ファッションの“面白さ”をたくさんの人に伝えていきたい
ファッションライター 栗山 愛以(くりやま・いとい)
ファッションをこよなく愛するライター、栗山愛以さん。ファッションブランド「コム デ ギャルソン(COMME des GARCONS)」で広報を務めた経歴を持つ一方、早稲田大学、大阪大学大学院、首都大学東京大学院で学位を取得。「ファッションライター」という今の肩書きからは想像しにくいバックボーンも持っている。その特異な経歴に至った動機、そしてそのためにとった行動をひもといていくと、穏やかな表情やたたずまいとは対局にある、情熱的な探究心があった。
『ファッションも学問になり得るんだ』という気付き
長崎県出身の栗山さんが早稲田大学に進学した理由は、「まずは東京に出たかった」から。その中で、もともと興味があった文芸や演劇を学ぶことができる早稲田大学第一文学部(※当時)に入学。だが、実際に文芸や演劇について学んでみると、自分がしたいこととのギャップに気付いたという。
「何かが違うなぁと。創作人というか、無から何かを生み出すタイプではなく、人が作った文に対して批評することの方が向いているのかな、ということが分かったんです」
そんなとき、偶然の出会いがあった。たまたま見ていた生涯学習番組『NHK人間大学』(NHK教育・1992~1999年)でファッションについて語る哲学者、鷲田清一氏だ。その番組内容は、後に『ひとはなぜ服を着るのか』(NHKライブラリー)のタイトルで書籍化もされたものだった。
「私もずっと小さいころからファッションが好きだったんですけど、それを職業にしたり、学問にしようという発想は全くありませんでした。趣味じゃなきゃいけないというか、もっと軽薄で軽いものだと思っていたんです。でも、鷲田先生がファッションについて語っているのを見て、『ファッションも学問になり得るんだ』と知り、自分の道が開けたような気がしました」
「鷲田先生の下で学びたい」。そう思い立った栗山さんは、当時大阪大学の教授だった鷲田氏へ手紙を書き、大阪を何度も訪ねてゼミを受講し、ついには大阪大学大学院の受験を決意。文芸専修でありながら、大学院試験に備えて哲学についての学びを深めていった。
「自分が文芸専修だからこうでなければいけない、とは考えずに、これをやりたいと思ったら自分で勝手に動くことができたんです。卒論についても哲学専修の先生に見てもらいましたし、語学に関しても受験でフランス語と英語が必要だったので、早稲田で受けられる講義は何でも受講しました。せっかく早稲田大学という場にいるのだから、図書館も含め、ここでできることは最大限に活用しましたね」
念願かなって、大阪大学大学院に進学。鷲田氏の研究室でファッションについての研究に没頭したが、学びを深めるほど、「ファッションの現場を知らなければ、いくら学んでも机上の空論ではないか」という思いに駆られてしまったという栗山さん。そこで、大学院卒業後はかねてのファンだった「コム デ ギャルソン」に入社。販売職を経て広報を担当することで、創業者でカリスマ的ファッションデザイナーの川久保玲氏とも接する機会を増やしていった。
自分の好きなものはちゃんと貫き通す

栗山さんがファッションライターになるきっかけとなった『SPUR』2013年5月号の記事
コム デ ギャルソンで広報を務めて7年。ファッションの現場を肌で知った栗山さんは、再びファッションについて学ぶため、大学院への進学を決意。今度は哲学ではなく、社会学からのアプローチを考え、社会学者、宮台真司氏が教授を務める首都大学東京大学院への入学を目指した。
「大学院に進むためにまずしたことが、早稲田大学への学士入学でした。ここで受験に備えた勉強をしてから、首都大学東京の大学院に進んだんです」
再び早稲田で過ごした1年間。この時期にやり始めて、のちに大きな意味を持つようになるのが日々のブログ更新だった。
「退職して時間があったこともあって、『ファッションについて日々思うこと』というような内容と、あとは独学のイラストをアップし続けました。それは首都大学東京時代もずっと続けていたんですが、コム デ ギャルソン時代にもお付き合いのあったファッション誌『SPUR(シュプール)』(集英社)の編集者から『いつもブログを見ています。一度、遊びに来ませんか?』という誘いをいただいたんです」
そのとき、ちょうど『シュプール』で進めていたのが「会社を辞めて学校に進んだ人」という特集企画。栗山さんは、その企画で“取材対象者”になると同時に、取材をする立場の両方を担当することになった。そこから、ファッションライターとしての活動が始まったのだ。
「だから、ライターになったそもそものきっかけはブログから。何事も誠実に続けていると、誰かが見てくれているものなんだなぁということは感じましたし、学生の皆さんにも真面目に続けることの大切さはお伝えしたいことですね。また、就職だけが道筋ではないということも」
大学時代までは趣味としてファッションをたしなみ、その後は、研究対象として、ファッションブランドの一員として、さらにはライターとして、さまざまな側面からファッションと関わり続けてきた栗山さん。そんな彼女が、これからの自分に抱く目標や夢とは何だろうか?
「学問として少し難しく考えた経験もあるからこそ、もっと幅広い人に、楽しくユーモアも交えながら、他の人とはちょっと違う視点からファッションについて伝えていきたいんです。例えば、海外ではファッションショーが行われた翌日の朝刊で、ショーの内容に関する批評記事をライターやジャーナリストが寄稿します。その文章がまた素晴らしいんです。比喩表現も多彩で、さまざまな知識、文学やアート、映画などの情報も交えながら書かれています。私は、そういったことができる人間になりたいと思っています」
ファッションショーだからといってファッションのことだけを書けば、それに興味がある人にしか伝わらない。より多くの人に発信していくために、持っている知識や経験を総動員する。その意味で、栗山さんがさまざまな学び舎で過ごし、各界の第一人者と接してきた経験が役に立つ日が来るはずだ。
「私は、ファッションの“面白さ”をたくさんの人に伝えていきたい。ファッションについて語ること、仕事にすることはこんなにも楽しいことなんだ、深いことなんだ、というのをお伝えして、説得したい! それが私の夢ですね。そのためにも、別に誰に何と言われてもいいから自分の好きなものはちゃんと貫き通す。そんな気持ちを私は持っていたいと思います」
取材・文=オグマナオト
撮影=石垣星児
【プロフィール】
栗山愛以(くりやま・いとい)
長崎県出身。1999年早稲田大学第一文学部卒業後、ファッション論の第一人者である鷲田清一氏の下で学ぶため、大阪大学大学院に入学、2001年修了(哲学修士)。同年、コム デ ギャルソン入社。2010年退職。早稲田大学への学士入学を経て、2011年首都大学東京大学院(人文科学研究科博士前期課程社会学教室)入学、2013年修了(社会学修士)。現在はファッションライターとして、さまざまな雑誌に寄稿するなど、活躍の幅を拡げている。『FIGARO japon』での連載「栗山愛以の勝手にファッション談義。」