- ケラム・マリサ(Marisa Kellam) 准教授(2013年7月当時)
比較研究で見えてくる、政治を動かす重要な要素
私の専門は、ラテン・アメリカ諸国における政治の比較研究です。政治を観察すると、政治家が何らかの動機を持って登場し、その動機に応じて戦略的に決断をしていることが見えてきます。こうしたありようを研究することによって、政治におけるルールや手続き、そして制度が、国全体の意思決定を進める際に重要な要素となっていることがわかってきます。さらに、こうしたダイナミクスを国ごとに比較することで、さまざまな政治のあり方をより深く理解できるようになります。このような研究は、個別の社会問題の解決策を見つけ出すことにはつながりませんが、政府によりよい仕事をしてもらうにはどのような政治のあり方が望ましいかを教えてくれます。
西欧とは異なるラテン・アメリカの民主主義
1970~80年代における世界的な民主化の波の中で、ラテン・アメリカでは軍事政権から民主政治への転換が進みました。ただし、その形は西欧諸国で見られる民主主義とは異なります。大統領がひとたび選挙で選ばれると、その大統領が一人ですべてを統治する委任型民主主義という形です。「国家を救う者」を自認するこうしたハイパー大統領の典型例が、ベネズエラのチャベス元大統領でした。ハイパー大統領による統治は民主主義の崩壊を招くといわれていますが、ラテン・アメリカの国々は例外で、情勢は不安定ながら軍事政権に戻ることはなく独自の民主主義を保っています。私がラテン・アメリカの政治を専門に研究し始めたのも、このような特殊性に興味を持ったのがきっかけでした。
ラテン・アメリカの政治のもう1つの特徴として、ほとんどの国で多くの政党が乱立していることがあげられます。2013年6月に政府への抗議行動が激化したブラジルを例に取りましょう。抗議行動のきっかけはバス運賃の値上げで、サッカースタジアム建設への税金投入反対の訴えも目立ちましたが、国民の不満の根底には、「政府は我々を代表していない」という思いがありました。2013年7月現在、ブラジルには20以上の政党があります。ルセフ大統領は、自身の母体である労働党が国会の20%の議席しかもっていないため、およそ10の政党と連立して政治を行っています。大統領は主義主張の異なる政党との調整に追われ、国民の側を向いていられないのです。
多数の政党が乱立する状況では、政権を維持するために他の政党と連立を組むことが有利です。このため、ブラジル以外の国々でも、連立により政権が支えられています。私が行った分析では、ラテン・アメリカでは、大統領選挙のために複数政党が連立を組むケースがかなり多いということがわかりました。各国の民主化以降の主要な立候補者を調べたところ、実際に大統領に選出された立候補者の45%が選挙前に連立を組んでいました。一方、母体政党が最大政党ではないケースも75%に上り、他政党と連立しても、その合計が過半数に満たないケースもありました。このような連立政権は不安定になりがちです。実際、主要先進国20ヵ国の政権は平均で52ヵ月続いているのに対し、ラテン・アメリカでは23ヵ月にとどまっています。
政権与党と連立する「雇われ政党」の思惑と作用
このような連立政権において、政策はどのように決定されるのでしょうか。これが私の大きな研究テーマです。一般に連立政権の政策は、左派・右派といった各党の政治スタンスや権力の大きさに左右されます。しかし、それだけではありません。連立を維持するには妥協や調整が必要なため、利益誘導型の政策決定が行われることもあります。つまり、「この法案を通すことに協力下さい。そうすればこの地域に橋をかけましょう」といった具合です。
ラテン・アメリカでは特定の地域を基盤とする政党が多いため、このように、地域の受ける恩恵を政権与党への協力の条件とすることが多いのです。また、地域には密着していないものの、左派・右派の立ち位置をはっきりさせず、誘導型の利益確保を標榜する政党もたくさんあります。そうした政党は、決まった政策を持ち法案を成立させようとするのではなく、政権側の資源を使って支持者に利益をもたらすことを目的としています。私は、こうした地域主義や個別主義を掲げる政党のことを、「雇われ政党」と呼んでいます。こうした政党は、連立相手から“雇われて”、議会で政権与党とともに票を投じるからです。
雇われ政党は、連立政権から利益を誘導し、支持者に分配するわけですが、その一方、政権与党に外から新たに選択肢を与え、政権運営に柔軟性をもたらすという作用ももっています。大統領は、このような政党を“雇う”ことで、連立政権の中で政策のすり合わせでつまずくことなく、また、母体政党の議員数が少なくても、政権を維持することができるのです。

図:雇われ政党の概念(Kellam准教授提供)
日本の政治からも研究のヒントを
以上はラテン・アメリカに関する分析ですが、他の国々にも当てはまる部分はあると考えています。連立相手の政党が政府の政策にはあまり関心を払わないときに、どうやって政権与党は連立関係を保つのか。利益誘導型の雇われ政党は、連立政権内でどのように振る舞うのかといった研究テーマがあります。
日本の政治も、見方によってはラテン・アメリカの政治と似た側面があります。もちろん、政治システムはずいぶん異なりますが、政党が乱立し、ねじれ国会という事態もありました。比較を通して、学ぶことは多いのです。私は日本の政治の専門家ではありませんが、日本の政治を知ることで、私の専門であるラテン・アメリカの政治の理解を深めることができると考えています。
取材・構成:益田美樹
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School