- 上條良夫(Yoshio Kamijo)助教(2011年3月当時)
1クリックごとのオークション―「キーワード」―
現在、最も頻繁にオークションにかけられているもの、それは「キーワード」です。GoogleやYahoo!などで、あるキーワードを検索すると、検索結果ページには一般の検索結果以外に上部と右部に広告が掲載されます。この広告枠、掲載順位をめぐって、検索ボタンがクリックされるたびに「キーワード」がオークションにかけられているのです。これは検索連動型広告オークションと呼ばれています。
オークションの設計には数理経済学者がゲーム理論を用いて大きく貢献をしてきました。ゲーム理論とは、戦略的状況下での人間の意思決定やそれに伴う制度の性質を分析する学問です。私はゲーム理論の均衡モデルの知見を用いて検索連動型広告オークションのメカニズムについて研究をしています。特に、高いアカデミックバックグラウンドをもつ人材が多いGoogleは、学術的な裏づけをもとにオークションを日々進化させているのではないかと思い、私は以前から興味を持っています。
オークションの種類と特徴
オークションには四つの種類があります(表1)。
通常よく見られるイングリッシュオークションは、売り手がある低めの金額をコールして、価格を徐々にあげていき、入札者が妥当だと評価する価格になった時に競り落とす方式です。逆に、ダッチオークションは売り手がある高めの金額をコールして、徐々に価格を下げていく方式です。
また、第一価格オークションは、最高額の入札者が自らの入札した額を支払額として競り落とす方式です。これに対し、第二価格オークションは最高額の入札者が2番目に高い入札額を支払額として競り落とす方式です。
いずれも売り手の収入(期待値)は同値となることが数学的に裏付けられています。
しかし、入札者が入札額をどのように決定するかという点で違いがあります。例えば、第一価格オークションでは、最高額の入札者は2番目に高い入札者より少しだけ高い額に下げるインセンティブがあります。
一方で、第二価格オークションでは、自分の入札額が直接自分の支払いに影響を与えないため、自分が妥当だと思う評価額で入札することが最適な戦略と言えます。
評価額でそのまま入札することが最適な第二価格オークションは参加者の意思決定がしやすいため参加しやすいオークション形式と言えます。現行の検索連動型広告オークションではこの第二価格オークションが実装されています。
検索連動型広告オークションのメカニズム
検索連動型広告オークションでは、広告主がキーワードに対して入札額を決め、その入札額の高い順に広告が上から表示されます。それぞれの広告主が検索エンジンに支払う額は、一番入札額の高い人が1クリック当たり2番目に高い人の入札額分を払い、2番目に入札額が高い人が1クリック当たり3番目に高い人の入札額分を払います。これは第二価格オークションが連続して起こる一般化第二価格オークションと呼ばれる方式です。
売り手が期待収入を高める方法
オークションには売り手の期待収入を高める工夫が組み込まれています。その一つは、ノーベル経済学賞受賞者のマイヤソンが述べているように、留保価格を適切に設置することです。留保価格とは、売り手が設ける最低入札価格のことで、これ以下の価格では財を売らないことを示します。Yahoo! は留保価格を設定していますが、Googleではその設定がないように見えます。ならば、Googleが期待収入を高める別の手法をとっているのではないかと私は思いました。検索結果ページの広告枠を注意深く見ると、検索窓のすぐ下にある上位広告は背景がカラーになってより強調され、右脇は下にかなりの空きスペースがあるにもかかわらず広告が貼られていないことに気付きます。これが彼らの期待収入を高めているのではないかと考え、解明を試みました。
広告数制限による収入増の効果をみる
簡単な思考実験をしてみます。例えば、掲載順位10位の広告枠の単位時間当たりのクリック回数が1増えた際の検索エンジンの期待収入の変化を考えます。1 クリック増えたことにより10位の広告枠の価値が高まります。すると、10位の広告主は、それより上位の広告枠を得るために入札額を上げるというインセンティブを失い、入札額を下げます。先の一般化第二価格オークションの仕組みから、10位の広告主の入札額低下が、9位の枠の広告主の支払額を下げます。9 位の広告主も、それより下位の広告主の入札額低下のために掲載順位が下がる心配がない分、入札額を下げます。すると、8位の広告主の支払額が下がります。
このように、低い掲載順位の価値が偶発的に高まるとかえって期待収入(支払額)が下がってしまいます。逆にいえば高い掲載順位の価値をより高く低い掲載順位の価値をより低くすることで、検索エンジン側は期待収入を上げることができます。そのために、Googleは財の質の格差を広げる、つまり上位広告を目立たせ、ページ内の広告数を制限する方法をとっていると考えられます。
何もしないときと比べて、広告枠数を制限したとき、留保価格を設置したときではどのくらい収入が増加するのかシミュレーションした結果が図1です。

図1 広告数制限による収入の増加分(青)、留保価格設置による収入の増加分(赤)(例:0.3→30%増加)(N : 広告主の数)(提供/上條良夫助教)
図1から、広告数制限による収入増の効果は適切な留保価格の設置の効果には及ばないものの、匹敵していることが見て取れます。結果的に期待収入を高める方法として広告数制限は大きな役割を果たしているのです。
今後の研究と展望
現行の検索エンジンで使われている一般化第二価格オークションは非常に良くできていますが、その代替的制度を理論的実験によって比較してみることで、よりよいメカニズムデザインを提案できるのではないかと考えています。また、実社会で起きている問題にゲーム理論を用いて解決策を提示していきたいとも考えています。例えば、シャッター商店街を活性化するためにオークションを用いて賃貸料を決めるというようなこともできるかもしれません。
また、私の趣味である茶道でも、一見よくわからない制度、行動のなかに、ゲーム理論で説明できる合理性があるのではないかと思い日々探求しています。これはじっくりと時間をかけて解明できればと考えています。
取材・構成:大石かおり/東京工業大学 青木雄介
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School