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オンライン授業で消えた大学の「余白」 日常の何気ない会話が大切だった

早稲田大学の2020年度春学期の授業は、新型コロナウイルス感染症拡大の状況に鑑み、原則オンラインでの実施となっています。授業は5月11日から始まっていますが、これまでとは異なる状況に学生はどう向き合っているのでしょうか? まずは早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ)の法学部3年・植田将暉さんのレポートをお届けします。1日のスケジュールやリフレッシュ方法、好きな本についても教えてもらいました。

それでも変わらない、ひたすら勉強という生活スタイル

早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ)
法学部 3年 植田 将暉(うえた・まさき)

5月11日に始まった授業は原則全てオンラインで行われることになりました。私は今学期12コマを履修し、そのうち8コマがオンデマンド、3コマがリアルタイム、そして残り1コマが教材と課題提出による授業です。

オンライン授業がある一日は、大体このような流れです。リアルタイム型の授業が始まる時間までに起きて授業を受け、それが済んだら課題や予習に取り組みます。さらに自分の勉強や家事、買い物、食事をし、夜にオンデマンドの動画を視聴します。動画を見るのが苦手な私は、気力を奮い立たせるのに時間が掛かりますし、夜遅くになるとインターネットの回線状況が改善するからです。

MacBookで授業の映像を見ながら、配布された資料をiPadで読んでいます。一つの画面内で同時に辞書も引くことができて便利です

実のところ、オンライン授業になったからといって、生活スタイルに大きな変化は感じていない、というのが正直な感想です。確かにキャンパスに通うことはありませんし、授業後に閉館時間まで図書館にこもることもできません。学内外のアルバイトも減りました。喫茶店でコーヒーを飲むことも、友人たちと集まって読書会を開くこともかないません。そう見てみると激変しているようにも思われるのに、あまり変化したとは感じないのです。というのは、私の生活の中心は、今も昔もそしてたぶん今後もずっと、ひたすらテクストに向き合っていくことにあるからです。

所属するローマ法のゼミでは、毎週、指定された文献を読んでレジュメを作成します

部屋の中にはたぶん1,000冊以上の本が積み上がっていて、頭の中には考えてみたいテーマや勉強しておきたい分野たちがあまたと詰め込まれています。日々それらに向き合うだけです。ひたすら紙の本をめくり、ノートを書き、オンライン・データベースからダウンロードした論文に目を通しながら、「ああそういうことか」、「そうだこの文献も読んでおく必要がある」、「なるほどそういう議論もできるわけね」、などと頭の中で呟(つぶや)きながら、またページをめくり、キーボードをたたき、テクストのさざめきの間を突っ走っていく。本は読めば読むほど、読むべきものが増えていくものです。授業をきちんと受けようと思うと、読んでおくべき文献はどこまでも増えます。そして、ひたすらテクストを読んでいれば、ふと気が付くと一日なんて終わっています。

もっとも、一人黙々とテクストに向き合っていくことだけが、大学の勉強の全てではありません。むしろそんなことは決してなく、大学という場は、他者に出会い、他者と対話してこそ、その真価を発揮するはずです。それは、先生や他の受講生たちと顔を合わせ、話を聞いたり議論したりすることで、自分とは異なる思考や価値観に出合う場としての「教室の中」だけではありません。授業終わりの世間話や、廊下で偶然会ったときに交わす雑談、ラウンジや食堂でのおしゃべり、喫茶店や居酒屋で延々と繰り広げられる、くだらないけど重大な議論。そんな「余白」めいた瞬間にこそ、大学という「場」の魅力があるようにも思います。

オンライン読書会では本をたくさん紹介できるのですが、積み直す暇もなく話してしまうので、後片付けが大変です

しかし、そのような余白は、どうしてもオンラインでは失われてしまうように感じるのです。オンラインの「ルーム」に廊下はないので移動時間や立ち話はなくなります。何か大事なものを失ってしまっている気がします。オンラインで読書会を行ったり、ウェビナー(ウェブ上で開催されるセミナー)に参加したりする機会も増えました。しかし、それがどれだけ対面のものに近似していたとしても、やはりどこまでも、そこに「欠けているもの」を意識せずにはいられないのです。その「余白」や「無駄」は、このまま消えてしまうのでしょうか。消してしまうべきなのでしょうか。今あらためて、身体やその身ぶり、例えば歩くことや出会ってしまうことの重要さが考えられないといけないだろうと感じます。

また、否定しようのない現実として、緊急事態宣言に伴いキャンパスが立ち入り禁止になったことで、図書館や生協の食堂・書店が使えなくなるなど、勉強や生活への影響が出ています。以前のように図書館が使えず、これまで勉強に必要な書籍の購入費に充てていたアルバイト収入もほとんどないため、文献は貯金から買うしかない状況です。収入はないのに支出だけが膨らんでいき、どうすれば良いのか途方に暮れているというのも本音です。

とはいえ、困難な状況に置かれていても、私たちは勉強を続けていくしかありません。今回の新型コロナウイルスの感染拡大とそれに伴って経験した数々の事態は、勉強することの必要性を明らかに物語っています。キャンパスの閉鎖とオンライン授業への移行は、「大学」という制度や空間の意味を、あらためて私たちに問い掛けることになりました。感染症とそれへの対応は、さまざまな社会的な課題を浮かび上がらせてもいます。私たちはこれから一体どのようにして、これらの問題と向かい合い、引き受けていけば良いのでしょうか。それを考えるためにも、まずは勉強しなければなりません。そしてそのための根幹となるのが、私には、「ひたすらテクストに向き合ってみる」という凡庸なまでに基本的な身ぶりだろうと思われるのです。

ある一日のスケジュール

本や論文を読んでいる自分の勉強時間とオンデマンド授業や課題作成などをバランス良く配分することが今後の課題です。

リフレッシュ方法

必要な文献を買いに本屋を訪れ、棚の間を歩く刺激に満ちた感覚に、生き返るような思いがします。

好きな本

  • 『ランスへの帰郷』ディディエ・エリボン著、塚原史訳(みすず書房)
    大学で学ぶ一人として考え込まずにはいられない、家族や階級社会に向かい合う自伝的な著作。最近読んでとても気に入った本です。
  • 『チカーノとは何か 境界線の詩学』井村俊義著(水声社)
    さまざまな「境界線」があらためて立ち上がりつつある今だから読んでおきたい一冊です。
  • 『オレゴン大学の実験』クリストファー・アレグザンダー著、宮本雅明訳(鹿島出版会)
    キャンパスに入れない期間だからこそ、大学の建築や空間について考えてみませんか。
  • 『サンティアゴへの回り道』セース・ノーテボーム著、𠮷用宣二訳(水声社)
    旅行するのが難しいなら、テクストに旅してみるのはいかがでしょう。
  • 『公開性の根源 秘密政治の系譜学』大竹弘二著(太田出版)
    感染症と社会的・政治的な対応を巡って、まさしく今、参照されるべき議論です。

好きな本はたくさんありますが、今読まれるべきものを選んでみました

南門通りを眺めながら、自家焙煎コーヒーとパスタでゆったりランチ

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