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「ポップでありながらマジメである」早大院生の目指す、文章と学問の世界

「都市論も、国語教育学も、とにかく外部へ開いていきたい」

大学院教育学研究科 修士課程 1年 谷頭 和希(たにがしら・かずき)

チェーン店から都市を考えることをテーマに、ライターとして活躍している谷頭和希さん。7月にWebメディア『ゲンロンα』に掲載された「ドン.キホーテ論——あるいはドンペンという「不必要なペンギン」についての一考察」は、ディスカウントストアのドン.キホーテ店舗に飾られたペンギンのマスコットから人類学者・レヴィ=ストロースの理論へダイナミックに展開し、SNSなどでも話題を集めました。そんな谷頭さんは、大学院教育学研究科国語教育専攻に在籍しており、院生として研究活動にも熱心に取り組んでいます。都市批評から国語教育まで、幅広く活躍している谷頭さんを貫く問題意識やビジョンについて聞きました。

※インタビューはオンラインで行いました。

――ライターとしての活動や関心のあるテーマを教えてください。
大きく見れば都市論、具体的に言えば街にあるいろいろなものについて書いています。その中で最近特に関心があるのが「チェーン店」です。例えば、ドン.キホーテや富士そば、ブックオフなどを取り上げて記事を書いています。

ネオンの装飾が印象的なドン.キホーテ新宿店。チェーン店にも街の特徴が見えるという

これはライターとして自分の個性をどうやって出していくかということにつながっています。僕のように屋外にあるいろいろなものについて書こうというライターは、特にWebメディアだとそこそこの数がいるんですよ。彼らは伝統的な建物や遺跡、昭和レトロなビルや変な看板などを記事にするのですが、その中で、コンビニやファストフード、ファストファッションなどの「チェーン店」は全然取り上げられていないことに気が付きました。僕たちが街を歩いているときにもっとも目にしているにもかかわらずです。

僕は1997年生まれですが、生まれたころからチェーン店が普通に街の中にあって、チェーン店で何かを買うというのは自然な行為でした。それなら若いライターとして、Web記事ではあまり扱われていない「チェーン店」をテーマにして活動しようと思ったわけです。

――どのような経緯でライターとして文章を書かれるようになったのですか?

昔から芸術作品を見るときには、ただ見るだけではなく自分の視点から分析していくことが好きでした。中学校と高校のときの国語の先生が博士号を持っていて、文芸批評にとても詳しく、授業中にテレビゲームや絵画の話を文章の読解に関係づけて話してくれていたんです。そのときに批評家・東浩紀さんの『動物化するポストモダン』(講談社新書)などを参照しながら批評や現代思想などについて教わり、「作品を斜めから読む」という批評の面白さに気付きました。

一番大きな転機になったのは、大学2年のときに、早稲田でも教えている佐々木敦さんが当時講師を務めていた「批評再生塾」(株式会社ゲンロン・代表上田洋子)に参加したことでした。そこでいろいろと文章を書いていくうちに、「ライターや批評の世界はこんなに広がりがあって豊かなのか」と知ることになりました。そして書くのは楽しいし自分でも書けるかもしれないと手応えを感じて、文章を発表できる媒体を探したんです。僕は文芸批評や美術批評ではなく都市の話を書いていたので、一般の文芸誌には売り込みにくく、比較的自由に好きなテーマでも書くことのできるWebメディアで書くようになりました。

最近取り上げた「富士そば」は、実は街によって味が異なっているそう

――谷頭さんの記事は、身近なテーマから学問的な議論に鮮やかにつながるのが魅力的です。

恥ずかしいですね(笑)。とはいえ、実はそのことをすごく意識しています。これはいま文章を書く人が直面する問題だと思うのですが、ものを書く世界がかなり二極化しているように感じます。一方に、書き手が自分の好きな事について「マニア的」「オタク的」にめちゃくちゃ細かく書くことで、ささいな間違いがすぐに指摘されて炎上してしまうあまりに「マジメ」な世界があり、そしてもう一方に、とにかくより多くの人の目に触れることを目指し、PV数を稼ぐことができたら良いという「バズ・マーケティング」的な、あまりに「ポップ」な世界がある。このような二項対立的な状況には、多くの書き手が面白くないと感じているはずです。

そんな閉塞(へいそく)感に穴をあけ、「ポップでありながらマジメである」文章を書いていこうと考えています。そのために、皆が扱わなかったようなテーマを選んだり、さまざまな分野から学問的な知見を取り入れたりしています。「チェーン店」というテーマが良いのは、街歩きや都市に興味のない人でも、普段よく利用しているから興味を持ってもらいやすいことです。一言で言えば「ポップ」なんです。でもそれをただ扱うだけでは面白くないので、「マジメ」な議論を、例えばドン.キホーテ論では人類学者のレヴィ=ストロースを参照しました。

――大学院ではどのような研究をしているのですか?

僕は国語教育学、つまり国語教育の理論や歴史に関心があり、特に国語教員史、国語の先生について理論的に考えてみたいと思っています。僕が見た限りでは、国語教育学の世界もかなり閉鎖的で、例えば、分野を越境しながら教育を語る人がほとんどいないように感じます。国語の先生にもどこか独特な風土や雰囲気があって、自分の国語観をなかなか更新できずに教員を続けてしまいがちです。そもそも学校という場自体が3年や6年で生徒を送り出す反復的な空間で、その中で教員の教育観が固定化されてしまうのではないかとも思います。国語教育についても「ポップでありながらマジメである」状態をつくるにはどうすればいいかを考えています。

――ご自身で研究をするだけでなく、大学院生のネットワークを作ろうと活動しています。

月に一度のペースで、「REM(Radical Educational Meeting)国語部会」という研究会を行っています。3人の中心メンバーで読書会やイベントを企画したり模擬授業を行ったりして、毎回参加者を募集しています。このREMにも「開いていく」という目的があります。国語教育系の研究会は多いのですが、ほとんど教育系の人しか集まりません。でも、教育を研究するにも他分野の知見は必要だし、先生になれば自分とは異なるバックボーンを持つ生徒に向き合わないといけません。そう考えて最初のテーマにしたのが「国語教育とアニメーション」でした。国語教育学でもアニメーションを生かすための議論はいろいろとされているのですが、その議論にアニメーション研究者がほとんど加わっていません。そこでREMでは土居伸彰さんというアニメーション研究者をお呼びしてイベントを開催しました。あえて「国語部会」と名乗っているのも他分野に開いていく意図があります。

REMのイベントにて

――これからのビジョンについて聞かせてください。

中沢新一『アースダイバー』(講談社)と鈴木博之『東京の地霊』(ちくま学芸文庫)。「いまここ」を越えるスケールのとり方を手本としている

閉鎖的にならずに開いていくこと、僕はその行動原理でズバズバ動いています。それでも限界はあり、例えば僕はこれまで都市とは異なる農村や田舎について考えることができなかったという問題意識を抱えています。批評というのは、「世間ではあまり言われていないけど自分はこう思う」という日常の中での気付きからいろいろ考えて、そこから世界の新しい面を開いてみせるものです。だから、「いまここ」にある感覚を大事にしつつ、それを超えていくような、もっと広いスケールを持つことが必要だと思います。例えば「都市」を地球史的なスケールで考えてみると面白そうですよね。

都市論も、国語教育学も、とにかく外部へ開いていきたい。そのときに、ライターとしても大学院生としても、ポップでありながらマジメでありたいのです。そもそも学問というのは自分の「いまここ」を超えるためにやっているものなので、より広いスケールのとり方を考え続けていきたいと思います。

第766回

取材・文:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ)
法学部 3年 植田 将暉

【プロフィール】

ゆかりのある香川県・佐柳島。この島の独特な習わしを歴史的・地理的なスケールから捉えてみたいと語る

東京都出身。早稲田高等学校卒業。文化構想学部から大学院教育学研究科に進学し、国語教育学を専攻。『オモコロ』や『サンポー』、『デイリーポータルZ』などのWebメディアでライターとして活動している。新型コロナウイルスに直面する学生街については、従来の都市論が批判してきた「チェーン化する都市」からさらに進み、「チェーン店すら存在しない都市」を考えないといけないのではないかと指摘する。

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