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樹木の年輪から昔の気候を復元する ― 歴史学と協同して過去から学ぶ ―

早稲田大学 人間科学学術院 講師 佐野 雅規(さとう・まさき)

和歌山県生まれ。2007年愛媛大学大学院連合農学研究科修了、博士(農学)取得。日本学術振興会特別研究員、総合地球環境学研究所上級研究員、早稲田大学人間科学学術院助教などを経て2018年より現職。専門は古気候学、年輪年代学。近著に”Himalayan weather and climate and their impact on the environment (Springer)”(分担執筆)など。

環境の変化を記録する年輪

家屋や机、置物など、普段の生活でもよく使われている木材ですが、ものによっては幾層にも年輪が並んでいるのを皆さんも目にすることがあるかと思います。文字通り、1年に1枚ずつ増えていく年輪には、樹木の成長の履歴が克明に記されているので、それを調べれば昔の気候を1年単位で明らかにできます。単純すぎて腑に落ちないかもしれませんが、平年より寒かったり、雨が少なかったりすると、あまり成長できないので年輪の幅が平年より狭くなるという事実に基づいています。ただし、どこに生えている木でも良いわけではありません。寒冷地や乾燥地といった厳しい環境に耐えながら疎らに生える樹木が、良質な天然の温度計や雨量計として使える年輪を提供してくれます。日本はといえば、総じて温暖かつ湿潤な地域なので、木にとっては過ごしやすい環境になります。そのため沢山の木が生い茂った林となり、周辺の樹木と光や水を巡る競合の履歴も年輪の幅として記録されるので、残念ながら気候の情報が薄まってしまいます(もっとも、個々の樹木が競争しながらどのように成長して森林がどう変化したのかを調べる生態学的な研究も重要で年輪が使われています)。したがって、年輪から気候を調べるという目的では、北海道などの寒冷地に限って研究が進められてきました。

目に見えない酸素同位体比で年輪を調べる

過去の気候を記録している自然物は、樹木だけでなく鍾乳石やサンゴ、氷河・氷床、堆積物など色々あります。古気候学では、それらに含まれる酸素の同位体比(重い酸素18Oと軽い酸素16Oの存在比)を測定することで研究が目覚ましく進展してきた歴史があります。どちらも同じ酸素なので化学的にはそっくりの挙動を示します。しかし、質量に違いがあるため、軽い水(H216O)が重い水(H218O)より僅かながら蒸発しやすいといったように、ほんの少しだけ異なるスピードで両者は動きます。しかも都合の良いことに、水そのもの、あるいは水を介して上記の自然物に酸素が取り込まれる際、気温や水温、降水量などに依存してその酸素同位体比が変化します。したがって、測定する材料を問わず、過去の気候を復元するための強力なツールとして酸素同位体比は使われてきました。

樹木の場合、年輪幅の測定が容易なことや、場所さえ選べば精度よく過去の気候が復元できたので、測定の難しい同位体比を積極的に使う機運が醸成されませんでした。ところが、最近の分析技術の飛躍的な向上に牽引されて、年輪幅では気候の情報が薄まってしまう日本などの温暖・湿潤地でも酸素同位体比が使えることが分かってきました。年輪幅で問題となる生態的な影響を受けないため、裏山に生えている樹木からも気候の情報が抽出できるようになったのです。図1aに示したように、複数の樹木から得た年輪酸素同位体比の変動パターンが互いに良く同調していることが分かります。細かい原理は割愛しますが、日本を含むアジアモンスーン地域では、年輪の酸素同位体比から夏期の降水量を高精度で復元できることが分かってきました(図1b)。

図1  a)中部・近畿地方で採取した複数の個体サンプルの酸素同位体比データ(樹木の個体毎に酸素同位体比を測定し、平均値0からの偏差として表記)。産地が異なっていても酸素同位体比の経年変動のパターンが良く同調している(同じサンプルで年輪幅を測ると、その変動は個体間であまり一致しない)。

b)年輪の酸素同位体比データ(aで示した複数個体のデータを全て平均して算出)と、6~7月の降水量の空間相関。年輪と降水量のデータが重複する西暦1901~2005年の期間で計算した。西日本で降水量が多い(少ない)ときに、年輪の酸素同位体比が低く(高く)なる負の相関が認められる。

新たな環境史研究に向けて

過去の気候を調べる研究は、純然たる自然による気候変動の実態を把握し、その変動メカニズムを解明するために進められています。また、人為による地球温暖化が懸念されていますが、将来の気候を精確に予測するための基礎資料としても過去の気候データが役立っています。著者らは、樹木年輪のサンプルをアジア各地で収集し、その酸素同位体比を測定することで、過去100~200年にわたって夏期モンスーンが弱まっている(乾燥化している)ことを明らかにしました。

年輪の酸素同位体比から精確な降水量データが得られるようになったお陰で、考古学や歴史学の研究者と協力して新しい環境史研究を進めることも可能になってきました。まず技術的な進歩として、著者らが日本各地で古い木材を集めて過去4,000年超の連続した酸素同位体比データを作成したことにより、考古材の年輪の年代を1年のズレもなく正確に決定できるようになりました。また江戸時代に目を向けると大量の古文書が残存しており、年輪の古気候データと親和性が高く定量的な解析もできるようになりました。例えば、免定(図2)と呼ばれる年貢の徴税書類から毎年の米の収量を推定することができ、その変動要因を気候と関連付けて解析することが可能になりました。図3から、雨の多い年は、琵琶湖の水面が上昇して湖岸の水田が水没し、米収量が落ちていたことが見て取れます。また、度重なる水没を克服するために、琵琶湖からの流出河川である瀬田川を浚渫していたことも古文書から分かっており(瀬田川浚え)、気候変動に対する具体的な社会対応も見えてきました。

図2 元文元年(1736)に書かれた免状「江州滋賀郡本堅田村辰御物成免定」(共同研究者の立命館大学・鎌谷かおる准教授提供) 江戸時代は、行政村単位で税金(年貢)を支払っていました。領主は、毎年11月頃になると、各村に年貢の請求書を送りました。この書類が免定と呼ばれ、年貢額だけではなく、災害があった際の納税控除額やその理由、税率などが記されています。これらの内容をみると、村の毎年の租税や生産力等の基礎的な情報に加えて、農業生産における被害や、領主による年貢の取り方の変化など多様なことが読み取れます。写真にある本堅田村(現滋賀県大津市本堅田村)の免定を見ると、この年は、非常に生産力が低く、その主な理由として水害であったことが読み取れます。

図3 年輪の酸素同位体比(夏期の降水量と逆相関を示す)と、琵琶湖岸の村々に宛てられた「免定」に記された残高(米の収量を反映)の変動比較。降水量が多い(少ない)年ほど米の収量が減っている(増えている)。図中の矢印は、瀬田川浚え(浚渫)が実施された年を記している。

気候変動に対して当時の社会はどのように向き合ってきたのでしょうか? 古気候学と歴史学が協同することによって得られた事例の蓄積とその総合的な解析によって、今後の持続可能な社会を考えるうえでも重要な知見を提供できるかもしれません。

※当記事は「WASEDA ONLINE」からの転載です。

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