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楽天ドラフト1位の早川隆久、伝説を残す選手へ 1年目からの活躍誓う

「東日本大震災から10年。東北に勇気と夢を与える選手になりたい」

スポーツ科学部 4年 早川 隆久(はやかわ・たかひさ)

指名あいさつを受け、笑顔を見せる早川選手。右手に持つ指名権獲得のくじは、楽天石井GMから「輝き放て!」という直筆のメッセージ付きでプレゼントされたもの

主将として、エースとして、早稲田大学野球部を牽引(けんいん)し、2020年東京六大学野球秋季リーグ戦では10季ぶり、46度目の優勝へと導いた早川隆久選手。“胴上げ投手”となり、ベストナインにも輝きました。早稲田での活躍が評価され、昨年10月26日に行われた「2020年プロ野球ドラフト会議」にて4球団から1位指名を受け、抽選の結果「東北楽天ゴールデンイーグルス」が交渉権を獲得し、入団が決定。プロ野球選手として新たなスタートを切りました。さらなる活躍が期待される早川選手に、指名を受けた感想や早稲田での思い出、今後の目標について聞きました。

※インタビューは指名あいさつを受けた翌日に行いました。

11月10 日の指名あいさつにて。左から石井ゼネラルマネージャー(現・ゼネラルマネージャー兼監督)、早川選手、後関スカウト部長、沖原担当スカウト

――現在の心境を教えてください。早稲田出身の先輩とは連絡を取りましたか?

新たな一歩を踏み出すスタートラインに近づいたと感じています。楽天はまだ歴史の浅い球団ですし、自分が新しい風を吹き込んで、球団に伝説を残せるような選手になりたいです。

先輩の大竹耕太郎選手(2018年スポーツ科学部卒、福岡ソフトバンクホークス)と小島和哉選手(2019年スポーツ科学部卒、千葉ロッテマリーンズ)とは連絡をずっと取っていて、指名後に「おめでとう」とお祝いの言葉を頂きました。

――秋季リーグ戦では最終戦となる早慶戦で逆転優勝し、5年ぶりの優勝を決めました。早川選手にとってどのような試合になりましたか。

これまでの野球人生で一番感動しました。そしてシビれました。漫画の世界のような試合でしたね(笑)。あらためて思うのは、本当に最高のチームだったということです。同期には、新チーム発足当初から「全員がキャプテンだと思って動いてもらいたい」と伝えていました。みんなが意識を持ってそれを実現できたからこそ、いいチームが作れ、優勝につながったと思っています。自分たちの代は「チームのために力になりたい」と、選手を退いてマネージャーを含めスタッフに回ってくれた部員がたくさんいました。「団結しているチームは強い」ということを実感したラストシーズンでしたね。

――コロナ禍もあって特別な1年になったと思いますが、学んだことや得たものはありますか。

自粛期間は、グラウンドも使えず活動も制限されていた中で、いかに考えて行動できるかということがすごく大事だと感じました。

開催が危ぶまれた春季リーグ戦は4カ月遅れで8月に行われましたが、応援部による応援活動は認められず、そこで再確認したのが「応援の力」でした。秋季リーグ戦は応援部による応援活動が可能と決定した際、「これは優勝するしかない」「このまま応援部を引退させることはできない」と思いました。応援部のみならず、早稲田大学のOB・OG、在校生も含めて、支えてくださる全ての方へ感謝の気持ちを込めて優勝したいという思いがより一層強くなりましたね。

『早稲田スポーツ』優勝号外を飾った写真(写真提供:早稲田スポーツ新聞会)

――早川選手にとって、小宮山監督との出会いも大きかったのでは? 監督への思いを聞かせてください。

大学1、2年の時はなかなか結果を出せず、実績がない中、大学3年の時に小宮山監督から早稲田のサウスポーエースが代々付ける背番号「18」をもらいました。ここ数年18番をもらえる選手はいなかったので、「やらないといけない」という覚悟や責任を感じました。背番号は選手に対する思いが込められていると思うので、そういうところでも自分を大きくしてくれたと思います。また、ピッチャー出身の監督なので、アドバイスをよくもらいに行きました。発言の一つ一つに説得力があり、確信が持てて…本当に監督の存在は大きかったです。

楽天から1位指名をいただいた時は、「おめでとう」というお祝いの言葉と、「プロに入ってからが野球人生の勝負。目標を達成したとしてもまだ通過点だ」というアドバイスをもらったので、自分もここからだと思っています。

