Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

News

ニュース

「契約」によって社会問題をどこまで解くことができるか 堀一三 客員講師 (2009年1月当時)

  • 堀 一三(Kazumi Hori)客員講師(2009年1月当時)

契約理論とは?

私は、契約理論とその応用に関する研究をしています。契約理論は、法律でいう契約を扱う学問ではありません。「情報の非対称性が存在するときの諸問題」を「契約」に代表される、「制度や組織によって解決しようとしたらどうなるか」ということを研究するための理論です。
人々が持つ情報には格差があり、均等でないために生じる問題が存在します。たとえば、科学研究費補助金の申請・予算の行使では、次のようなことが問題になります。申請書に書き込まれたことに嘘偽りはないか、審査をする人は公平に審査できるか、予算を獲得した人は予算を正しく使用するか、また期待される努力をするかなどです。では、これらの問題を解決するためには、どのような審査制度を導入すればよいのでしょうか。
この制度を、人々の間で結ばれる「契約」として考えようとするのが契約理論です。ですから、「契約」には、暗黙の了解といったような目に見えないものも含まれます。

なぜ組織は階層的なのか

私の研究には2つの柱があります。まずは契約理論そのもの。いろいろな社会問題がある中で、制度で何ができるのか、できないのかを見極めるのが契約理論の純粋な理論です。もう1つは、これから説明する、契約理論を応用した「なぜ組織は階層的なのか」についての研究です。
この問題に対してはこれまで、仕事の分業、コーディネーションのしやすさといった観点から説明されてきました。私の研究では、下部組織から情報を正確に上層部に伝達することができるか、に注目して分析を行いました。
下部組織には非対称情報があるので、自身に都合の良いように勝手な行動をする可能性があります。そこで、まず下部組織の動機、やる気をうまく引き出すように上層部が契約を書くとしたならば、という前提で分析を進めます。
この「完備契約理論」のアプローチでは、階層が増えると、より下の組織の上層部によるコントロールが利かなくなるので、階層の数が少ない組織のほうが、下部組織からより正確な情報を引き出すことができるとされてきました。しかし、これでは、少なからず組織は階層的であるという現実を説明できません。
そこで、私は「不完備契約理論」、つまり上層部と下部組織の間で契約ができない場合に着目しました。契約が締結できない、あるいは、何らかの理由で契約を締結しない場合を考えることも契約理論では重要です。
その結果、情報は、階層を多くして下部組織に集積したほうが歪曲しにくくなり、より正確な情報伝達を促すことを示すことができました。これは、組織の経済分析における新しいアプローチであり、既存の理論では説明できなかった経済事象への理論的裏付けといえます。

父の影響で組織に興味~契約理論との出合い

私は子供のころ理系志望だったのですが、高校生のとき、経済学者である父の書斎にあった本がきっかけで「組織」に惹かれました。組織を科学的に分析することは、理系の目から見てもわかりやすい話ですから。
父の勧めもあって経済学部に入学した後は、経済を分析するのではなくて、人間行動そのものを分析するゲーム理論が非常に面白く思えました。そして、所属したゼミで、興味のある組織を応用分野とする契約理論に出合ったのです。15年前、20歳のときでした。
国内の大学院に進学して修士課程を終えた後、アメリカに留学しました。国内にいるときは、まだ契約理論を専門にしようと決めていなかったのですが、契約理論で有名な研究者に指導を仰ぐことができました。そして研究を続けるうちにいくつか成果があがり、だんだん面白さがわかってきました。しかし、本当に面白くなったのは博士号を取った後。近頃やっと人に業績を評価されるようになり、それからです。
契約理論でも用いられる「報酬」――誉められるとか人に認められる、ということがないと、人間というのは自分の意思だけで進むのは難しいと思います。ただ、人間は自分の能力の限界を知らないので、どこまでできるのか、わからなかったことがわかってくる、ということも面白い。それが生きがいにもなっています。

「契約理論」を広めたい

契約理論の研究は、自分の発想を分析したり、計算したりするところまでは面白いのですが、それがどれだけ現実に即しているのか、どのように世の中に貢献できるのか、これらを説明しないと評価してもらえません。とくに、これがなぜ社会の役に立つのかを自分の頭の中で整理して説明するのは非常に難しいですね。
契約理論は他の分野でもすでに幅広く使われています。私も他の分野と共同研究をしていて、最近は国際貿易などについても論文を書いています。しかし、認知度は低いので、これから「契約理論」という分野を広めていきたいと思います。
忘れてはならないのは、社会の役に立つという視点。これがないと、論文や研究どころか、経済学そのものの存在意義も問われかねません。どうしたら社会の役に立てるのかを常に考えて研究していきたいと思っています。

 

取材・構成:吉戸智明/山下真規恵
協力:早稲田大学大学院政治学研究科MAJESTy

 

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/inst/wias/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる