Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

マキとジョン 洗練の極致としての“あべこべ夫婦” 理想的な夫婦の形とは

「最も自然体で、無理がなく、好都合で、理想的な形」の「友情結婚」をされた「あべこべ夫婦」のマキさんとジョンさん。お二人が考える「家族」の在り方についてお聞きしました。

 

マキ(本名:宮本 昌樹)

早稲田大学教育学部卒業。大学在学中から東京・六本木のゲイクラブ「プティ・シャトー」で活躍。“現役早大生ゲイボーイ”として、マスコミから注目される。卒業と同時に、フリーで全国を行脚。前橋で「レストランクラブ・貴婦人」を6年経営。その後、雇われママ、進学塾の講師、OLなどさまざまな職を経験。2008年、ドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」に「マキさんの老後」として取り上げられ、再脚光を浴びる。

ジョン(本名:宮本 佳枝)

伊勢崎市立女子高校卒業後、高輪プリンスホテルに就職、宴会場係を務める。その後、六本木のレズビアンクラブで修行後、前橋に帰郷。独学で料理を学び、「パブハウス・ジョン」を8年間経営。閉店後、伊香保温泉の老舗旅館、イタリアンレストランなどでの勤務を経て、現在は介護福祉士の国家資格を取得し、介護の仕事に従事。「ジョン&マキクラブ」http://www5e.biglobe.ne.jp/~johnmaki/

お互いに公平で好都合な結婚

―マキさんとジョンさんの出会いについてお聞かせください。

ジョン

二人の出会いは、前橋のゲイバーです。私はスナックを経営していたのですが、常連だったゲイバーのママから、「六本木直輸入のすごい子が入ったから、お店に来て」と電話がかかってきました。でも、いつも閑古鳥が鳴いているような店なので、信用していなかったら、今度はうちの常連のお客さんが「本当にすごい子が入った」とわざわざ教えにきてくれたんですよ。やっと重い腰を上げて見に行ったら、歌も踊りも洗練されたショーを見せられて、カルチャーショックを受けました。それがマキちゃんだった。それから通いつめるようになり、アフターにも誘って、毎日朝まで語り合って、すっかり意気投合しました。異性愛者同士ならここで愛が芽生えるのでしょうけど、私たちの間にあるのは、精神的な絆ですね。

マキ

私はその頃、六本木の「プティ・シャトー」の先輩に誘われて、前橋のお店にゲストに来ていたの。前橋と東京を行き来しているうちに、ジョンが「彼を紹介するから引っ越してきちゃえば」と言うので、前橋に引っ越してきました。最初は、“スープの冷めない距離”の同じマンションの隣同士に住んでいたわね。

―お二人は、どのような経緯で「家族」になりましたか。「友情結婚」とはどのような意味でしょうか。

マキ

なぜジョンちゃんと結婚したかというと、そのほうが好都合だったからです。当時は、完全に性転換したとしてもDNAが男であるというだけで戸籍を変えることはできず、愛する人と家族になるためには、養子縁組しかなかったの。私は長男で跡取りだから、お墓や仏壇を絶やすわけにはいかないし、世間体や市民権が欲しいので、どうしても結婚したかった。でもストレートの女性と偽装結婚しても相手に対して失礼だし、一生治らない“男好き”を世間から公認してもらうこともできません。実は私は、学生の頃から、ゲイとレズビアンが友情結婚をすれば、お互い対等で不公平がないと公言していたんです。当時の性的マイノリティにとっては、これがベストな選択だったと思う。私たちのことを共依存とか同類相憐れむと言う人もいるけれど、そうではないわ。私たちの結婚には、3つの誓いがあります。1つ目は、セックスレス。2つ目は、同性との恋愛は自由。3つ目は、隠し事はせず全てをオープンにするということです。



マキ

不思議なもので、前橋に来る前に占いの先生から、「これから、経験したことのないような、違う形の恋愛が2つあって、そのうち一人とは結婚しますよ」と言われたんです。その時は意味が分からなかったけど、一人はジョンの紹介で18年続いた彼氏で、もう一人はジョンのことだったんです。さらに不思議なのは、ジョンは私の祖母に見た目がそっくりなこと。私の母や姉に紹介した時もびっくりしていたくらい。

ジョン

作る料理も似ているんですって。

マキ

私はおばあちゃん子なんですよ。今でも覚えているのは、ある雨の日、前橋のお店でジョンちゃん来ないかなと待っていたら、予告もなしにひょこっと現れたの。その姿を見てよみがえったのが、小学校の下校時に雨が降っていて、そこにおばあさんが学校に傘を持って迎えに来てくれて、ほーっと安堵したときの気持ち。ジョンは、おばあさんの生まれ変わりだわって思った。

