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戦争裁判と文学

早稲田大学高等研究所講師 金ヨンロン(きむ・よんろん、Younglong Kim)

東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。著書に『小説と〈歴史的時間〉 井伏鱒二・中野重治・小林多喜二・太宰治』(世織書房、2018年)、共編著に『「言論統制」の近代を問いなおす 検閲が文学と出版にもたらしたもの』(花鳥社、2019年)、近年の論文に「法と文法 井上ひさし『夢の痂』を中心に」(『社会文学』48号、2018年8月)、「戦争裁判が甦る契機 木下順二『神と人とのあいだ』を手掛かりに」(『日本文学研究ジャーナル』第9号、2019年3月)などがある。

ここ数年、戦争裁判を描いた文学作品を集めて読んでいる。戦争裁判といわれてもピンとこない人がいるかもしれないが、東京裁判といえば頷く人も多いだろう。つまり、私のいう戦争裁判とは、第二次世界大戦後に日本の戦争犯罪を問うた裁判を指している。そこにいわゆるA級戦犯が裁かれた東京裁判(極東国際軍事裁判)と、世界各地で開かれたBC級戦犯裁判が含まれるのである。この重々しい歴史的事件を文学にするとはどういうことだろうか。

まだ進行中の研究ではあるが、一つ分かったことがある。戦争裁判を文学に描くということは、文学をもって戦争裁判をやり直すことであるということだ。芸術の形式を借りて過去の裁判をやり直す。どこをどうやり直すか、そしてなぜやり直すのか。表現者の欲望を見抜くことはなかなか難しいが、ひとまず私が注目したいのは、1)書き手の選択と、2)選択の背景になった政治的・歴史的状況である。

極東国際軍事裁判市ヶ谷法廷大法廷 (en. wikipediaより)

もう少し具体的に話そう。書き手は、東京裁判を描くこともできれば、BC級戦犯裁判を描くこともできる。東京裁判を選んだ場合、帝国日本の戦争の指導者たちから一人の人物に焦点を当てることもできるし、裁判の重要な場面をいくつか取り上げることもできる。たとえば、松本清張の『砂の審廷 小説東京裁判』は、A級戦犯として巣鴨刑務所に拘留されたものの、精神異常を理由に不起訴となった大川周明を取り上げているし、城山三郎の『落日燃ゆ』は、東京裁判で絞首刑を宣告された唯一の文官・広田弘毅の生を追う。東京裁判では裁かれなかったが、裁判の幻想的な再現を通じて天皇の戦争責任を問題視した赤坂真理の『東京プリズン』もある。戦争裁判を描いた文学の古典と位置づけるべき木下順二の『神と人とのあいだ』は、1部で東京裁判の速記録からいくつかの場面を取り出して構成し、2部で南のある島で行われたBC級戦犯裁判を扱った。空爆を行った米軍搭乗員の処刑を命じたことで起訴された東海軍司令官・岡田資中将に注目した大岡昇平の『ながい旅』も、朝鮮人BC級戦犯の存在を改めて知らせた鄭義信の『赤道の下のマクベス』もある。このように書き手が戦争裁判のなかで何を選択して文学にしたのかは、最初に確認しなければならない事項である。

次に把握したいのは、それらの選択の背景になった政治的・歴史的状況である。このことなくしては、なぜ文学が戦争裁判をやり直したのかに迫ることはできない。戦争裁判を描いた作品には敗戦直後に書かれたものもあれば最近書かれたものもあり、70年以上にわたっている。作品の意図を探るため、それが書かれた時期を調査するのは文学研究の基本のきである。だが、この作業を疎かにすると多くのことを見逃すことになりかねない。

木下順二の『神と人とのあいだ』を例にしてみよう。1部の「審判」では、東京裁判から三つの場面を抽出している。最初に、戦争の主導者たちを処罰するために設けられた「平和に対する罪」が事後法だと主張する日本人の弁護人が登場する。次に、戦争中にフランス領インドシナで日本軍がフランス人の官軍民に加えた残虐行為が問われる場面では根拠の不足が指摘される。最後に、敗戦国の日本のみが国際法・条約の違反で裁かれ、原爆投下を行ったアメリカをはじめ、連合国による違反は問われないことの不当さが議論される。このようにまとめると、この作品の目的は、東京裁判を「勝者の裁き」として否定するところにあると思えてくる。だが、『神と人とのあいだ』が書かれた1970年前後に遡って政治的・歴史的状況を調べてみると全く異なる様相が浮かび上がってくる。ベトナム戦争によって東京裁判が再考され、国際法の意義が問い直されるただなかでこの作品が書かれ、同時代的にもベトナム戦争のアナロジーとして読まれたことが見えてくるのである。

もう一つ、作品の書かれた状況が重要な理由は、戦争裁判を扱った作品のほとんどすべてが多くの歴史資料を参考にしているからである。裁判関係の資料が新たに発掘され、歴史の記述が更新されるのと連動して文学作品も書かれているので、公正に評価するためにも同時代の状況は参照されねばならない。
それで結局、文学は、戦争裁判をやり直すことで、読者に何を訴えたいのか。東京裁判三部作を書いた井上ひさしは、東京裁判を「疵(きず)こそ多いが、血と涙から生まれた歴史の宝石」と述べた(「あとがきに代えて」『夢の痂』集英社、2007年)。井上は、東京裁判は不十分であったが、裁かれなかったことを裁き続けることで自分のものにしていく道を選んだわけである。もちろん、東京裁判は「勝者の裁き」だからそれを批判し、無かったことにする道を選ぶ作家もいる。どの方向で裁判をやり直していくか、これからの文学者も戦争裁判の何かを選び、文学作品に仕上げ、読者にあるリアリティーをもたせていくだろう。それを読み解く作業がもはや文学のテーマ研究にとどまらず、戦後認識の問題へまで広がることが予想される。これからの研究に注目してほしい。

※当記事は「WASEDA ONLINE」からの転載です。

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