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文化・社会・脳の「密」な関係

早稲田大学 文学学術院 文学部 専任講師 田中 雅史(たなか・まさし)

私たちの文明はどこへ向かっているのか、その方向を迷いなく指し示せる人は少ないだろう。科学が発展した現代社会でも、毎日のように新しい技術が生み出され、静かに私たちの生活は変容を続けている。仮想現実が広く浸透したポストコロナの時代では、学校も、仕事も、遊びも、モニター越しのオンラインで済ませてしまうのがニューノーマルになっていくのかもしれない。他人の物理的距離に立ち入る必要がない遠隔コミュニケーションは、確かに衛生的で効率的だろう。しかし、参加者の顔すら見えないオンラインイベントが終了して、最後に「退出ボタン」を押すとき、胸に残るかすかな虚無感は一体何だろうか。

文化を伝える動物

人類は、極めて短い時間で、高度な技術を築き上げることに成功した。この目覚ましい進歩を可能にした一因は、私たちの祖先が、数百万年ほど前から急速に巨大化させた脳だと考えられている。人は、脳、とりわけ、高度な認知能力とかかわる大脳皮質を発達させることによって、言語などの複雑な文化を生み出してきた。人の脳に備わった、世代を超えて文化や技術を伝承していく能力が、地球史上では類を見ない文明の発展をもたらしたのである。しかし、脳の大きさで言えば、ゾウやクジラの脳だって巨大である。大脳皮質こそ厚く高密度ではないとしても、これらの動物は、なぜ文化を進化させることがないのだろうか?

実は、ヒト以外の動物でも、ある種の文化を伝えている例は知られている。宮崎県の幸島に分布するニホンザルの集団はイモを洗って食べる風習を伝えており、ブラジル北部のオマキザルも石器で木の実を割る文化を数百年ほど伝承してきた可能性があるという。サルの他には、明確な文化が認められている動物は限られるが、一つ、意外な動物が文化を伝えていることが知られている。それが美しい歌をさえずる鳥である。

鳥類は、哺乳類とは異なる進化の歴史をたどったので、私たちからすると、遠く離れた動物種である。しかし、カレドニアガラスは道具の使い方を他の鳥から学べることが知られるし、オウムやインコなども、人の言葉や歌を真似できるため、ペットとしても人気が高い。とりわけ興味深いのはスズメ亜目の鳥である。これらの鳥は、複雑な歌をさえずることで知られ、英語ではsongbird、私は「歌鳥(うたどり)」と呼んでいる。歌鳥の多くは、ヒトが言語を伝承するように、幼少期に他の鳥から歌を学び、次の世代へと歌を伝えていく能力を持っている。さらに、歌鳥は極めて社会的な動物で、しばしば、群れの中の特定の相手とだけ、長期間持続する社会的な絆を育むことができる。サルならまだしも、小鳥の、わずか1センチほどの脳のどこに、社会的絆を築き、文化を伝える能力が備わっているのだろうか?

「歌鳥とヒトがもつ珍しい能力」

文化の起源に迫る文理融合アプローチ

私は心理学を専攻する人文系の出身であり、文化が生まれ、世代を超えて受け継がれる中で変化していくプロセスに強い興味をもっていた。しかし私は、人がそれぞれの文化圏で伝える個々の文化を深く研究することはしなかった。ヒトも一つの動物種に過ぎない。私はむしろ、様々な文化を伝える動物の脳の中に、文化伝達の共通原理を求めるアプローチを選んだのである。

最近、私は、歌鳥の一種であるキンカチョウの脳の中で、歌を受け継ぐときには、運動をつかさどる脳の領域、運動前野へとドーパミンが放出されることを発見した(Tanaka et al., 2018 Nature)。興味深いことに、キンカチョウは、スピーカーから流れる歌にはあまり興味を示さず、運動前野へもほとんどドーパミンは放出されなかった。しかし、対面で、いわば社会的には「密」な状況で歌を聞くと、キンカチョウは雷に打たれたかのように反応し、その歌を受け継ぐために学習を始めるのである。対面が重要なのは、ヒトの文化伝承でも同様らしい。幼児の言語学習においても、なぜか対面に比べ、ビデオを見て発音を聞いたのでは学習効果は薄いというのである。

「対面学習はキンカチョウの文化伝承を促進する」

運動前野へとドーパミンを放出する神経回路は、ヒトやサルでもよく発達していることが知られている。なぜネズミ目などの哺乳類も発達させていない神経回路を、歌鳥が備えているのかは不明だが、ひょっとすると、ヒトと歌鳥は、それぞれ独立にこの珍しい神経回路を獲得することで、文化を伝える能力を進化させたのだろうか? 私が歌鳥の中に見出した神経回路は、文化と社会の間の密接な関係を解く、一つの手がかりになるかもしれない。

文化の行く先

人の文化は、社会の団結を強め、かつて歴史を動かす大きい原動力になったこともある。しかし、近年のグローバル化の波によって均一化が進んだ文化は、急速に求心力を失いつつあるようにも感じる。これは、音声・映像メディアの発達や、遠隔コミュニケーションの普及と無関係なのだろうか? いくらオンラインが便利だとは言え、人は動物としての自らの体から逃れることはできない。もし人の脳にも、「対面でしか活動しない神経回路」が存在するとしたら、果たして私たちは、対面がなくなった世界でも、変わらず文化と社会を発展させていくことができるのだろうか? 文明の未来を決めるのは、私たち自身である。

「人の手で育てられた幼いキンカチョウ」

いま私は、早稲田で、文化の進化をシミュレーションする実験を始めようとしている。歌鳥に人が作った文化を伝え、この新しい文化がどのように発展するか探るのである。鳥が人の文化を学べるのか? この実験で鍵を握るのは、私たちと鳥の間の社会的な距離かもしれない。幼少期に人の手で育てられた歌鳥は、人に対して密接な社会的絆を形成するようになる。人から文化を受け継ぐことを決めたとき、歌鳥の運動前野ではドーパミンが放出されるのだろうか? 今後も、この歌鳥という興味深い動物の研究を続け、その文化の行く先についてゆっくりと考えていきたい。

「これらの鳥が文化の謎を解く鍵となるかもしれない」

田中 雅史(たなか・まさし)/早稲田大学文学学術院文学部専任講師

2008年に東京大学文学部を卒業後、東京大学大学院人文社会系研究科で、網膜における側抑制の動作メカニズムについて研究し、2013年に博士(心理学)を取得。その後、アメリカのデューク大学医学部では、博士研究員として、鳥が歌を模倣するときに働く神経回路を探究した。2018年に帰国し、東北大学生命科学研究科の助教を経て、2020年に本学文学学術院へ専任講師として着任。

現在は人を対象とした研究にも射程を広げ、音楽や鳥の歌がもつ不思議な魅力について研究しようとしている。

※当記事は「WASEDA ONLINE」(2021年6月28日掲載)からの転載です。

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