Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早大生に告ぐ 令和時代に学ぶべき、たった2つのこと 夏野剛×入山章栄

新入生の皆さん、入学おめでとうございます!

と、言いたいところなのですが・・・。

新型コロナウィルスの影響により、世界は大混乱に陥っています。早稲田大学も卒業式・入学式が中止となり授業開始も大幅に遅れることになりました。しかし、このような混乱が仮になかったとしても、今の日本は大学に入学したからといって早々、浮かれていられる状況ではありません。平成の30年間、日本は先進国で一人負けの状況(※)で経済成長から取り残され、名だたる大企業がグローバル化の波に乗り切れず、四苦八苦しています。そんな令和時代を、大学生はどのように生き抜いていくべきかヒントをもらうべく、経営のエキスパートといえる二人の研究者に対談していただきました。

一人は慶應義塾大学政策・メディア研究科特別招聘教授で、世界初の携帯電話を利用したインターネットサービス「iモード」を立ち上げたことでも知られる実業家、夏野剛氏(1988年早稲田大学政治経済学部卒業)。もう一人は入山章栄・早稲田大学ビジネススクール教授です。歯に着せぬ言動で注目の二人に、グローバル視点での日本企業の現在位置や、働く者の意識を縦横無尽に語ってもらいました。まずは二人の学生時代のエピソードから、令和を生きるヒントを拾っていきましょう。

※)名目GDP成長率での比較(IMF統計)

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大学時代、ITの進化でそれまでの努力が意味なくなった

大学時代、ITの進化でそれまでの努力が意味なくなった
夏野
僕は早稲田の政経を出ているのだけれど、ゼミに入ってすごく勉強させられました。すでに退職されていますが大西健夫教授(経済学)のゼミで、入って最初にやらされたのがフォートラン(※)でした。あの頃はまだ計算機センターと呼ばれるような所に行かないと、高性能なPCが使えない時代で。要は「最小二乗法」をやらないといけないわけです。

※)IBMで考案されたプログラミング言語で、関数・複素数・配列表記などの複雑な数値計算に対応していた。

入山
最小二乗法をフォートランでやってたんですか!それはすごい、、、
入山章栄教授、夏野剛教授
左から入山章栄教授、夏野剛教授
夏野
自分で課題を設定して、『国民経済計算年報』から手打ちでデータを入力して、毎週、マクロの分析を発表させられるんです。で、発表するごとにものすごく突っ込まれるんです。夜10時ぐらいまで帰れなくて、ゼミ生は13人いたんですけど半分が辞めました(笑)。
入山
そんな無茶苦茶なゼミ、今はないですよ(笑)。
夏野
ちょうどそれをやっていたときに「マルチプラン(※)」という表計算ソフト、つまり「エクセル」の前身が出たんです。このときに「なんだ、俺がフォートランで3カ月かかったのが一瞬でできるじゃないか」と思ったことが、僕の原点です。

つまり ITを使うと、何年も学んで時間をかけてやってきた仕事が一瞬にしてなくなるということが分かって「僕はITを使う側に行くぞ」と思った んですよ。それからPCを武器にして生きてきました。

※)Microsoft Multiplan(マイクロソフト マルチプラン)。マイクロソフトが開発した初期の表計算ソフト

入山
原点が学生時代にあったと。なるほど、いい話ですね。
夏野
ゼミ以外の授業はつまらなかったですね。 教授から学生へワンウェイの講義と自分で演習することの興味度が、こんなに違うのかと痛感 しました。
入山
いいゼミに恵まれましたね。 座学は本当につまらない ですからね。
夏野
そのあと僕はアメリカの大学院に行ったんですけど、日本のような座学なんていうのは基本的になく、座学であってもインタラクティブでした。「あ、ワールドスタンダードはこっちなんだ」と知りました。
入山章栄教授
入山
僕は大学は慶應に入ったのですが、入試で燃え尽きた典型的なパターン。 実家が練馬で、キャンパスが日吉ということもあって、最初の2年ぐらいはマージャン、バイト、女子学生と遊んでいて全然大学に行かない生活でした。

それが3年のときに、経済学者の木村福成先生(慶應義塾大学教授)がアメリカから帰ってきたんですよ。博士号も取ってニューヨーク州立大で助教授もやって、世界銀行でコンサルタントをやっていてバリバリに活躍していて格好よかった。

先生はアメリカで勝負していた人だから、日本の大学生の学力基準がよく分わかっていなくて、いきなり最先端のガチな回帰分析を使いまくった論文を、英語で読まされるんですよ。数式満載のやつを。当時、僕はPCというのはよく分かっていなかったので、まずはワープロの「書院」に付いていた表計算ソフトから始めました(笑)。その後、Macに出合ってからはデータ分析にはまりましたね。

