日本の読者にとっての「縄文時代」と同じような感覚を呼び起こす言葉を使った方が効果的かもなあと思いました。“The Stone Age”が一番しっくり来ましたね。縄文時代は大まかに言えば同じ時代に入りますし、物語の文脈にもうまく当てはまるんです。
竹森ジニー
翻訳家。イギリス出身、2002年より日本在住。幸田露伴、泉鏡花といった近代日本文学や、宮部みゆき、中島京子ら現在活躍する作家の翻訳を手がけている。村田沙耶香作品では『地球星人』も翻訳した。出版社で編集者として働いた経験もある。
デビッド・ボイド
ノースカロライナ大学シャーロット校助教授。小山田浩子や川上未映子の作品をはじめ、日本文学の英訳多数。古川日出男『二〇〇二年のスロウ・ボート 』の英訳(『Slow Boat』)で日米友好基金文学翻訳賞。
辛島デイヴィッド
早稲田大学国際学術院准教授。訳書に『Snakes and Earrings』(金原ひとみ著『蛇にピアス』)、『Triangle』(松浦寿輝著『巴』)など。近著に『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』、『文芸ピープル:「好き」を仕事にする人々』
小磯洋光
翻訳家。イースト・アングリア大学大学院で文芸翻訳や詩を学ぶ。英語圏の文学作品の翻訳のほか、日本文学の日英翻訳にも携わる。訳書にテジュ・コール『オープン・シティ』、グレイソン・ペリー『男らしさの終焉』など。
参考文献
・村田沙耶香『コンビニ人間』文藝春秋、2016年(文春文庫、2018年)