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コロナ禍が炙り出した「境界」

県境を越えて東京に向かうには「通行手形」が必要で、その撤廃をめぐって埼玉と千葉の「解放戦線」が争う――映画化もされて話題となった漫画『翔んで埼玉』で描かれるこの突拍子もない世界観の一部が、コロナ禍で現実のものとなった。都道府県をまたぐ移動の自粛が要請され、県外ナンバーの車に対する嫌がらせが問題となる。こんな世界を誰が予想しただろうか。

私が専門とするのは日本古代史だが、近年は対馬や南島などの「境界」地域や、渡来系移住民などの「境界」領域の人々に対する「中央」の支配に関心を抱いて研究を進めている。その立場からすると「境界」は歴史的産物であり、研究・教育において相対化すべき対象ということになる。

LCCや情報メディアの普及により、「国境」の垣根は低くなった。「境界」を自明視すべきではないということを学生に理解してもらい易い時代になったともいえる。着任以来、学生諸君とともに対馬を毎年訪れてフィールド・ワークを行ってきたが、これも「国境」への認識を相対化してもらいたいという思いからだった。

しかしコロナ禍により、「境界」が再びその姿を現した。多くの「国境」は閉ざされ、安全性を優先するためには属性による分断が正当化される事態となった。県境が歴史上はじめて、障壁としての実質的な意味を持つことにもなった。

人為的に設定された「境界」が独り歩きしている状況だからこそ、今が学問の出番なのではないか。教育を通して学界と社会を繋ぐ役割を担う我々には、(一時的な移動自粛はともかく)東京への「通行手形」はナンセンスであると言い切るだけの強靭な学問的体力が求められているように思う。

(K)

第1104回

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