久々に研究室の整理をしていると、部屋の以前の住人であり6年前に亡くなった、わが師匠の学会発表のスライドが出てきた。PCが世に出回っておらず、プロジェクタも登場していないころのもので、フィルムがマウントに収まっている。スライド映写機にセットして投影する仕組みであるが、研究室の学生たちに見せると、「は? これ何ですか?」「うわー、数式が写っている!」と大興奮であった。60年ほど前の小さいフィルムに目を凝らすと、数式やグラフがかわいらしく写っている。カメラレンズで縮小され、フィルムに焼き付けられた画像はとても鮮やかで、時間を止めてそこに封じ込めたようである。
昭和の映像特集の番組で、当時の家庭で撮影した写真や8mmフィルムが紹介されることがある。こういう番組を見る度に残念に思うのは、カセットテープ、ビデオテープ、フロッピーディスク、CD-Rなどの、主に電磁記録媒体にある「失われた記憶」である。記録の劣化が速く、家庭でとりためた音と映像、PCでバックアップを取った資料は、ほとんど残らないであろう。
では、現在はどうか。情報が膨大かつ冗長で、アーカイブはサーバー上の複製によって辛うじて維持しつつ、どんどん膨れ上がっている。しかし、子供のころに撮ってもらった写真は残るのだろうか? 小学生がタブレットに記録した授業ノートは残るのだろうか? 質量ともに進歩が速すぎて、確実に残すことも、確実に残すべきものを選ぶことも、もはや不可能である。
さて、研究室を整理したいが、たくさんの古い研究記録ノートをどうしよう。残すべきか、スキャンして捨てるべきか…。
(DT)
第1097回