楽天から指名あいさつを受けた後の一枚。左から、小宮山監督、早川選手、チーム優勝を支えた豊嶋健太郞主務(スポーツ科学部4年)

――早稲田の好きなところや、大学生活での思い出を教えてください。

早稲田愛の強い人が多いところが好きです。これはマウンドで投げていても感じます。5年前、早稲田が大観衆の中で早慶戦を制し、優勝する瞬間を見ていて、「早稲田ってかっこいいな」と思ったことが入学を意識するきっかけになりました。その次の優勝を自分たちが果たすことになるとは、そのときは思ってもみませんでしたが(笑)。

高校生の頃は自分にはずば抜けた“武器”がなく、それを探そうと大学で4年間頑張ってきて、たくさんのことを学びました。早稲田は国内で最も歴史の古い野球部です。その歴史を学ぶことで重みを感じることができ、リーグ戦も最後の早慶戦も戦い抜けたと思うので、歴史が自分自身のプレッシャーになりつつも、成長につながったと思います。

チームメイトと過ごしてきた安部寮にて

部活以外では、所沢キャンパスで他のスポーツ選手と交流することができました。スノーボードの鬼塚雅選手(スポーツ科学部4年、2018年平昌五輪日本代表)とは同じ授業を受けることが多かったのですが、鬼塚さんはゼミで栄養学を学び、実際に食生活に生かしていたので、やはりオリンピアンはそういうところもストイックなんだと感じ、同じアスリートとして奮起させられました。

大学では保健体育の教職課程を取っていたのですが、一番きつかったのは水泳でした。自分はかなづちで、泳げなかったんです(笑)。でも、ここでも出会いがあり…。1年の時に、競泳の池江璃花子選手のお兄さんがTA(ティーチング・アシスタント)をやっていて、時間を惜しまず練習に付き合ってくれたおかげで泳げるようになりました。

コロナ禍で異例の8月開催となった2020年春季リーグ戦。8月10日の早明戦で自身最速の155キロを出し初完投。ダルビッシュ有選手が自身のTwitterで早川選手を絶賛。2019年春季王者の明治大学を5-1で下した(写真提供:早稲田スポーツ新聞会)

――プロとして目指す選手、対戦したい選手は? 今後の目標も聞かせてください。

2013年の日本シリーズ最終戦で、当時楽天にいた田中将大選手がマウンドに上がり、日本一になった試合を観て、勇気や元気をもらいました。また、ダルビッシュ有選手や前田健太選手のようにメジャーで活躍している選手を見ると、自分も将来はそういった世界に飛び込みたいという夢を抱き始めているので、近づけるように技術を磨いていきたいです。対戦したい選手は、ソフトバンクの九鬼龍平選手です。高校3年の時に甲子園で負けているので、その借りを返したいと思っています。

早稲田はえび茶色、楽天はクリムゾンレッドと、ユニホームの色が似ています。また、地元の千葉は、東日本大震災の津波の被害に遭った場所でもあり、震災から10年経つ年に東北楽天に入団するというのは、何か縁があると感じています。チームが再び日本一になって、東北に勇気と元気を与えたい。プロ野球から夢をもらったように、今度は自分が夢を与えられる選手になりたい。そのためにも1年目から活躍して、新人王を獲得できるように頑張りたいです。

安部寮玄関脇にある「野球の父・安部磯雄」先生の石碑横で。座右の銘「平常心」を掲げる早川選手

第778回

取材・文:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ
教育学部 4年 川名 美希

【プロフィール】

千葉県出身。木更津総合高等学校卒業。高校時代は甲子園に3度(2015年春、2016年春・夏)出場し、ベスト8に2度進出。侍ジャパン高校代表として2016年BFA U-18アジア選手権優勝に貢献。2017年に早稲田大学へ入学すると、1年春からリーグ戦に登板。3年次は日米大学野球選手権大会に選出され、最優秀投手賞を受賞。4年次秋季リーグ戦では「満票」でベストナインに選出、最優秀防御率を記録・獲得。東京六大学リーグ戦通算14勝、通算防御率2.51。最速155キロの剛速球に加え、多彩な変化球とコントロールにも定評がある。早稲田大学野球部第110代主将。左投げ、左打ち。趣味は読書と映画(主に洋画)鑑賞。2021年の年明けから、仙台にて新入団選手合同自主トレーニングがスタートした。

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