Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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人によい印象を与えるには~印象形成における姿勢と声のプロソディの効果 北村美穂 准教授

印象は他人との関係を左右する

人は初対面の相手でも、相手のちょっとしたしぐさや表情などわずかな情報から瞬時に印象を形成します。その印象を手掛かりに、相手がどんな人なのか、どんな振る舞いをするのかを予測し、付き合い方を決めています。印象は他人との関係を築くための重要な要素です。私は、印象はどのように形成されるのか、特に姿勢と声といった非言語情報が印象形成に及ぼす影響について研究しています。
印象というと、仕事や恋愛などで少し意識する程度、と思われるかもしれませんが、実はもっと原始的なものです。社会的な生き物である「人」は、他人との円滑なコミュニケーションを構築できるかどうかで生活ががらりと変わります。おおげさに言えば生存に直結します。そのため、短時間である程度正確な相手の印象を把握することや相手に自分自身のよい印象を与えたりすることが重要になります。つまり、他者の印象を把握したり、よい印象を作り上げたりする能力は、人が社会の中で生き残るために獲得した能力といえるでしょう。
最近の研究では、第一印象がその人物の成功と結びついていることが示されています。例えば、選挙で写真から見て判断した印象と選挙結果が一致していたという報告もあります。これは本来、政策や政治への姿勢で判断されるべき(判断していると思っている)ものまで、見た目の印象が強く影響していることを示しています。また、よい印象は、相手からのよいフィードバックを促すので、それが本人のモチベーションを上げ、結果的に社会的成功を実現することも往々に生じます。つまり入り口は単なる容姿だけだったのに、結果として実力を伴ってくるということです。このように、相手によい印象をもってもらうことは社会生活において無視できない大きな利益があるといえます。

自分をよく見せる

印象は会話の前のほんの数秒でつくられるものです。顔がよいとかスタイルがよい人は魅力的で好印象を与えることはよく知られていて、そうした心理学の研究もたくさんありますが、顔やスタイルが突出してよい人は私たちのごく一部にすぎません。そのため、多くの人は、自分を魅力的に見せようと努力しています。これは、ダイエットや化粧品、整形手術などに莫大な金額が使われていることからもわかります。
しかし、そういった莫大なお金や労力を使わずとも、印象をよくする方法は実はいくつもあるのです。たとえば、笑顔を見せる、アイコンタクトをする、よい姿勢をとる、など、ごくあたりまえのことですが、効果的に好印象を残すことができます。相手に与える印象は、姿勢や声、表情など身体による非言語情報が大きく占めています。これらは、自動的に表出される側面もあるので、ともすると普段はあまり意識せずに過ごしてしまいますが、少しの意識で他人にどんな印象を残せるかを、ある程度自分自身でコントロールできます。

姿勢は瞬時に伝わる

それを確認したのが、最近行った「姿勢」の研究です。姿勢はお互いを理解するための動作の1つで、言語をもたない動物では、仲間の中で力関係を示すのに重要です。動物は、背中を丸めることで、自分は相手より下であり、歯向かう意志がないということを示しています。
就職や受験の面接の前に、「姿勢をよくしなさい」と助言されたことがある人も多いと思います。姿勢をよくすると印象がよくなるのは感覚としてわかりますが、意外なことに、姿勢と印象形成の関わりについて、例えばどのくらいの時間で、信頼性や魅力などの印象に影響を与えるか、を系統立てて詳しく調べた例はほとんどありません。
そこで、私たちは10数名の大学生によい姿勢や悪い姿勢をとってもらって写真を撮り、別の100人以上の学生にその人物について、「魅力」「信頼」「支配性」の3つの観点で評価してもらいました。ポーズの指定をしていないので、よい姿勢や悪い姿勢は人によってまちまちです。しかし、「よい」と意図した姿勢は「悪い」と意図した姿勢に比べ、特に信頼性が高く評価されました。これは、特別な姿勢のトレーニングを受けていなくても、姿勢1つで相手に与える印象を効果的によくできることを示しています。また、どのくらいの時間で印象がよくなるかを調べるため、写真を見せる時間を変えて評価してもらったところ、0.1秒という非常に短い時間で印象が形成されることがわかりました。姿勢はほんの一瞬で相手に伝わり印象を変えてしまうわけです。

声で変わる心理状態

声の研究も始めています。声には感情が強く反映しており、無意識でもその声から自分の感情や状況が相手に伝わってしまいます。2者間のコミュニケーションでは、こうしたお互いの感情や状況を声から読み取って印象形成をしたり、また話しているうちに互いの感情が伝染しあったり、ということが起きます。この仕組みを実験的に調べるには、声を特定の感情方向にリアルタイムで変化させる必要がありますが、それを実現することは技術的に難しく、これまで、あまり研究が進んでいませんでした。一昨年、私が前に所属しており、現在も共同研究している早稲田大学理工学術院の渡邊克巳教授らがDAVID (Da Amazing Voice Inflection Device、図)という装置を開発し、研究を可能にしました。DAVIDは、デジタルプラットフォームを使って、人が話している声のイントネーションやリズムなどの感情的なトーン(プロソディ)を「楽しい」、「悲しい」、「こわい」などに変えることができます。この装置を使えば、話し手の声を音量や話し方はそのままに、感情的な側面だけ変化させることができます。また2人当時に同じ感情方向に変化させたり、または逆の方向に変化させたりできるので、声の感情がどのように2者間の印象形成や意思決定などの行動に影響しているのか詳しい検証ができるわけです。
現在、予備的にいくつか実験を始めています。例えば、最近行った実験では、まず、架空のAさんについて「よい」「普通」「悪い」印象を与える行動を記した文章を、幸せそうな声と悲しそうな声で読み上げ、聴取者がAさんに対してどのような印象をもつのかを調べました。すると、普通の行動はどちらの声で語られても印象への影響はほとんどありませんが、悪い印象を与える行動は幸せそうな声で話されると印象が良くなり、よい印象を与える行動は悲しい声で語られると悪い印象になることがわかりました。このことは、声のプロソディによって、発話内容の印象を変化させることができることを示しています。言語情報はその内容だけでなく、「どう語られるか」が重要です。他にも実験はいくつか始めていて、まだ予備的な段階ですが、今後さらに進めていきます。

図:人が話している時に音声に感情表現を与えることのできるデジタルプラットフォーム(DAVID; Da Amazing Voice Inflection Device (Aucouturier et al., 2016) http://cream.ircam.fr/?p=44

感情は伝わる

心理学の研究を始めたきっかけは、かつて音楽高校でピアノを専攻していたことにあります。ピアノを弾くと自分はなぜ感動するのだろう、あるいは演奏会でピアノを弾く弾き手の感動とオーケストラが同期し、さらにその感動が聴衆者に伝わっていくのはなぜだろうと思っていました。大学で心理学の先生にめぐりあい、感情と感覚の関わりについて研究しました。絵画をみているときには、脳の中では、視覚とそれ以外の感覚に関わる部分が活性化されることや、「気分はバラ色」といったように実際に明るい気分のときには外界の見方(視覚)が影響をうけることを明らかにしました。
早稲田大学に来てからは声や姿勢などの身体情報がコミュニケーションに及ぼす影響を研究しています。現在行っている姿勢やプロソディの研究は、ヒトを対象として実験していますが、将来的には、ロボットとのコミュニケーションにも応用できるのではないかと考えています。身体性がコミュニケーションで担う役割を明らかにして、よりよい社会づくりに貢献したいです。

取材・構成:佐藤成美
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

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