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自閉スペクトラム症者の本音とは? −当事者と探る

人間科学学術院 教授 大須 理英子(おおす・りえこ)

自閉スペクトラム症(ASD)の人が「最近増えている」と感じる人、そう聞いたことがある人は少なくないだろう。これには、診断基準が変更されたため、もしくは、広く知られるようになったため、これまでは診断されていなかった人も診断されるようになった、という、実増を伴わない増加と、何らかの要因による実増の両方が含まれると言われている。後者については様々な議論があるところであるが、例えば、超早産児はASDの確率が少し高くなる、といったことが報告されている[i]。クラスに1〜2人はいる彼らがハッピーに生きる環境をしつらえることは、世界の課題である。

[i]S. Agrawal, S.C. Rao, M.K. Bulsara, and S.K. Patole, “Prevalence of Autism Spectrum Disorder in Preterm Infants: A Meta-analysis,” Pediatrics, 142(3), 2018.

出会い

SDGs的な前置きはこれくらいにしておいて、もっぱら身体(からだ)の動かし方の脳内メカニズムを研究対象としてきた私とASDとの出会いは、2018年4月、以下に文章を寄せてくれている、高田直樹くんが、私のゼミにやってきたことから始まった。彼はASDの診断を受けており(そのことについて、彼がオープンであったのは大変ありがたく)、つまり、私には、彼と一緒に頭を捻って卒業研究を仕上げなければならないという業務が発生した。しかも、高田くんの研究への興味は、自身のASDという特性の理解とASD者にとっての幸福とは何か、という点であり、その結果、私は、「当事者」が、何を、どのように知りたいのか、という問題に深く関わることになった。もちろん、高田くんがASD者全体を代弁しているわけではなく、彼の感じることをASD一般に広げることはできないのだが。

ASD者の「本音」

「本音」は難しい。ASD者は「本音」では友達が欲しいのかそうではないのか。周囲の人々と繋がりたいと思ってるのかそうではないのか。それを知る手がかりとして、私たちは、「IAT(潜在連合テスト)[ii]」という潜在的な態度や価値観、好みを探る実験的手段を試みることにした(図参照)。詳細は、関連論文や高田くんの文章を見ていただきたいのだが、AQという定番の質問紙[iii]で回答した「対人スキルの低さ」とIATで計測した潜在的(=「本音」と想定)なコミュニケーションへの志向性とを比較することで、質問紙への回答(=「たてまえ」と想定)と「本音」の一致や乖離を探った。高田くんの考察によると、ASD者は、本音と他人から提供される価値観の間の境界が曖昧であり、従って、この方法で「本音」を探ったのか、内面化された「たてまえ」を探ったのかは依然はっきりしない。とはいえ、「本音」にアプローチする客観的な手法を探索することは、ASD者の幸せを理解する第一歩と考えている。

[ii] 意識にのぼらない潜在的態度を測定する方法。言葉の分類によって、脳内での概念と概念の連合の強さを評価する。 A.G. Greenwald, B.A. Nosek, and M.R. Banaji, “Understanding and using the implicit association test: I. An improved scoring algorithm,” J Pers Soc Psychol, 85(2), pp. 197-216, 2003.
[iii] 自閉症スペクトラム指数(Autism-Spectrum Quotient)。S. Baron-Cohen, S. Wheelwright, R. Skinner, J. Martin, and E. Clubley, “The autism-spectrum quotient (AQ): evidence from Asperger syndrome/high-functioning autism, males and females, scientists and mathematicians,” J Autism Dev Disord, 31(1), pp. 5-17, 2001.

世界の流れ

縁というのは不思議なもので、こうしてASD研究に関わり出すと、いろいろな方面で関連する方々と出会うこととなった。2020年4月に早稲田大学高等研究所に着任した岡本悠子さんを通してバーミンガム大学からお誘いいただいたU21国際連携イベント「Let’s talk about Autism: Diversity and Inclusion」[iv]に関わることができたのは、ASD研究の最前線を知るうえで有意義なチャンスであった。

詳細はhttps://yab.yomiuri.co.jp/adv/wol/opinion/20210426.phpをご参照いただきたいが、このイベントの大きなテーマの一つが、研究者は研究者がやりたい研究(だけ?)ではなくASD当事者が望む研究をやるべきだ・研究に当事者の意見を入れるべきだというものであった。高田くんとの試みは、図らずもこの、当事者目線の世界の流れと一致しており、(当事者にとっても)それなりに意味のあることなのではないかと思うに至った。以下、彼の文章を掲載する。

