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医師のコロナ感染を防護するためのディスポーザブルバルーン(BAP)の開発

早稲田大学 理工学術院 教授 梅津 信二郎(うめず・しんじろう)

新型コロナウイルス感染症が、世界に与えたインパクトは計り知れないものがあった。授業はオンラインになり、行きつけのお店に行けない/行きづらくなり、マスクや手指衛生アルコールゲルなどが購入できない時期が、数ヶ月にわたって続いた。さらには、医療の現場では、医師を守る個人防護具やN95という医療用マスクが不足する事態になり、危機的な状況に陥った。流通の発達した現代に生きる我々が人生で初めて経験する”もの不足”が世界同時に発生したと言える。

一方で、エンジニアや医工連携を推進する研究者らが、この危機を乗り越える一助となるべく、3Dプリンタなどを利用してフェースシールドやスワブなどを作製し、医療機関に提供するニュースが報道されることもあった。非日常の中で、このような活動をすることは容易ではなかったはずである。

私の研究室は、医療機関との共同研究テーマを複数抱えているため、常日頃から、臨床医とコンタクトを取る機会が多い。この危機に直面して、複数の医師から、感染防護のために効果的な機器・デバイスの開発依頼を受けた。議論を重ねた結果、挿管・抜管時の咳反射に伴うウイルス拡散を防ぐデバイスの需要が高いと判断した。医療従事者個人個人を守ることはもとより、患者からのウイルス拡散を防ぐことは非常に有効であると考えた。

挿管とは、正常な呼吸によるガス交換が行えない患者の気管内に管を挿入して空気の通り穴を確保し、人工呼吸器を用いて肺に酸素などを送り込んだり吸い出したりできるようにする操作のことを言う。挿入する管の形状は、固形で直径1 cm程度である。麻酔が効いていることが多い挿管時と対照的に、意識がある状態で、管がなくても自分で呼吸を保てるようになってから管を抜く(抜管する)。そのため、抜管時は異物感があることで、生じる咳によって大量のエアロゾルが発生しやすく、感染リスクが高くなる。

2020年の3、4月頃患者数の増加に予測がつかないことや、疲弊する医療従事者の労働時間の問題に注目が集まっていた。この当時は医療現場では、個人防護具が不足していたために、医療従事者の感染リスクを大きく下げ、安く手に入れることが可能な材料で簡単に作製できるデバイスの開発を行うことが求められていた。このような中で、先行研究として、台湾人医師によりエアロゾルボックスが開発され、特性評価がイギリス人医師により報告※1された。しかし、実際に使ってみると、隙間からエアロゾルが流出する、洗浄時に感染リスクがあるなどの問題が分かった。

※1 Barrier Enclosure during Endotracheal Intubation
N Engl J Med 2020; 382:1957-1958
DOI: 10.1056/NEJMc2007589

コロナ禍の状況で、これらの問題を解決し、いち早く実用化にこぎつける必要があると考え、即座にできる範囲内での研究を開始した。東京大学医学部と共同で、特許の申請、論文※2の執筆を行った。

※2 Hirose, Uchida, Umezu, “Airtight, flexible, disposable barrier for extubation”,
J. Anesthesia, 34, 798-799 (2020).
https://link.springer.com/article/10.1007/s00540-020-02804-9

開発したデバイスの詳細を述べる。手袋カバーを搭載した袋(balloon for aerosol protection: BAP)を患者の頭部を覆うように設置し、固定する。袋で覆うことによって、咳反射で、ウイルスを含むエアロゾルが口外に拡散しても、袋内に閉じ込めることが可能である。手袋カバーがあることによって、手袋を装着した手を袋内で自由に動かすことが可能なため、スムーズな挿管・抜管を実現できる。市販の透明な袋や手袋カバーを使用しており、非常に安価に、容易に作製可能である。単純なデザインであるため、手作業で作製が可能であり、工場での大量生産にも向いている。さらには、ディスポーザブルであるため、機器洗浄に伴う感染リスクがない点が優れている。

類似品や先行技術は存在するが、我々が開発・改良中のデバイスは、ウイルス拡散を防ぐだけでなく、医師の手の動きを妨げないことから、医療従事者が感じるストレスを最小限にできると考えている。これから、冬を迎えるにあたり、コロナが再度流行るのではないかという予測が、当初からあった。このタイミングに間に合わせるべく、臨床研究の準備と改良を行っている。さらには、より安全な手術室環境を実現するための研究を開始したところだ。

図 BAPをしたマネキンに対する抜管

a:咳反射に伴うエアロゾルが発生しても、 バルーン内部に閉じ込めることが可能

b:抜管中に発生した浮遊エアロゾルは、 作業後に空気を十分に循環させることで、完全に除去可能

c:実際の抜管の様子。透明なポリ袋なので、十分な視野を確保しつつ、 手技を行う際に十分腕を動かせることを検証済みである。 また、図中の赤丸はエアロゾルである

早稲田大学 理工学術院 教授 梅津 信二郎(うめず・しんじろう)
2001年 早稲田大学 理工学部 卒業
2006年 博士(工学)取得 (早稲田大学)2003年9月 早稲田大学 理工学部 助手
2007年4月 (独) 理化学研究所 基幹研究所 基礎科学特別研究員
2009年4月 東海大学 工学部機械工学科 助教(2012年から講師)
2015年4月-現在 早稲田大学 理工学術院 准教授 (2019年から教授)

※当記事は「WASEDA ONLINE」(2020年12月7日掲載)からの転載です。

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