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「学生記者」だからこそ伝えられる世界を 新たなジャーナリズムを目指して

「世界で今起きていることは自分にも関係することだと、若者たちに気付いてほしい」

政治経済学部 4年 鳥尾 祐太(とりお・ゆうた)

早稲田キャンパス3号館にて

学生という機動力を生かしながら、無国籍者や難民などの人権問題を多くの人たちに発信しようと取り組んでいる鳥尾祐太さん。自ら取材し記事を書くだけではなく、研究者やジャーナリストを招いて写真展や講演会を企画するなど、幅広いアプローチを通じて、より多くの人たちに世界で起きていることに関心を持ってもらおうと試みています。そんな鳥尾さんに、「学生記者」としての活動やそのきっかけ、これからのジャーナリズムへの意気込みなどを聞きました。

――鳥尾さんはご自身を「学生記者」と表現されています。とても印象的な呼び方だなと感じました。

ジャーナリストに資格はありません。だから学生であっても、そう名乗って活動することはできるのですが、私は「ジャーナリスト」と名乗ることに抵抗があります。私はまだ取材も記事執筆もプロとして活動できるレベルには達していないし、発信力もありません。だから、あえて「学生記者」としています。将来、新聞記者となって取材のイロハなどをきちんと学び、経験を積んだとき、初めて「ジャーナリスト」と名乗れるようになると考えています。

――学生記者としてどのような活動をされているのですか?

自分の関心があるテーマについて取材して記事を書くだけではなく、ジャーナリズムの道を志す他の学生たちとも一緒に活動しています。取材や発信にあたっては、大学生ならではの機動力を生かすことを心掛けています。

これまで主に二つの学生団体で活動してきました。一つは、早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)の支援ボランティアサークルである「無国籍ネットワークユース」、もう一つは「PACO(パーツォ)」という、ジャーナリズムを学ぶ学生たちが中心となって運営している学外のWebメディアです。

2018年、無国籍ネットワークユースの一員として携わったロヒンギャ問題の写真展

大学1年生のときに無国籍ネットワークユースに参加し、ミャンマー西部に暮らす少数派イスラム教徒であるロヒンギャの写真展に携わったことが、私の学生記者としての活動の原点です。展示を手伝う中で、ロヒンギャ問題を追い掛けている写真家や日本在住のロヒンギャの人たちのお話を聞く機会がありました。そして、そのような活動を続ける中で出会った人たちと一緒に取り組んでいるのがPACOの活動になります。メンバーの卒業や就職活動などでPACOの活動は一時的に休止していたのですが、2月に起きたミャンマーでのクーデターを受け、ロヒンギャ問題に携わっていたメンバーと共に活動を再開しました。これまでのつながりを生かし、当事者や研究者、ジャーナリストを招いたセミナーなどを開催して、情報発信に努めています。

――どのようなきっかけでジャーナリズムの道に進むことになったのですか?

大学生になったときから漠然とメディアやジャーナリズムに関心がありました。契機となったのは、1年生のときに履修した、野中章弘教授(教育・総合科学学術院)の「ドキュメンタリー論(映画)」(GEC設置科目)。この授業ではいろいろなドキュメンタリー映画を見る機会があり、その中でも、イスラム国の支配下で活動していた市民ジャーナリストを主題とした作品がとても印象に残っています。視聴後には、インターネット電話Skypeを使って、作品に登場した市民ジャーナリストと話をする機会もありました。

同じく野中教授の「ジャーナリズム演習(ベーシック1・2)」(GEC設置科目)も、自分にとって大事な経験です。私が受講したのは1年生のときだったのですが、周りの学生は3、4年生が中心で、ジャーナリストを職業として目指している人たちも多くいました。そんな先輩たちと話している中で「記者になりたい」という思いが強くなっていきましたね。またこの授業の中では沖縄や福島、釜ヶ崎での研修もあり、良い経験となりました。

