
創立記念日を迎えるにあたり、私たちは往々にして、大隈重信を遠い歴史上の偉人として捉えがちである。しかし最近、信州の母方の実家にある古い土蔵の取り壊しの折、110年の眠りから覚めた一通の候文を手にしたことで、私は歴史の糸の不思議な結び付きを知ることとなった。
1915(大正4)年3月付のその手紙は、同年地元の郡議会議員を引退する私の高祖父へと宛てられた、衆議院選挙の推薦状であった。驚くべきは、差出人の筆頭に「伯爵 大隈重信」の名があり、大浦兼武、加藤高明、尾崎行雄ら、第二次大隈内閣の現職閣僚がそろい踏みで名を連ねていたことだ。当時の閣僚が「伏して願い上げ候」と集票の頭を下げていたのである。

大正4年の総選挙推薦状。筆頭に「伯爵 大隈重信」をはじめ、当時の閣僚の署名が見える
この事実こそ、建学の精神、特に「模範国民の造就」の生きた証左ではないか。大隈が目指した大学の在り方とは、官僚エリートの養成ではない。権力から独立し、地方で汗を流し地域社会を統べる「主権者」を育てることにあった。東京の「官」に対する地方の「民」。その力を誰よりも信じ、頼りにしていたからこそ、大隈は長野の一議員へ熱のこもった万筆を走らせたのだろう。
まさか、大隈と自分のルーツが、110年の時を超えて土蔵の片隅で結び付くとはつゆにも思わなかった。しかしこの巡り合いは、早稲田の歩みが全国の無名の「模範国民」に支えられてきた大河であるという事実を教えてくれた。高祖父から届いた大隈の筆跡を胸に、将来、全国あるいは世界各地の社会を支えていくであろう学生たちを前に、今日も教壇に立つ喜びと誇りをかみしめている。
早稲田大学学生部部長
中澤 達哉
第1195回
中澤 達哉(なかざわ・たつや)
文学学術院教授。早稲田大学大学院文学研究科史学・西洋史専攻博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。専門は東欧近世・近代史。






