- 鎌田由美子(Yumiko Kamada)助教(2012年3月当時)
私の研究分野はイスラーム美術史です。現在は、インドを中心とする絨毯の生産・流通・受容と、アジアにおけるイスラーム美術の形成・受容・コレクションを中心に研究しています。
ここでは、京都にあるインド絨毯のコレクションをもとにした研究について紹介します。
「京都グループ」の発見 ― 研究のはじまり
京都祇園祭では山鉾の巡行が行われます。その山鉾を飾る懸装品として、国内外の染織品が用いられてきました。その中には、江戸時代に輸入されたインドやペルシアの絨毯もあります。
1986年に、日本とアメリカの染織学の研究者たちによって、これらの絨毯の本格的な調査が行われました。その結果、星形メダイヨン文のインド絨毯が2枚あることが明らかになりました。この文様の絨毯は、17世紀後半のオランダ絵画に頻繁に描かれながら、これまで現存するものが確認されていなかったのです。そのため、日本にあるインド絨毯に国際的な注目が集まることになりました。 このタイプ以外にも、祇園祭のインド絨毯には、よく知られているペルシアや北インドの絨毯とは異なる珍しいタイプのものが含まれていることがわかりました。そこで、研究者たちはこうした特異なタイプのインド絨毯を「京都グループ」と名付けました。 近年の研究で、「京都グループ」の絨毯はデカン(インド南部)で生産されたのではないかと考えられるようになりました。しかしその後、これらの絨毯に関する研究が十分になされてきたとは言えません。
そこで私は、ニューヨーク大学美術研究所で博士論文に取りかかる際、京都祇園祭で用いられてきた、デカン産とされるタイプの絨毯を扱うことにしました。そのためにまず、メトロポリタン美術館イスラーム部門の研究員として2年間、所蔵されている絨毯コレクションを実際に調査しながら、絨毯の組織(構造)などを学びました。そして日本や欧米に残っているインド絨毯を調査しました。 より詳細な研究方法と、そこから得られた成果について、以下で説明します。
デカン産絨毯の解明にむけて
まず、京都にある絨毯が本当にデカン産のものかどうかを検証しました。その際、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館(以下V&Aとする)にあるデカン産の絨毯と比較考察しました。V&A所蔵のインド絨毯は、18-19世紀にデカン地方のワランガルやハイデラバードなどの地で生産されたものであることが記録に残っていますので、デカン産絨毯の基準作となるからです。
比較の際は、絨毯の組織、材質、モチーフに注目し、京都のインド絨毯とV&Aにあるデカン産絨毯それぞれの特徴を抽出しました。デカンで作られた工芸品や建築装飾に見られるモチーフも産地を特定する手がかりとなります。
検証の結果、京都にあるインド絨毯のいくつかは、北インドやペルシア産の絨毯とはデザインも組織も異なりましたが、V&Aにあるデカン産の絨毯とは組織が似ており、多くのモチーフも共通していることがわかりました。また、デカンの工芸品と共通する独特のデザインも見られました。これらの点から、京都のインド絨毯の一部がデカンで生産されたことはほぼ確実と考えられます。
続いて、上の調査で抽出したデカン産絨毯に見られる特徴をもとに、世界のどこに類品が現存しているかを調査しました。
その結果、日本では滋賀県長浜市の長浜曳山(ひきやま)祭の曳山(山車の一種)を飾る懸装品として用いられているインド絨毯もデカン産であることが明らかになりました。 これまでデカン産であると指摘されているインド絨毯は世界に30点ほどでしたが、調査の結果、インド、ポルトガル、イギリス、オーストリア、日本、アメリカなどの各地にかなりあることがわかりました。
これらの絨毯はどのような来歴を持つのでしょうか。
デカン地方はペルシアと結びつきが深く、16世紀後半には、ペルシアからデカンに移住した職人がペルシア様式で絨毯を織っていることが記録に残っています。また17世紀後半には、イギリス東インド会社がインド南部東海岸のコロマンデル・コーストから絨毯を輸出したことが記録されています(それらの絨毯は近隣の絨毯生産地で貿易用に織られたものと考えられます)。イギリスやオランダの東インド会社は、17-18世紀にコロマンデル・コーストに商館をおき、デカン産綿布を大量に輸出しました。そうした状況において、デカン産絨毯も輸出されたのです。
調査をもとに私がデカン産とした絨毯の中には、これまで北インド、特にラホール産と考えられてきた絨毯が多く含まれます。しかし、デカンに特徴的な織の組織やデザイン、モチーフが見られること、そして上述のような貿易状況を考えると、これらをデカン産と考えるのが妥当だと思われます。

デカン産絨毯がかけられた月宮殿(長浜曳山祭)。(提供/鎌田由美子助教)
「京都グループ」により明かされる絨毯史、国際交易史
京都に残っているインド絨毯は、以下の点で重要な研究対象です。
第一に、現存するデカン産貿易用絨毯のコレクションとしては世界有数のものです。第二に、祇園祭の懸装品の購入文書から絨毯の制作年代の下限がわかります。絨毯に制作年が織り込まれることは稀ですので、京都にあるインド絨毯は、イスラーム美術史の重要な研究分野である絨毯史の編年に貴重な手がかりを与えてくれます。
第三に、京都にあるインド絨毯がどのように日本にもたらされ、国内を流通し、使われてきたのかを調べることで、アジアにおけるイスラーム美術品の受容の一例を提示することができます。江戸時代の日本では、自由な貿易は許されていませんでした。そうした時代背景の中、オランダ東インド会社は、日本で人気のある絨毯のタイプを把握し、需要に合ったものを持ってきている様子も明らかになってきました。
このように京都に残るインド絨毯は、デカン地方の絨毯生産の実態だけでなく、17-18世紀のデカンにおけるイスラーム美術の様子や、東インド会社などによるデカン産絨毯の国際流通の様子、そして日本における受容を知る手がかりを与えてくれる貴重なコレクションであるといえます。
日本人のイスラーム美術史研究者として
京都にある絨毯を手がかりに以上のように研究を進めることで、デカンで貿易用に作られた絨毯がどのようにして世界各地に運ばれ、各社会で受容されていったのかの一例が浮かび上がってきました。イスラーム美術史は、まだまだわかっていないことが多い分野です。ですから、調査・研究を重ねることで、これまでの定説を覆し、新しい貢献ができる余地がたくさんあるところに醍醐味を感じます。
現在、ここで紹介した研究に加えて、まだ十分な研究がなされていない中国、台湾や東南アジアにおけるイスラーム美術の研究を始めています。研究を通じて明らかになったことを国際的に発信してイスラーム美術史研究の発展に寄与すると同時に、イスラーム美術のおもしろさを日本の方々にも伝えていきたいと思っています。
取材・構成:押尾真理子
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School