あと、木村先生がよく分からないけれど格好いいことを話していて、背後にアメリカを背負ってる感じもあって、 ちょっと憧れたんですよね。その憧れが今の自分につながっていますね。
夏野
確かにそういうのはありますね。大西先生も、ドイツのゲッティンゲン大学から帰ってきたばかりでした。
入山
やっぱり、まだ日本の大学生の事情をよく分かっていなかったんでしょうね (笑) 。
入山章栄教授、夏野剛教授
夏野
僕は中学のころからコンピューターオタクだったのですが、実学で使うというのは大学時代からでしたね。マルチプランが出てきたときの衝撃はすごくて、「もう、俺がやっていたことが全部意味なくなる」と思った。だから 今も新しいテクノロジーの食わず嫌いをものすごく気を付けています。世の中でこういうものがいいよ、と言われているものは一通り全部試しています。
入山
素晴らしいですね。
夏野
もちろん試して駄目なものもいっぱいあるんですね。でも全部やります。今だってテスラに乗っているしアイボもいるし、何でもあります。蓄電池も自宅に導入しました。

キャリアプラン通りに生きるなんて無理

キャリアプラン通りに生きるなんて無理
夏野
僕が卒業したときは、バブルの少し前ぐらいの“超”売り手市場で、どこの会社でも入れたんです。都市銀行は13行もあって、目をつむっていても入れた。僕は東京ガスに就職したのですが、なぜかというと、どんな名門企業に入ってもみんな若手は下働き、駒なんですね。

どうせ下働きだったら自分の学生時代に築いたネットワークを維持したい と思って。僕はいろんなネットワーク作りが好きで、東大・慶應と早稲田の3大学で政治家や経営者を呼んで勉強会を開いていたんです。このネットワークを維持するための最大の敵は地方への転勤だったんですよ。
入山
地方への転勤が嫌だとすると、「損保」とかありえないわけですね(笑)。
夏野
そうなんですが、うちのおやじが損保だったんです(笑)。
入山
はははは(笑)。
夏野
おやじの背中を見ながら、小学校は5つ通いました。夜中に何か両親が話しているなと思ったら、突然、来週が引っ越しということもあって。でもそれがエリートコースだったりする。そうすると全く人生が会社一本になっちゃうんですよ。だっていきなり知らない土地に行ったら、友人がいないから、土日も会社の人と会って、夜も会社の人と遊んで…全部会社一色。内定4つもらっていたけど、これは避けるべきだと思った。
1987年の米国ニューヨークのタイムズスクエア
日本がバブル経済を謳歌していた1987年、
米国ニューヨークのタイムズスクエアには日本企業の看板があふれていた(共同通信)
2018年のタイムズスクエア
2018年のタイムズスクエア(DANIEL SLIM AFP)
入山
正しい判断だったと思います。
夏野
それと、とにかく アメリカでMBAに行きたかった。 英語ができる人が絶対にいない会社に行けば目立つと思って、そこは戦略的に考えました。
入山
では、まんまと 社内留学制度を使って会社の金で留学して、バッサリ辞めた と。最高ですね、会社を使い倒している。
夏野
(笑)。足を向けて寝られませんよ。でもその分、仕事もしました。都市計画の企画・設計・事業化などを行う部署に配属されたんですけど、何千万円もかけたシミュレーションソフトがあったんです。これがガタガタ言いながら、作業に結構時間がかかるんです。それを僕は当時のエクセルを使って、一瞬でできるように全部作り変えてしまった。また、提案書は印刷会社に頼んで作っていた時代だったのですが、「一太郎」と「花子」で全部作りました。

だけど他の人ができない仕事を独占しているもんだから大変なことになって、一人だけ夜遅くまで帰れなくなっちゃいました。でも仕事をしたおかげで留学の社内選考とかもスイスイで。
入山
僕は大企業の若手に、「会社は使い倒した方がいい」と言うようにしています。 所属するとこじゃない、会社のリソースをさんざん使え、使ってつまんなくなったら辞めろと。 大学についても同じことが言えると思います。
夏野
それで「Win Win」なんですよ。 個人と組織は本来、対等なはず なんです。
入山
今の時代だったら言えるんですけど、あの時代に夏野さんのように意識してやってるって、すごいですよ。
夏野
1994年にヤフーアメリカが創業され、そのときの留学先のペンシルベニア大ウォートン校(米国)では、インターネットがビジネスにどういう影響を与えるかというコースをやっていたんですよ。 そのコースを取って、 僕の人生が決まっちゃいました。

まだアメリカにも何のアプリケーションもない時代なのに、ディスカッション内容が「インターネットがATM や航空会社のCRS(※)につながったらどうなるか」なんて内容で。

