大隈 重信様
この学園を世に残してあなたが去られてから既に103年、今日の世界にあなたが生きていたなら学生に何を伝えただろうと思案しながら筆を執りました。
常に国際情勢と日本の立ち位置に鋭敏な感覚を持っていたあなたは、「東西文明の調和」を唱え、平和を希求し、行き過ぎた自国第一主義を戒める論壇のリーダーでもありました。
西洋文明の長所を取り入れつつ、東洋の文明をも守る、それができるのは当時にあっては日本しかない、という誇りをあなたは持っていました。「東西古今の文化のうしほ、一つに渦巻く大東国の大なる使命」と校歌に歌われている考えです。
こう書くと自信に満ちあふれているようにも思いますが、一方であなたは自国第一主義を強く戒めました。第一次世界大戦の惨禍を見てあなたは西洋文明の失敗を嘆き、自国第一主義の行きつくところは自滅であると説きました。何事も行き過ぎて自信過剰になることは、自らの欠を補う機会を逸することであり、決して良いことにはならないと。
大戦に至るヨーロッパの軍拡競争を目にしたあなたは、それが国家の財政を滅ぼしかねないものであると警鐘を鳴らしました。お互いに相手に攻撃させないためにお互いが疲弊していく不毛を指摘し、国際仲裁裁判により国家間の紛争を解決する平和の体制の構築を唱えました。
1922年から2025年。103年もたちましたが、「文明の調和」ではなく「文明の衝突」として西洋と非西洋を二項対立で捉える思潮が幅を利かせたり、自国第一主義がまん延し各国社会が分断に直面したり、自らを守るという名目での各地の戦乱が平和を脅かしています。
あなたは、相手と調和し謙虚に学び、長を取り入れ短を補い、発展を怠らないこと-進取の精神-こそが、文明の独立、国家・社会の独立、そして個の独立につながるものと考え、一方で政治に臨み、他方で学園を創設し、そこに集う人々を教導しました。
「仰ぐは同じき 理想の光」-嵐が迫るように感じられる今の時代にこそ、私たちはあなたの説いた調和と平和の理想を希求すべきであるように思うのです。
『東西文明の調和』大隈重信著の初版(左)と、早稲田キャンパス正門脇にある早稲田大学校歌の碑(右)
早稲田大学学生部副部長
スチューデント・ダイバーシティ・センター長
秋葉 丈志
第1181回
〈参照〉
早稲田大学編『大隈重信演説談話集』岩波書店、2016年
早稲田大学校歌
秋葉 丈志(あきば・たけし)
国際学術院教授。早稲田大学本庄高等学院、同大学政治経済学部卒業、同大学院政治学研究科修士課程修了。カリフォルニア大学バークレー校 Jurisprudence and Social Policy Program 博士(Ph.D.)。専門は法社会学、憲法。