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危機の時代の教養教育

古代ギリシアのプラトンやイソクラテスなどの哲学者や教育者たちはよく、私的に専門知識を、公的には教養を持たねばならないと説きました。読者の皆さんは、こうした表現にある種の違和感を持つかもしれません。就職には専門知識が必要ですし、個人的には教養は多いに越したことはありません。しかし、それは現代人に特有の発想といえます。

中世のヨーロッパで大学は形成されました。イタリアのボローニャ大学 、フランスのパリ大学、イギリスのオックスフォード大学などです。当時の学生は、神学部・法学部・医学部で専門を学びましたが、その前に自由七科と言われる、現在の一般教養に近い科目を哲学部で学ぶ慣例がありました。さらに、今と異なり、この自由七科を学ぶのに当時の学生は少なくとも5年以上はかけていました。公人となるにはじっくりと教養を! ということなのでしょう。

その後、ルネサンス期の近世ヨーロッパでは、亡国は、公人として徳のある君主がいなかったために引き起こされた悲劇と解釈され、特に占領下でこそ教養教育の必要性が主張されました。真の意味で占領状態から脱するには教養が大切であると…。残念ながら、今日、日本だけでなく世界の多くの国々で、社会に「すぐに」役に立つ専門知識しか評価されないような風潮が強くなっています。こうした時代には文学や哲学や歴史などは無用! とまで言われることがよくあります。しかし、教養の重要性は危機の時代にこそ気付かされるものです。コロナが流行する今であるからこそ、教養が大事になるのです。

(T・N)

第1094回

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