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コロナを契機にテレワークをする権利について考える

早稲田大学 法学部 教授 大木 正俊(おおき・まさとし)

新型コロナウイルスの感染拡大を契機として日本でもテレワークが急速に拡がった。テレワークは、今後も大企業を中心にある程度定着していくことになるであろう。ついに「テレワーク時代」がやってきたとの感がある。しかしながら、その波に取り残される形で、テレワークを希望しながらもできない労働者が多数存在しており、彼らが離職したり、就労制限せざるを得ないために収入を減らしたりするなどの問題が生じている。問題解決の糸口になりそうなのが、欧州の立法にみられるテレワークをする権利である。本稿では、筆者が専門とするイタリアの立法例を参考にテレワークをする権利について考察したい。

テレワークを必要とする労働者

パーソル総合研究所「新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査」(2020年)によれば、緊急事態宣言下の4月の調査ではあるが、テレワークをしていない労働者のうち、47.0%がテレワークによる就労を希望しており、この間、希望しながらもテレワークをできなかった労働者が多数いたことがうかがえる。

また、シングルマザーに関して、同居の家族への感染を避けるために、自発的に仕事を休んだり退職をした者、および小・中学校、高等学校の一斉休校により、仕事を休んだり仕事時間を減らすなどを余儀なくされた者が相当割合いることを示唆する調査もある[1]

[1] 認定NPO 法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ&シングルマザー調査プロジェクト「新型コロナウイルス 深刻化する母子世帯のくらし ~1800 人の実態調査・速報~」(2020年8月28日)

テレワークの難しいサービス業でその割合が高かったことからすると、テレワークができなかったことにより、仕事面で深刻な負の影響をうけたシングルマザーは多かったという推論も可能であろう。

テレワークは、感染症の感染を防ぐ就労形態、そして私生活上の負担が重くなっても仕事を継続的に遂行できる就労形態としてコロナ禍において重要な役割を果たしてはいるものの、必要とする者が十分にアクセスできるものだったのかという点には疑問が残る。

コロナ禍にテレワークをする権利を認めたイタリア

イタリアでも、新型コロナウイルスの感染拡大をうけて、テレワークを促進する法規制の整備が行われた。一連の施策のなかで本稿との関連で重要なのは、(1)障害者または家庭内に障害者がいる労働者、および(2)14歳以下の子を養う親である労働者に対してスマート・ワーク(就労場所や時間を労働者自身が決定できる労働形態)をおこなう権利が付与された点である。

具体的には、まず2020年3月17日緊急法律命令18号において、時限付きではあるものの、一定程度以上の障害がある労働者、および家庭内に一定程度以上の障害がある者がいる労働者を対象として、労務給付の性質と両立する限りにおいてスマート・ワークをおこなう権利が認められた(39条1項)。なお、この緊急法律命令では、疾病により労働能力が低下した労働者は、使用者がスマート・ワークを実施する際に優先的に割り当てられることも定められている(同条2項)。

そして、2020年5月19日緊急法律命令34号では、やはり時限付きではあるが、14歳未満の子を養育する労働者に対して、緊急事態が終了するまでの間、家庭内に休業、失業時の所得保障を受けている親、もしくは労働者ではない親の不存在を条件として、労務給付の性質と両立する限りにおいてスマート・ワークをおこなう権利が認められた(90条)。

これらの措置は、新型コロナウイルスの感染拡大防止措置によって私生活面での負担が増した労働者に対して、職場での就労が困難となっても就労を継続できるように配慮したものと位置づけることができる。

欧州で拡がるテレワークをする権利

欧州において「テレワークをする権利」という発想が示されたのはイタリアが初めてではない。たとえば、EUの2019年の立法(ワークライフバランス指令)[2]は、各加盟国に対して、一定年齢以下の子供がいる労働者や介護をする労働者が、柔軟な労働編成(リモートによる就労体制の活用も含まれる)を求める権利を確保するよう義務づけている[3]

[2] ‘Directive(EU)2019/1158 of the European Parliament and of the Council of 20 June 2019 on work-life balance for parents and carers and repealing Council Directive 2010/18/EU’(2019) Official Journal L 188 p. 79.
[3] hamachanブログ(EU労働法制作雑記帳)「EU指令の在宅勤務権」
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-0ce312.html(参照2020-09-15)

また、オランダやフィンランドでは、パンデミックより前の段階で、イタリアやEU指令のように配慮が必要な労働者のみを対象にするのではなく、より広い範囲の労働者に対して就労の時間および場所を労働者本人が使用者に要求したり、自ら決定できるようにする立法をおこなっている。これらの立法は、労働者が主体的に労働と私生活のバランスを構築することを基本的な理念に据えて、その帰結として就労時間だけでなく就労場所も労働者が主体的に決定するのが望ましいとの考えに基づいたものであろう[4]

[4] なお、ドイツでもコロナ禍を契機に立法の動きがあると報じられている。労働政策研究・研修機構「労働者の『在宅勤務権』構想―新型コロナウイルスを契機に」
https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2020/05/germany_02.html (参照2020-09-15)

このように欧州では、私生活上の負担が重い労働者への配慮という文脈、および労働者による主体的なワーク・ライフ・バランスの実現という文脈にテレワークをする権利を位置づけているようである。

日本でもテレワークをする権利について議論を

日本では、テレワークをする権利を明確に認める立法をするという動きはなく、また労働法学においてもこの権利はほとんど議論されていない。もっとも、育児介護休業法では育児、介護負担を担う労働者に対して種々の配慮的な措置をおこなうことを使用者に要請している。この意味で、先述の欧州の立法例の背景にある「私生活上の負担が重い労働者への配慮という文脈」はすでに存在しており、その延長線上にテレワークをする権利を議論することは可能であろう。また、より根本的な理念として労働契約法3条3項では、「労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。」と定められており、後者の「労働者による主体的なワーク・ライフ・バランスの実現という文脈」の足がかりは存在しているともみえる。今後は、これらを基礎に日本でもテレワークをする権利に関して議論を進めていく必要があろう。

早稲田大学 法学部 教授 大木 正俊(おおき・まさとし)
2003年早稲田大学法学部卒業、2006年同大学大学院法学研究科修士課程終了、2012年同大学大学院法学研究科博士後期課程退学。博士(法学)。早稲田大学助手、姫路獨協大学専任講師、同准教授、早稲田大学准教授を経て、現在早稲田大学法学部教授。主著は『イタリアにおける均等待遇原則の生成と展開』(日本評論社、2016年)。同著で第31回(平成28年度)冲永賞受賞。専門は労働法。

※当記事は「WASEDA ONLINE」(2020年11月10日掲載)からの転載です。

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