危機感が勉強の一番のモチベーションになった
教育学部 5年 寒川 友貴(さむかわ・ともき)
「誰も行かない国で誰もしないような勉強がしたい!」
人と同じことがとにかく嫌いな私は、この思いを胸に、1年間セルビア共和国・ベオグラード大学でセルビア語を学びました。
留学先にセルビアを選んだきっかけは、大学1年生の夏休みに「未知の土地へ飛び込みたい」という理由でボスニア・ヘルツェゴビナを訪れたことでした。そこで、ユーゴスラビアというかつての国や、その地で起きた民族紛争の悲惨さを知り、バルカン地域や旧ユーゴスラビア諸国の歴史についてもっと学びたいと思うようになりました。そして、旧ユーゴスラビアの盟主国であるセルビア共和国へ、留学センターからの派遣一期生として留学しました。
現地の授業はセルビア語をセルビア語で教える形式で、教科書もほぼセルビア語で書かれていたため、学習初心者だった当初は文字すら読めず、ほとんど内容を理解できませんでした。クラスで日本人は私だけだったので、慣れない英語を駆使して先生やクラスメートに質問し、放課後はセルビア人の友人とひたすらセルビア語で話し続けました。
現地では、観光地以外は英語がほとんど通じません。大学のカフェに行くとメニューが全部セルビア語で書かれており、店員もセルビア語しか話せませんでした。そのため、「セルビア語ができないと本当に生きていけない」という危機感で、人生で一番と言っても過言ではないほど、四六時中勉強し続けました。その結果、日常生活に困らない程度のセルビア語力が1年間で身に付き、現地の友人たちとジョークを交えた楽しい会話ができるようになりました。また、英語が通じないセルビアの田舎にも、1人で不自由なく旅行できるようになりました。旧ユーゴスラビア諸国の言語はセルビア語から派生した方言のようなものなので、隣国を旅する中で、セルビア語をツールとして現地の人と交流しながら、それぞれの言葉や文化の違い、特徴を知ることができたのは、セルビア語学習者としての醍醐味だったと思います。
長期留学と言えば、大抵の場合はSNSで見るようなキラキラした留学生活を想像しますが、実際にあるのは異文化や自身の語学力不足に直面するリアルな日々です。ただ、そこでの苦悩や葛藤を楽しめる人こそが、留学を楽しめる人なのではないかなと思います。
~セルビアに行って驚いたこと~
ヨーロッパと言えば裕福なイメージがありましたが、日本よりも労働賃金がはるかに安いことに驚きました。セルビアを中心とした東欧の経済は伸び悩んでおり、国内に仕事がありません。500mlの缶ビールがスーパーで80円程度と物価は日本より安いものの、平均月収は4~5万円ほどで、20代の失業率は30%を超えています。大学を卒業しても働き口がなく、私の友人も多くがニートです。そのため、優秀な若者はイギリスやアメリカなどに流出してしまい、未来を担う若者が不足するという危機的状況に陥っています。欧州連合(EU)にも加盟しておらず、今後のグローバル社会でどのように生き残っていくのか、国としての判断が迫られています。
セルビアはこんなところ
セルビア共和国はヨーロッパのバルカン半島の南東に位置する。首都ベオグラードは、アテネやローマと並ぶヨーロッパ最古の都市の一つ。古代ローマ、ビザンチン、オスマン帝国によって引き継がれてきたベオグラード要塞が建つカレメグダン公園が有名。また、世界でも最大級の正教会大聖堂である聖サワ大聖堂は、夜のライトアップが観光客に人気。日本からの直行便はなく、フライト時間は約16時間。時差は日本より8時間遅れ。