Waseda Weekly早稲田ウィークリー

News

ニュース

「ポストコロナ」の教育実践を考える

早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授 大泉 義一(おおいずみ・よしいち)

COVID-19の感染状況が長びくなか、教育現場の創意工夫により、教育活動の再開さらにはいっそうの推進が実現しつつある。そしてそうした「学校における新しい生活様式」の先には「新しい教育様式」なるものの出現を予感させる。実際に文部科学省は、「WITHコロナ」以降の「ポストコロナ」においては新しい時代の学びの方向性が目指されるべきであるとの見解を示している(※1)。すなわち現局面において、これからの教育実践における「新しさ」とは何かについて考えることが求められているのだ。

※1「新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会」第11回部会(令和2年7月17日)概要より
https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/content/20200820-mxt_syoto02-000009367_6-1.pdf(2020年9月10日閲覧)

オルタナティブからさらにオルタナティブを創出する(※2)

実はCOVID-19の影響以前より、教育は従来のように学校の中だけで完結するものから、同時代社会や地域との関わりで行われるものへと変化が求められてきた。筆者の専門である芸術教育もそれは同じで、教育の機会は学校内にとどまらない。最近では、子供の芸術体験に対する親や地域の求めに応じて、学校に限定しないオルタナティブな芸術教育への期待が高まっており、筆者の研究室では、公共施設や美術館、公園など、子どもが居る場に出向いてゆく造形ワークショップの研究に力を入れている。学校の内外を問わず、芸術教育において重要なのは、表現するプロセスを通した創造性の発揮と自他の違いを認識することにある。そのような考え方の基に、子どもたちが他者や社会との関わりの中で、芸術を通して自分を表現する喜びを感じられるような教育のあり方を、学生とともに実践を通して考えてきた(※3)。

※2 本文は、『早稲田大学 学部入学案内2021』に紹介されているものから抜粋・加筆している。
https://www.waseda.jp/nyusi/ebro/ug/admissions_jp_2020/html5m.html#page=39(2020年9月10日閲覧)
※3 筆者は10か年に渡り、学生とともにワークショップ・プロジェクト『アートツール・キャラバン』を展開してきた。下記大泉研究室のホームページで過去の実践の様子を閲覧できる。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~oizumi-labo/(2020年9月10日閲覧)

写真1 筆者が取り組む造形ワークショップ・プロジェクト『アートツール・キャラバン』 (川崎市市民ミュージアム、2017)

しかし今、そうしたオルタナティブな学びの場さえも閉ざされてしまっている。予定されていた各所のワークショップ・イベントはすべて中止、あるいは延期になった。こうした状況に対して、一般社団法人『ダヴィンチ・マスターズ』は、神戸市と共同で小学校低中学年児童向けに非認知能力向上のためのオンライン・プログラムの開発に取り組んでいる(※4)。そのプログラムは、参加者に学びへの参画を促す以下の4つのステップを用意している。

STEP1 動画プログラム「ダヴィンチプログラム」/ STEP2 自宅での取り組み「おうちでダヴィンチ」/ STEP3 学習成果の投稿「STEP2の写真を投稿」/ STEP4 投稿を基にした動画配信(一部がリアルタイム)「みんなでダヴィンチ」

このように、任意の動画視聴にはじまり、意欲に応じて参加型の学びへと発展してゆく仕組みになっている。最終的に約20のプログラムがYouTubeにアップされ、STEP2、3へと移行される予定になっている。

オンラインという手段によって、オルタナティブな学びからさらにオルタナティブな学びを創出するこうした試みは、「ポストコロナ」の教育を展望するうえで注目に値する。

写真2 『ダヴィンチ・マスターズ with KOBE』ホームページ画面(部分)

※4 筆者は、本プログラムの監修者として参画している。下記ホームページを参照。
https://davincimaster.com/(2020年9月10日閲覧)

オンラインでオフラインを想像する(※5)

「先生、こういう時だからこそ、開講してください。」

これは、筆者が担当する実技系科目の授業を当年度は休講にしようかと考えていたときに、学生から届いたメッセージである(※6)。筆者は、このメッセージを受けてオンライン開講することを決断した。

しかし、本授業では実技制作をとおした教材研究に取り組むので、様々な問題解決を行う必要があった。

第一に、材料・用具が必要なことである。当時、大学が所在する東京都には緊急事態宣言が発出されていたため、購入のために学生を外出させるわけにはいかなかった。そこで学部事務所と相談し、学生の居住地へ材料・用具一式を郵送することにした。第二に、オンラインといえども実技制作に対する個別指導の機会を確保する必要があったので、授業形態はリアルタイム配信型を軸とし、ブレークアウトセッション機能を用いて小集団ごとに個別指導する機会を設けた。

