Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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サーベイ実験で「信頼格差」の原因を探る
篠本 創 講師

篠本 創 講師

国際関係論・政治学研究を始めたきっかけ

私が国際関係論(国際政治学)・政治学の研究に進むことになった背景には、明確な契機があったわけではありません。むしろ、その時々の熟考を伴わない、ときに消去法的な選択が緩やかに積み重なり、気がつけば現在に至っていた、というのが率直なところです。しかしながら、いざ本格的に研究に取り組み始めると、合理性と非合理性が複雑に交錯する政治の世界がもつ独自の知的魅力に強く惹きつけられました。加えて、定性的手法と定量的手法を包摂し、多元的に知を積み重ねていくこの学問領域の性格も、私が国際関係論・政治学に深く惹かれる理由となりました。大学院では、外交史料の収集・読解を中心とする定性的分析に重点的に取り組む一方で、統計分析に代表されるような定量的手法の習得も進め、研究の基盤を形成していきました。

こうした経験を重ねるなかで、私は次第に「軍事組織をめぐる政治力学」というテーマに強い関心を抱くようになりました。軍事組織の存在や活動が国内政治と国際政治の双方に重大な影響を及ぼしうること自体は広く共有された認識です。しかし、それほど重要であるにもかかわらず、軍事組織とその他の社会的・政治的アクター、特に一般市民との関係性については、日本のみならず国際的にも、しばしば印象論に依拠して語られてきたにすぎず、私はこの状況に強い違和感を覚えました。この感覚は徐々に研究関心として結晶化し、学術的探究の核心として位置づけられるに至りました。こうした問題意識のもと、博士論文提出以降、一貫してこのテーマに焦点を当て、今日に至るまで研究を続けています。

具体的な研究内容と明らかにしたこと

近年私は、軍事組織に対する市民の信頼が多くの国で高水準にある一方、民主主義の原則の下で当該軍事組織を統制すべき文民政府や議会への信頼が相対的に低いという、いわゆる「信頼格差」に着目しています。そのうえで、サーベイ実験と呼ばれる手法を主軸に据え、この信頼格差の原因と帰結を実証的に検討してきました。サーベイ実験とは、簡単にいえば、標準的な意識調査に実験的要素を組み込む手法です。具体的には、調査の途中で参加者を無作為に複数の群のいずれかに割り付け、各群またはその一部に異なる「刺激」や「処置」と呼ばれるテキストや画像(場合によっては音声なども)を提示します。その後、参加者の態度や意見を測定し、それらの群間差を分析します。こうすることで、提示した情報が人々の態度や意見にどのような影響を与えるかを因果的に検証できるのです。

このサーベイ実験という手法を用いながら、私は主として二つの問いに取り組んできました。いずれも、先述した信頼格差の「原因」を探求するものです。第一に、人々は軍事組織が関与する出来事の帰結に応じて、政治的指導者を含む文民アクターと軍事アクターへの信頼をそれぞれどのように更新するのか。第二に、文民統制に象徴される政治的指導者と軍事組織の間の多層的構造に関する人々の認識が、こうした信頼形成の過程をいかに規定するのか、という点です。先行研究の多くは、出来事の帰結と信頼の間に単調な因果関係を想定する、いわゆる「パフォーマンス理論」に基づいてきました。また、時間的に大きな隔たりをもつ複数の世論調査データを比較するといった観察データ分析を専ら行っており、因果メカニズムの精緻な把握には限界がありました。これに対し、私は社会心理学で先行して構築されてきた「帰属理論」に着目しました。帰属理論は、ものごとの原因や因果に関する人間の思考様式を捉える理論であり、これを理論的基盤として取り入れることで、既存のパフォーマンス理論を発展させました。さらに、評価対象間の階層性に焦点を当てることで、分析の枠組みを拡張しました。そのうえで、小規模ではない軍事組織を保持し、市民が文民統制について比較的原則的な理解を有する確立した民主主義国である日本を対象に、三回のサーベイ実験を実施しました。複数回の実施により、得られた知見の再現性と頑健性を確認しています。

この実験から得られたデータを分析した結果、軍事組織が関与する出来事の帰結に関する情報への接触は、文民アクターと軍事アクターの双方に対する信頼評価に同程度の影響を及ぼす一方で、成功や失敗といった帰結の方向性によって信頼更新メカニズムが大きく異なることが明らかになりました。さらに、こうした出来事の帰結に関する情報に先立ち、政治的指導者と軍事組織の間に存在する多層的な制度構造に関する情報を提示した場合であっても、多くの場合、信頼形成のあり方に大きな差異は確認されませんでした。ただし興味深いことに、一部では理論的な予測とは逆に、制度構造に関する情報が、軍事組織への信頼に対する帰結情報の影響を増幅させるケースも観測されました。これらの知見は、市民による事後的な業績評価の様態を実証的に明らかにするものですが、安全保障危機下における民主主義社会の動態を理解するうえで重要な含意をもっています。

今後の抱負

今後は、信頼格差の「帰結」に関する研究、特に市民が抱く信頼と、軍事組織の成員・元成員を含む専門家が社会において発揮しうる影響力との関係性を検証していきます。このプロジェクトでは、特に市民からの信頼度が異なる文民アクターと軍事アクターがそれぞれ公的に発信する意見の間に生じる内容的対立・重複という側面に焦点を当て、社会心理学における説得研究の知見を踏まえて理論的に検討します。とりわけ、高い信頼を背景にしたはずの意見発信であっても、状況によっては逆効果をもたらしうる点に着目し、その背後にあるメカニズムの解明を目指します。この研究構想の一部はすでに国際共同研究として始動しており、近い将来、研究論文などの形で成果を発表できるよう尽力しています。

少し視野を広げて今後を見据えると、次のような抱負が挙げられます。国際関係論・政治学においては、文化や政治制度といった文脈の多様性を十分に考慮して知見の外的妥当性を確保することが不可欠であり、こうした課題は私自身の研究にも当てはまります。また、国際関係論・政治学には、心理学や経済学をはじめとする他分野の手法や知見を学び、付け焼き刃ではない形で取り入れていく余地がなお大きく残されていると感じています。他方、そうした学際的な探究に個人で取り組むことには限界があるのも事実です。こうした点を踏まえ、今後は、多様な学問的背景をもつ研究者との国際的な協働をいっそう推進し、理論的・実証的フロンティアを開拓していく所存です。

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