落語家 立川 談笑(たてかわ・だんしょう)
生まれも育ちも東京・江東区砂町。やんちゃでイタズラ好きな三人兄弟の真ん中。学校では成績抜群の優等生。親戚中がその将来に期待を寄せるも、選んだ道は落語家としての人生。今回の先輩は、江戸落語の名跡、六代目立川談笑さん。笑いと感動に彩られた生き方に迫った。
道は一つじゃない!
弁護士を志し、早稲田大学法学部へと進学した談笑さん。入学してすぐ法律サークル「緑法会」(公認サークル)に入会し、ひたすら勉強に打ち込む日々を過ごす。「当時、大学生と聞けば『遊んでいやがて』と世間の大人たちは思っていたことでしょう。だからキャンパスでも飲み屋街でも分厚い法律の本を小脇に抱え、いかにも『おれたちは勉強している!』といったふうに歩いていましたね(笑)」。
卒業と同時に初めて司法試験を受験。努力に努力を重ねたものの、かえってきた成績を見たとき「合格するにはあと3年はかかる」と直感したという。ふと周りを見渡せば自分よりずっと年上の司法浪人生たち。3年かけて合格すればまだいいが、浪人生のままズルズルと年を取っていく自分を想像するとゾッとした。そんな考えが頭をよぎったとき、冷静にこう思った。「一度立ち止まって、別の可能性を考えてみるのもいいんじゃないか」。一つの生き方に縛られないその発想が、落語家としての人生の始まりだった。
一人前の落語家として
「自分が本当に好きなもの、納得できる生き方を探し始めました。商売を始めようか、あるいは起業しようか、そんなことを毎日考えていたときに出会ったのが立川談志の落語です。当時、落語協会から飛び出し、立川流という独自の団体を立ち上げた談志の元には、ビートたけしや上岡龍太郎、高田文夫といったそうそうたる芸人たちが集まっていました。彼らがほれ込んだ談志の落語とは一体何なのか、子どものころから落語好きだった私は、興味本位でホールに足を運んだのです。それはまさに衝撃的な高座でした。まるで生きざまをぶつけるような話しぶりは一つの芸術作品。談志の落語にすっかり魅了された私は、この人の弟子になると心に決めました」。
そして立川一門の門をたたいた談笑さん。師匠である立川談志氏は弟子たちにこう言った。「古典落語50席と、ある程度の太鼓、踊りをきっちり覚えることができたら、昨日入ってきたやつでも二ツ目にしてやる」。落語では高座で話す一つの噺(はなし)を1席と数え、1席を話し終えるために15分から50分もの時間をかける。それが50席。師匠が出した難題にほとんどの弟子たちは挑戦する気もなくしていた。そんな中、「必ず覚える」と決意した談笑さん。司法試験で培った暗記力で、次々と古典落語を覚えていき、入門からわずか2年半で師匠が与えた課題を見事クリア。二ツ目に昇進を果たす。「私が二ツ目に昇進すると兄弟子たちは大騒ぎ。『一体どんな手を使ったんだ』なんて言われましたね。だから『談志昇進試験の傾向と対策』なんてレジュメを配って、兄弟子たちの昇進を応援しました(笑)」。
一人前の落語家として師匠から独立を果たす二ツ目。どれだけ多くの仕事を獲得できるかは、すべて自分の実力にかかってくる。「二ツ目となってから9年後、真打ちに昇進しましたが、二ツ目に昇進したときの方が断然うれしかったですね。ようやく自分の力で戦えるようになったのだと実感できましたから」。
とにかく大爆笑!
もともと庶民の娯楽として誕生した落語。しかし、今を生きる多くの人たちにとって落語は伝統芸能の一つになってしまっている。談笑さんはそうした落語に対する世間のイメージを改めたいと話す。「本来、落語はその時代に生きる人々のためにあるものです。だから若い人が古典落語の価値観や言葉を理解できないというのであれば、現代風にアレンジして受け入れやすく工夫します。誰が聞いても笑える落語でなくては意味がないです。昔の人のために落語をやっているわけではありませんから」。そんな談笑さんが目指す落語とは?「とにかく大爆笑! それでいて感動的な噺をしていきたいですね。落語ってこの程度だと高をくくっている人たちを驚かせたいのです。いつかハリウッド映画と肩を並べて戦うことを目指しています」。
タフになれ!
順風満帆な人生を送っているかに思える談笑さんだが、落語家として骨をうずめる決意ができたのは最近のことだという。「立川一門に入門した日から、今日まで必死に頑張ってきました。しかし、今の自分が『仮の自分』なのではないかという思いが心のどこかにずっとありました。何かをきっかけに落語から離れ、別の人生を歩むことになっていたかもしれませんね。真打ちとなり弟子を取ったことでようやく落語家として人生をまっとうするのだと思えました」。
落語家としての自分、一人の人間としての自分、両方を広い視野で見つめ常に新たな可能性を探し続けてきた談笑さん。早稲田大学の後輩たちにこんなメッセージを贈ってくれた。「人生は何が起こるか分かりません。必死に勉強した末に就職したって、辞めてしまえば努力も無駄になってしまいます。あらゆる可能性を受け入れられる柔軟性を身につけておくといいと思います。そしてタフになってほしいですね。どんな土地でも、どんな環境でも、どんな壁だって乗り越えられるくらい、タフになれ!」
東京都出身。1991年早稲田大学法学部卒業。1993年7代目立川談志に入門、立川談生(だんしょう)を名乗る。1996年二ツ目に昇進。2003年二ツ目のまま6代目立川談笑を襲名。2005年真打昇進。毎月国立演芸場にて、「立川談笑月例独演会」を開催。2015年平成26年度彩の国落語大賞受賞。
「立川談笑Web」:http://danshou.jp/