※)航空機などの座席予約システム

入山
それが、1994年の時点で、MBAで行われているというのは相当すごいことですね。
夏野
趣味と実益の一致 でした。それでインターネットの業界に行っちゃって、会社をつぶして大失敗した(笑)。
入山章栄教授
入山
僕の場合は木村先生への憧れがあったので、慶應では修士まで行きました。そのまま博士になって経済学者になろうかなと思ったのですが、また何となく 格好が良さそうだったんで三菱総研にエコノミストとして入った んです。そうしたら先輩たちがガンガン海外出張していて、自分も行きたいなと。

そこで「あ、海外に住めばいいんだ」と突然思ったんです。そこで入社3年目ぐらいに「アメリカで博士号を取ってきます」と言って、会社から推薦状をもらって受けたら、向こうの大学院の博士課程に受かった んです。経済学を学ぶためだったんですけど、でも受かってから何か少し違うなと思いだしたんです。理由は経済学がレッドオーシャンになってきていたのと、経済学とは別に「経営学」という分野があるということを知ったから。

それで 経済学より経営学の方が面白そうだなと思って、いろいろ調べたら経営学という分野では、当時のアメリカでは全然日本人がいないということに気付いたんです。 これは超ブルーオーシャンだな、と。
夏野
本当にいないんですよね。
運転席に座るゴーン社長
日産とルノーの資本提携によって、日産CEOとなったカルロス・ゴーン氏(共同通信)
入山
あと、三菱総研では最初はコンピュータ・シミュレーションでの経済予測とかをやっていたんですけど、一方でたまたま自動車調査の仕事も担当してたんです。カルロス・ゴーン氏が来たビフォーアフターの日産などをお客さんにして。その時の日産の変わりっぷりが面白かったんですね。
夏野
おおお。
入山
銀座にあった当時の日産の本社ビルが半分に割れるように、ルノーの人たちはピカピカのオフィス、日産の人たちは旧来以前のくたびれた事務所みたいな感じで。外資に買われるということはこういうことなのか!と。
夏野
めちゃくちゃ面白い!
入山
それまで日産は官僚的な会社で、会議の内容も「何をするか」を求めるよりも、「あそこが違う、ここが違う」という批判を繰り返す「頭がいい自慢コンテスト」になるような会社だったのですが、ゴーン氏が来てから急にクロス・ファンクショナル・チーム(※)になって、トップが結果を出さなければならないから、社員の仕事への取り組み方が急にシビアになった印象がありました。それまでスルーされていたような見積もりの項目にまで「根拠を」とかギリギリ詰めてきたので、「なるほど、これがゴーンショックなのか」と実感しましたね。

※)部門ごとの縦割りではなく、横断的にさまざまな経験・知識を持つメンバーを集め、課題を解決していく組織。

夏野
よくあるパターンですね…。
入山章栄教授、夏野剛教授
入山
ゴーン氏は賛否がありますが、外資に買収されるとこんなに変わるんだと。他にもトヨタやホンダなどの自動車メーカーもいろいろ見て、会社って面白いなと思ったんですけど、僕は「経営」を自分ですることには興味がないが、それを学者の立場で見るのは面白いのではないか、と思ったんですね。

しかも海外の経営学の研究論文を見たら、僕の好きなデータ解析をやる分野で、しかも理論表記が自然言語なんですよ。僕はあまり理論を数学で書くのは好きではなかったから、これだと思って。「アメリカに住みたい」というところから始まったら、経営学に転向することになっていった んですね。結局、経営学でアメリカの大学院に合格するのには3年かかりましたが。
夏野
「キャリアプランを作らないといけない」と言う人がいっぱいいるけど、それは無理 だよね。
入山
だって何があるか分からないですもん。
夏野
何と出合うか分からないので、結局は「自分がこれだ!」と思うところに行くしかない。そこは絶対に確信があるから 。でも、間違えるかもしれない。僕は会社を一個つぶしちゃいましたけど。でもやっぱり自分がここだと思っているところに行く分には、学びも大きいし、すごい蓄積になるんです。
入山
何より楽しいですよね。
夏野
ま、すごく大変ですけどね…。
入山・夏野
(笑)

世界共通のオールマイティなスキルを武器にせよ

世界共通のオールマイティなスキルを武器にせよ

グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルを総称するGAFAのロゴマーク(ロイター=共同)

入山
個人的には 今の大学生はすごくうらやましい と思っていて。圧倒的に環境の変化が激しくて楽しい
夏野
何でもできるからね。
入山
僕たちのころはまだまだ終身雇用世代だったんで、夏野さんみたいな方は例外として、基本はやっぱり特定の会社で勤め上げる、という感覚を持っていたんです。今の大学生ってそんなのないでしょう?