まだ全てが分かっているわけではないということに惑わされることなく(高田直樹)

高田 直樹 2020年早稲田大学人間科学部卒業。早稲田大学人間科学学術院研究補助者。

たとえばイヌ派か、ネコ派か、あるいはその答えを周りに流されて、帰ってから強く後悔をしているのか。自分たちの本当の気持ちを知りたいと思った時、大学に所属しているとIATテストという実験が出来ます。

この実験は、「ネコ」を思い浮かべた時にとっさに「可愛い」と思う人がいるように、ある言葉と別の言葉が、特定のある人の潜在意識の中でどの程度つながって思い浮かぶかを調べられるとされます。自分はこれを用いて、高機能自閉症の大学生たちがどの程度コミュニケーションを好ましいと思っているかを卒業論文において調査しました。

すると、いわゆる定型発達(この場合、発達障害ではない人たちのことを指します)の大学生と比べると、その中でも特に好ましいと思っている層には及びませんが、数人の高機能自閉症の方のうち半数以上が (定型発達の)それ以外とほぼ同程度に好ましいと考えていると分かりました。

ASDの症状への、(視線の共有によるなどの社会的相互作用の欠陥といった)巷の解説の多くは間違っていません。が、その当事者である私は、周囲と繋がりたいことと趣味の折り合いをどこで付けるかといった、自分の悩みの全てが解説されることは稀だと感じてきました。(私はそれを築いた先人を尊敬しますが)科学というのが調べたことしか分からないならば、本イベント[iv]で語られた次のような考えも有効だと思います。つまりは、「まだ全てが分かっているわけではないということに惑わされることなく」、分かっていることや、当事者・周囲の経験的観察もどう活かせそうか検証することです。

自分も、定型発達の皆さんに見えている世界を趣味で想像しては、それを創作小説で再現するのはどだい無理な話だ、と思ってしまうことはままありますが。

早い段階で当事者を研究設計の意見役に入れるのも一例ではありますが、分かっている知識や、当事者のメリットを、既存の知識や枠にとらわれすぎず、想定できる可能性から一つずつ確かめる立場は、世界を知りたいという研究側にとってもプラスになる役目だと自分を任じています。

[iv] https://sites.google.com/view/u21autismresearchnetworkjapans/event

結語(再び大須)

ASDの人たちは、「本音」でTD[v]的世界を理解したい、そして、TD的世界と繋がりたいと思っているのだろうか(それがハッピーに繋がるのだろうか)? それともそれはTDの人たちから強要されて内面化された「見せかけの本音」なのだろうか(それなら、TDが変わらなければ!)。当事者にお墨付きをいただいた研究テーマとして、高田くんとともに、もう少しこれについて、追求していきたいと考えている。そして、前述のU21国際連携もめざすところである、ASDを深く理解し、当事者に寄り添った研究とはなにか考え、さまざまな立場のASD者が特性を持ったまま生きることのできる社会をつくること、の一助となれるよう模索したい。

[v] 前述の定型発達と同義。Typical Developmentの略。

【図の説明】IAT課題。中央に示される単語が、右上・左上に示されるカテゴリーのどちらに属するかを素早く答えます。例えば、配置Aの場合、パーティーは他者と一緒にいるものなので「いっしょに」がある左を選択します。また、「うれしい」は「楽しい」と同様、肯定的なカテゴリーなので、左を選択します。配置Aは、「楽しい」と「いっしょに」について、同じ「左」を選択します。一方、配置Bの場合は、「楽しい」と「ひとりで」が同じ「左」の選択となります。いっしょが楽しい、と感じていたら、配置A、ひとりが楽しい、と感じていたら、配置Bの方が素早く反応できます。

大須 理英子(おおす・りえこ)/人間科学学術院 教授

1996年京大文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。博士(文学)。
1996年科学技術振興事業団川人学習動態脳プロジェクト研究員。
2003年ATR 脳情報研究所主任研究員。
2009年同運動制御・機能回復研究室室長。
2014年ニールセン・カンパニー合同会社コンシューマーニューロサイエンスディレクター。
2017年早稲田大学人間科学学術院教授。

研究室 https://www.osu-lab.com/

※当記事は「WASEDA ONLINE」(2021年5月24日掲載)からの転載です。

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