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学の独立と進取の精神-創立記念コラム

創立20周年・早稲田大学開校式 大隈重信による式辞の様子

1913(大正2)年の創立30周年記念祝典時に大隈重信が宣言した早稲田大学教旨が、「学問の独立」、「学問の活用」、「模範国民の造就」を掲げていることはよく知られている。学問の独立は本学ウェブサイトにもあるように「権力や時勢に左右されない、科学的な教育・研究を行」うこととされる。創立20周年時に東京専門学校は早稲田大学となったが、その記念式・早稲田大学開校式で、大隈も政治勢力から「学問の独立」が守られることが重要だと述べている。とは言え、開校時に大隈や小野梓が目指した学問の独立は「国の独立」を果たすためのものであった。

小野は東京専門学校開校式で「一国の独立は国民の独立に基ひし、国民の独立は其(その)精神の独立に根さす、而(しこう)して国民精神の独立は実に学問の独立に由る」と述べている。他方で、1897(明治30)年の創立15周年記念式兼第14回得業証書授与式で、開校以来初めて学校の儀式に参加した大隈も「国の独立」を守るために「どうしても学問は独立させなければいけない」と述べていた。大隈や小野にとって「学問の独立」は西洋の学問からの独立を意味した。こうして、外国語で講義を行う東京大学などに対して、東京専門学校は邦語で教育を行ったのである。

とは言え、日本語の教科書は少ない。そこで欧米の政治・経済・法律書を翻訳して刊行することにした。もちろん高田早苗が述べているように「如何なる学問を問わずその蘊奥(うんおう)を究(きわめ)んとする者は自国の語によりて研究するのみを以て満足せず他の国語を学習して研究の範囲を拡むるは固(もと)より必要」であったが、「案ずるに學問は何れの國に於いても其の國の語によりて學ぶ可(べ)きものなり」(『政治汎論』巻頭「早稲田叢書(そうしょ)出版の趣意」)、要するに外国語の習得に時間を費やすことよりも学問そのものに接することが重要だと考えたのであった。

早稲田叢書として最初に出版された『政治汎論』

こうして高田自らが企画して刊行されたのが『早稲田叢書』であった。高田自らが訳して1891(明治24)年10月に刊行された『政治汎論』を皮切りに、1909(明治42)年まで42冊が刊行されたが、そのうち24冊が翻訳書であった。1900年で区切ると、翻訳書が15冊、日本の学者による著作は5冊のみであった。

(写真左)高田早苗(早稲田大学大学史資料センター)
(写真右)ウッドロー・ウィルソン[『訂正増補 政治汎論』(早稲田大学出版部)より引用]

『早稲田叢書』の翻訳書で注目すべきは、既に名をなした大家の名著を翻訳しただけでなく、新進気鋭の学者の著作が含まれていた点である。『政治汎論』の原著”The State”の刊行年は1889年であった。のちに合衆国第28代大統領となる著者ウッドロー・ウィルソンは32歳で、プリンストン大学の教授であった。政治制度だけでなく、政治の実際の過程に注目した政治学者として活躍したウィルソンは、1909年から10年にアメリカ政治学会の会長も務めた。ウィルソンの他にも、その後のアメリカ政治学の担い手となる若き政治学者の著作が、『早稲田叢書』で翻訳されていた。

1907(明治40)年の創立25周年時に制定された校歌の一番にある「進取の精神 学の独立」は、『早稲田叢書』において実践されていたと言えよう。

 

早稲田大学学生部長 池谷 知明

参考文献
内田満『アメリカ政治学への視座ー早稲田政治学の形成過程ー』三嶺書房、1992年
大日方純夫「日本近代史のなかの早稲田大学教旨」『早稲田大学史記要』第47巻、2016年
早稲田大学出版部篇『早稲田大学出版部100年小史』早稲田大学出版部、1986年

【プロフィール】いけや・ともあき。社会科学総合学術院教授。専門はイタリア政治・比較政治。共著に『新・西欧比較政治』(一藝社、2015)など。
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