ロヒンギャ問題に関心を持ち始めたのもこの頃です。大学2年の夏には、ミャンマーに足を運び、現地の様子を実際に見ることもできました。

ミャンマーで目にした廃墟になったモスク。ここに集ったロヒンギャは、2012年から国内避難民(IDP)キャンプに隔離され、自由を奪われている

――鳥尾さんはかなり積極的に海外に出向いて活動している印象があります。新型コロナウイルス感染症の流行も、取材活動には大きく影響しているのではないでしょうか。

ミャンマーだけではなく、無国籍ネットワークユースの活動としてマレーシアを訪れ、クアラルンプールのロヒンギャ・コミュニティを取材したり、サバ州などの海峡地域に住む無国籍の人たちを訪問したことがあります。また、大学2年生の秋学期には台湾大学に留学しました。しっかり準備して留学するのが普通ですが、先輩たちの話を聞いて「このまま日本にいるのはもったいない!」と突然思い立ち、慌てて2次登録で申し込んだんです(笑)。台湾大学の学生たちの勉強熱心さには刺激を受けました。ちょうど留学の時期が香港の民主化デモに重なり、台湾の人たちが「ひとごとではない」という強い危機感を抱いていたことも、強く印象に残っています。

写真左:マレーシア・サバ州で出会ったバジャウ族の人たち
写真右:留学中、台湾大学でミャンマーについて発表している様子(スクリーン前にいるのが鳥尾さん)

群馬県館林市に住むロヒンギャの人々にインタビューを実施(左から2人目が鳥尾さん、撮影:新畑克也)

本当は、2020年の3月にバングラデシュのロヒンギャ難民キャンプを取材し、9月からは半年ほどミャンマーで記者のインターンシップをする予定だったのですが、どちらも新型コロナウイルス感染症の流行によって断念しました。今は国内で可能な限りの取材活動を行っています。それでも対面取材が難しいなどの制約はあります。ただ逆に、電話やオンラインでの取材がしやすくなったことで、取材の可能性は広がったのではないかとも感じています。

――「学生記者」としての活動を通じて気が付いたこと、そして、これからジャーナリストを目指される上での意気込みなどをお聞かせください。

難しいことが二つあります。一つは、「センシティブな問題をどのように伝えるか」ということ。例えば、少数民族の受けてきた差別を取り上げた際に、「多数派が『悪者』のように見えてしまう」とご批判をいただいたことがあります。自分としては単純な「善悪二元論」ではなく構造的な問題だと考えていたのですが、それを上手く表現し伝えることができなかったのだと反省しています。こうした伝え方の問題とはずっと向き合っていくことになると思います。

もう一つは「どうやって伝えるか」ということ。新聞を読む人は近頃減っています。ポッドキャストやセミナー、データビジュアライゼーション(統計情報の視覚的な表現)など、さまざまなアプローチで読者に「見てもらう」努力をしなければ情報が伝わりません。そのため、これからの記者は書くだけでなく、マルチな能力を身に付ける必要があるのだと思います。取材の基本は変わらないと思いますが、私たちの世代で発信の仕方を新しいスタイルにアップデートしていくことが大事だと感じています。

現在、もっと多くの人たちに情報を伝えられる方法を考えています。世界で今起きていることは自分にも関係することだと、若者たちに気付いてほしい。あらゆることに関心を持つのは無理でも、自分の「外」で起きていることに少しでも関心を向けてもらいたいですね。「自分たちのことを、もっと日本の人たちに伝えてほしい」とマレーシアでロヒンギャの方から言われたことがずっと耳から離れません。そうした、ともすれば埋もれてしまう声を、少しでも多くの人に伝えられる「ジャーナリスト」を目指して頑張っていきたいと思います。

第784回
取材・文・撮影:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ
法学部 4年 植田 将暉

【プロフィール】

ラペットゥ(お茶の葉サラダ)。伝統的な家庭料理で、ほとんどの料理店で食べることができる。(撮影:新畑克也)

神奈川県出身。桐朋高等学校卒業。NPO法人ファクトチェックイニシアティブ(FIJ)学生インターン。これまでに執筆した記事は、「【連載】国籍のない人たち 「在日サラムとして生きる」」(PACO)など。高田馬場駅周辺に集まるミャンマー料理店に足を運ぶことも多い。好きなミャンマー料理は「ラペットゥ」(お茶の葉サラダ)。
Twitter: @_ytori7

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