先日も「ビジョナル(※)」社長の南壮一郎さんに授業に来てもらって「20」「60」という面白い数字を紹介してもらったんです。20は会社の寿命で20年、60は人生100年時代に、これからの若者が働き続けなければならないかもしれない年数 のことです。会社の寿命は統計的に明らかになっていて、なくなるのが前提なんです。

※)転職サイト運営会社「ビズリーチ」などを傘下に持つ

つまり 今の世の中、統計から言ってストレートに就職して勤めあげても3回は転職する必要がある。でも逆に言うと、めちゃめちゃ変化するからその中を生き抜いていったら、すごく力もつくし、エキサイティングじゃないですか。 本当にうらやましいなと思いますよ。
夏野剛教授
夏野
僕だって大企業を出て、ベンチャーをやって失敗して、また大企業に戻っちゃいましたから。でも大企業で超イノベーションを作ったんで、ベンチャーでなければイノベーションができないっていうのも違うし、大企業だってできる。そのときは「NTTドコモ」に拾われて、使い倒してやろう、と思ったんですよ。
入山
変化が激しい中では、会社を辞めるだけではなく、選択肢の一つとして大学を途中で辞めるということもあっていいですよね。
夏野
僕はいいと思っています。昔は早稲田ってそういう雰囲気がありましたよね。堂々と「中退」って書く文化があって、メディア人なんかに多かった。日本の大学の場合、エントリー(入学)が大事なので別に完了することにそんな大きな試練が待ち構えているわけではないから。

中退っていうのは、大学側にはいいことじゃないかもしれないけど、僕は二通りの中退者が増えていいと思う。一つは大学在学中に自分の道が見つかった中退で、もう一つは大学の勉強をちゃんとやらなかった中退。この両方が増えて健全だと思う。その代わり、エントリーをもうちょっと多様化してもいいかなと思いますけど。

ただ、いずれにせよ必要なのは、大学にいる間に自分の武器になるようなものを何でもいいから身に付けること ですね。何もそういうことが思い付かなかったら、取りあえず プログラミングと英語だけはやっておく。この二つは世界共通、どこでも使えるオールマイティーのスキル なので。
トラビス・カラニック CEO
2016年、インドで講演する、米配車サービス大手「ウーバー・テクノロジーズ」のトラビス・カラニック CEO(ロイター=共同)
入山
最近、「Uber」とか「Airbnb」に代表されるように、スタートアップ企業がすぐにグローバル化できるようになってるんですよ。これ20〜30年前にはなかった話で。

それまでは国内でまず20年ぐらい実績を作ってから海外に出ていたんです。でも今は2年目、3年目でバンバン世界へ行くんですよね。あれは多分、夏野さんのいう通り、世界中でプロトコルがそろってきたからで、一度ビジネスを始めると共通言語がそろってるところはどこへでも行って事業展開ができるんです。 それがまず英語なんですよ。次はプログラミング言語で、これらはどこへ行っても一緒です。

例えばインドには、アメリカの会社が次々と進出しています。日本はプログラミングができる学生は増えているのでいいと思うんですけど、英語が苦手な学生はまだ多い印象ですね。
夏野
プログラミングって言っても、AIのプログラムとかのものすごい話じゃなくて、正直言ってエクセルでマクロが使えれば十分だと思う。
入山
その感覚があれば十分ですよね。
夏野
エクセルでほとんどの経済分析ができるから。学生たちはとにかく、無駄に時間を過ごさないでほしいんだなあ。4年なんてあっという間 に過ぎる。だから学生は 早稲田の4年間を無駄にせず、社会に出て武器になるツールをいっぱい手に入れるようにしてください
プロフィール
プロフィール

夏野 剛(なつの・たけし)

慶應義塾大学政策・メディア研究科特別招聘教授。株式会社ドワンゴ代表取締役社長、KADOKAWA株式会社取締役、TOKYO2020オリンピック・パラリンピック組織委員会参与など。1988年、早稲田大学政治経済学部卒業後に東京ガスへ入社。1995年、米国ペンシルベニア大学ウォートン校修了(MBA)。ベンチャー企業の副社長を経て、1997年、NTTドコモに入社し「iモード」や「おサイフケータイ」などのサービスを立ち上げた。Twitter:@tnatsu

入山 章栄(いりやま・あきえ)

早稲田大学ビジネススクール(大学院経営管理研究科)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米国ピッツバーグ大学経営大学院より博士号取得。同年より米国ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授を経て2013年より早稲田大学准教授。2019年より現職。著書に『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)など。Twitter:@AkieIriyama

取材・文:河嶋 一郎(こうしま・いちろう)

1964年京都府宮津市生まれ。同志社大学法学部卒業後、1989年産経新聞社入社。大阪・東京社会部で事件、行政、皇室を担当。東北総局次長、(株)産経編集センター企画部長を経て、2019年退社。以後、フリーライターとしてインタビュー取材を中心に活動。
撮影:加藤 甫
編集:早稲田ウィークリー編集室
デザイン:中屋 辰平、林田 隆宏、PRMO
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