※5 本文は、下記雑誌への寄稿文から抜粋・加筆している。大泉義一「オンラインでオフラインを想像する」『教育美術』2020年9月号、教育美術振興会、2020年、pp.32-35
※6 実技制作を伴う学習であるため、教育効果の面から対面実施が望ましいと判断したのである。さらに本授業科目は1~4年次の選択必修科目であり、今期は4年生の履修登録者がいなかったこともある。

写真3 オンライン授業(自宅で作成した作品の発表)の様子

さらにMoodleのアンケート機能を用いて、提出任意で評価対象にならないコメントを記す『学習プロセスシート』を設置し、学生が授業の感想や質問、授業に対する要望、さらには授業には関係のない個人的なおしゃべり等を気軽に書き込めるようにし、それへの返答は必ず行うようにした。その提出された『学習プロセスシート』の中に、次のような記述があった。

「本当は皆で1つの教室で友達や先輩方の作品を見ながらワイワイ作品作りができたら良かったのですが、少し寂しいです。しかし、先生が色々な人に声をかけて下さったり音楽をかけて下さったりして、同じ空間にいるような気持ちが味わえて楽しかったです。…中略…今夜は題材研究シートを頑張ります。」

このコメントは、この春に入学した学部1年生によるものである。入学してもいまだに学友と対面を果たせずにいることに対する心持ちとともに、オンラインの場でも対面と同じような感覚を味わえた様子がうかがえる。またその一方で、日々夜遅くまで課題に追われている様子をうかがい知ることもできる。このように、オンラインの”向こうがわ”にいる学生たちの様子が想起されるコメントは多々あった。

「着々とやるべき課題が増えてきているのを感じます。この授業を楽しみに頑張ります。」
「最近Wi-Fiが弱く途中で落ちてしまいます…。入退室を繰り返して手間をおかけして申し訳ありません。」
「最近コロナが増え始めてサークルがまた始まらなくなりそうで心配です。」
「自分の感情を絵で表したのはすごく久しぶりのことでした。明日にでもコロナ自粛中の自分のモヤモヤした気持ちを絵で表してみようかと思います。」などなど…。

現況においては、教育実践のみならず、テレワークなどあらゆる社会活動において、インターネット上でのやり取りを行う「オンライン」が取り入れられている。それに対して、実際に対面し空間を共有して活動するやり取りは「オフライン」である。オンライン授業において、学生と私は確かにオンラインでつながっているが、それぞれがいるオフラインの空間を共有することは困難である。しかしながら、オンラインを介して双方に存在しているオフラインを想像すること、オンラインの向こうがわにはオフラインの空間があり、そこに学習者がいることを想像することは、教育の実践において重要なのではなかろうか。

コロナ禍によって、人びとが集う「場」が失われたという。確かにそのとおりである。しかしながら同時に、「場」そのものの意味の問い直しが迫られているのではないか。そのためには基本的に同義であるとされる「場」と「場所」の違いをふまえる必要があろう。「場所」は空間的な位置を指し、具体的に存在する地域、地点、施設などを指す(※7)。この意味において、確かに現在の我々は「場所」を失っている。一方で、「場」とは空間を指すことにおいては「場所」と同じであるが、加えてそこに存在する人やモノによって生みだされる雰囲気や空気も含んでおり、「場面」の意味も有している(※8)。対面で必要とされるのが「場所」だとすると、オンラインでの関係は「場」であると言える。筆者が取り組んできたオンライン授業には「場所」は無い。しかしながら上述したとおり、オンラインの向こうがわのオフラインを想像することで、「場」や「場面」を共有することは完全に不可能という訳ではないと思う。「ポストコロナ」の教育実践を考えるうえでは、そんな構えも必要なのではなかろうか。

※7 例えば、我々は「思い出の場所」などと言う。
※8 例えば、我々は「場の空気を読む」などと言う。

大泉 義一(おおいずみ・よしいち)/早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授

東京生まれ。博士(教育学)東京学芸大学教育学研究科
都内公立中学校教諭、東京学芸大学附属小学校文部科学教諭、北海道教育大学准教授、横浜国立大学准教授を経て2019年より現職。美術科教育学会副代表理事。専門は、美術教育、デザイン教育、ワークショップ論。主著に『子どものデザイン その原理と実践』(単著、日本文教出版、2017)、『美術教育学の歴史から:美術教育学叢書(2)』(共著、学術研究出版、2019)、「造形ワークショップの評価に関する実践研究:〈実践デザイン=評価デザイン〉と〈日常生活への延長〉」(単著、『美術教育学研究』第47号、大学美術教育学会、2015)など。2011年に、学生とともに取り組んでいるワークショップ・プロジェクト『アートツール・キャラバン』で第5回キッズデザイン賞(フューチャーアクション部門)受賞、2013年には、教育現場との連携に基づく図画工作・美術科の授業における教師の発話に関する研究で第10回美術教育学賞受賞。
大泉義一研究室ホームページ:http://www7b.biglobe.ne.jp/~oizumi-labo/

※当記事は「WASEDA ONLINE」(2020年11月30日掲載)からの転載です。

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/inst/weekly/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる