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新面目なった會津八一記念博物館

文学学術院教授 肥田 路美

早稲田大学大学院博士後期課程修了。博士(文学)。専門は仏教美術史。著書に『初唐仏教美術の研究』、『浄瑠璃寺と南山城の寺』、『雲翔瑞像』(臺灣大学出版中心)、編著に『アジア仏教美術論集東アジアⅡ隋・唐』、『古代寺院の芸術世界』、『仏教美術からみた四川地域』、『四川夾江千佛岩唐代佛教芸術研究』など。會津先生の「実学論」を実践するべく、中国四川省をフィールドにして、現地機関との共同による石窟摩崖像の悉皆調査を十数年間おこなってきた。2019年4月から早稲田大学會津八一記念博物館長。

 

大階段から《明暗》を見る

4月1日、入学式で湧きかえる早稲田キャンパスで、會津八一記念博物館がリニューアル・オープンした。Waseda Vision150によるキャンパスのミュージアム化構想の一環で、2号館(旧図書館)の展示室はすっかり刷新され、新たな展示空間に生まれ変わった。それに加え、企画意図によって空間をレイアウトする自由度が増して、ダイナミックな構成も可能になった。学芸の腕の見せどころである。さらに考古・民俗部門は、今秋から常設展示を26号館10階の旧125記念室で展開する予定である。1998年の開設から21年目、このたび新たな面目を得た會津博物館を、簡単にご案内しよう。

會津博物館の建物は、近代日本を代表する建築家今井兼次がまだ若い助教授時代に設計した図書館で、大正14年(1925)の建造である。随所に美しい意匠を凝らした斬新な建築自体が、貴重な芸術作品だ。中央の大階段を飾る巨大な円形画面の《明暗》は、日本画の巨匠横山大観と下村観山が当時の高田早苗総長の依頼で合作した。ホールの大扉から階段に向かって歩くにつれ、大観の筆になる黒雲から観山による金泥の日輪が現れる構図である。建物に足を踏み入れることで蒙昧を払って理智が輝きわたると見れば、図書館にも博物館にも相応しい。

そもそも會津博物館は、昭和2年(1927)の大隈記念大講堂竣工記念の講演会で、学問の討究や教育における実物資料の重要性を力説し、早稲田大学に総合博物館が必要だと主張した會津先生――會津八一〈1881~1956〉をいまだに會津先生と呼ぶのも本学の文化だ――の志に発して、七十年の悲願のすえに開設された。恩師坪内逍遥の名を冠した演劇博物館と、これで師弟の名が揃ったわけである。当初より館蔵品の主体は、會津先生が教育・研究の資料として蒐集した中国の古美術と、書家であり歌人でもあった彼の書画作品、本学考古学による昭和初期以来の発掘成果や土佐林コレクションのアイヌ民族資料、大学の長い歴史のなかで蓄積されてきた日本近代美術の作品群である。またこの間、多くの校友や本学に心を寄せて下さる方々から寄贈された数多の学術資料や芸術作品が次々加わって、収蔵品は現在約一万八千点を数える。

ルウンペ 土佐林コレクション

さて、一階ホールの左右には、會津八一コレクション展示室(旧企画展示室)と近代美術展示室(旧大隈記念室)が相対する。前者は東洋美術の展示室で、リニューアル・オープンの展示では、中国古代の銅鏡や金石拓本、インドの仏像などとともに、會津先生が師との出会いの思い出を詠んだ「むかしひと」――演博の前にある逍遥像の台に刻まれている――の原稿も見ることができる。また、部屋の入口右方に置かれた大きな断碑も、素通りは惜しい。江戸後期の高名な考証学者狩谷棭斎の墓碑である。できれば斜めから石面に光を当てて、端正な文字が息づくような立体感をもって刻まれているさまを堪能していただけたらと思う。會津先生の蔵書にある狩谷棭斎の『古京遺文』には、書き入れの付箋がびっしりと貼られており、実物と文献資料を両輪として真理探究を目指した棭斎の学問への傾倒が見て取れる。この墓碑は、東日本大震災で倒壊し、その後寄贈いただいたものであるが、学芸の道が時代を超えて人と人の縁を結び、まるで引き合うように共にこの博物館に落ち着いたことに、感興を覚える。

ホールをはさんだ反対側には、一転して豊かな色彩に包まれたアート空間が広がる。新しく整備された近現代の絵画や彫刻作品の展示室で、学内に本格的なモダンアートや西洋美術に触れる場ができたのは嬉しい。さらにその横の一室は、2003年に旧富岡美術館の収蔵品900余点の一括寄贈を受けて開設された、富岡重憲コレクション展示室である。重要文化財を含む作品群は、東洋陶磁器と白隠や仙厓に代表される近世禅書画を二つの柱とし、早稲田大学初代図書館長である市島春城の印章コレクションなど優品が揃う。年六回さまざまなテーマの展示が工夫され、訪れるたびに新しい出会いがある。かつて谷崎潤一郎と志賀直哉が愛蔵していた平安時代の木造菩薩立像も、常時、静かに佇んで迎えてくれる。

木造菩薩立像 富岡重憲コレクション

二階の旧常設展示室は、このたび最も思い切ったリニューアルが施されて、グランドギャラリーと名称が改められた。大空間の魅力を活かしながら展示レイアウトの可変性を存分に使いこなすことが当面の課題で、近現代美術や西洋美術の作品を積極的に紹介していくとともに、考古・民俗を含めた幅広い企画展示にも力を入れていきたい。

実は、古今東西の雑多なジャンルの作品が混然と一つの大空間の中に展示されていた改装前の常設展示室にも、捨て難い魅力があった。順路も示されない展示ケースの林を随意に彷徨ううちに、宝探しにも似た気分を覚えたものであったし、作られた土地も時代もジャンルも異なる作品間の、予期せぬ響き合いに気づくことも度々だった。新しい文脈を探り出す土壌、新しい発想を捉まえる場は、そうした環境にあるはずであり、それを可能にしてくれるのも、會津博物館の収蔵品の多様で分厚い幅あってこそである。新面目なった各展示室の個性を活かすとともに、東西古今の文化の潮が一つに渦巻く、早稲田らしい博物館でありたい。

新しい令和の時代の會津博物館に、どうぞご期待ください。

参考図書
・吉村怜・大橋一章『會津八一 その人とコレクション』早稲田大学出版部、1997年
・丹尾安典・志邨匠子編「大観・観山合作《明暗》および早稲田大学旧図書館建築基礎資料集」『早稲田大学會津八一記念博物館研究紀要』第2号、2001年
・早稲田大学會津八一記念博物館編『狩谷棭斎-学業とその人』2017年

※当記事は「WASEDA ONLINE」からの転載です。

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