―ジョンさんは、結婚をどういうものと考えていましたか。

ジョン

老後は一人で寂しいだろうなと思いながらも、自分は一生独身だろうと思っていたんです。でも結婚して、私たちよくけんかはするんですけど、老後も支え合って生きていけるし、良かったなと思いますよ。

―夫婦にとって一番大切なことは何だと思いますか。

マキ

この年になって思うのは、情と相性。特に、食の好みは合っていたほうがいいわね。二人とも唯一受け付けないものが共通しているの。1つは真っ赤な福神漬け。もう1つは、コンビニ弁当に入っているような真っ黄色のたくあん。でも柴漬けは食べられるのよ。

自由な早稲田大学だから自分らしくいられた

―話は変わりますが、マキさんはどのような学生生活を送っていましたか。

マキ

教育学部の国語国文学科の学生でした。思い出に残っているのは、同じ演目を歌舞伎とお能で鑑賞するというもの。歌舞伎のほうは、舞台も衣装も派手で面白かったのですが、お能のほうは、最初は能舞台の格調高い雰囲気に感動しているものの、だんだん眠くなって寝てしまったわ。関西方面へのゼミの研修旅行や軽井沢でのゼミ合宿もよく覚えています。

21歳、早大生の頃。アイビールックでおしゃれしていました

マキ

服装に関しては、入学したときは男装でしたが、途中から女装していました。卒業式と謝恩会は、舞台衣装に毛皮を羽織って、頭にちょこんと角帽を載せて出席しました。当時は、今よりは周囲の目はきつかったけど、大学の中で石を投げられたりするようなあからさまな差別はありませんでした。たまに「おかま」って言われたりするくらい。早稲田大学は自由な気風だったから、女装してても、大学からは何のおとがめもなくて、教授たちも「宮本くん、今日は色っぽいね」と声を掛けてくださるくらい、おおらかな雰囲気でした。でも仲良くしていた男友達が、私が女装したとたん、口もきいてくれなくなったことがありました。その人のことはタイプでもないし、口説いたこともないのに……。今だったら、「あんた、教員志望でそれはないんじゃないの」と言えるけど、あの時はだまっていたわ。

―フジテレビ系列のドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」の一場面で、マキさんが、大隈公の銅像に礼をされていたのはなぜですか。

7年がかりの卒業式。本人は吉永小百合さんの気分でした

マキ

1回目は、ごあいさつ。2回目はこのような素晴らしい大学で7年間を過ごし、無事に卒業させてもらったことへの報恩感謝。3回目は落ちこぼれの不肖の卒業生をどうぞお許しください、何とかはい上がれるように見守っていてくださいというお願いです。礼儀は大切にしたいと思う私って、古風なのかな。

―早稲田大学は国内の大学としては初となる、性的マイノリティの学生とジェンダー・セクシュアリティについて関心のある学生のためのリソースセンター「GSセンター」を設立しました。そのことに対して、どう思われますか。

マキ

まず言いたいのは、今は当たり前になっている大学のバリアフリー化は、乙武洋匡くんの『五体不満足』(講談社、1998年)がベストセラーになった後なのよ。ジェンダーフリーは、10数年前から少しずつ認知されるようになってきましたが、まさか大学が、LGBT稲門会を正式に認め、GSセンターに職員を配置して、運営予算をつけて、キャンパスの一等地にレインボーフラッグを掲げるようになるとは思いませんでしたね。すごいことだわ!

マキ

ただ、早稲田大学がそうでも、就職ではまだ差別が残っているかもしれない。もし同じ成績で、ゲイやレズビアンとストレートの子がいたら、私が経営者でも後者を採用すると思う。私たち考え方がまだ昭和なのよ。

ジョン

一般人の考えは、そうでしょうね。

マキ

最初はLGBTであることを隠して就職して、後から小出しにすればいい。それが原因で解雇されることはないと思うから。

―後輩たちに、伝えたいことはありますか。

マキ

若さは、ばかさじゃないけど、「あのとき、こうしておけば」と後悔することが多くあります。今の脳みそを二十歳前後の自分の体に移植できたら、かわいげはないかもしれないけど、したたかに成功者としての人生が歩めたのではないかと考えますね。今の若い人たちは、バブルを知らないから、贅沢もしないし、人生設計がしっかりしていらっしゃる。

ジョン

私も、宵越しの金は持たないと思う性格でしたし、バブルの頃は毎日お金がどんどん入ってくるので、貯蓄しようなんて思わなかったですね。お金を使い切ったときに目が覚めるのですが、その時はもう取り返しのつかないことになっている。若さゆえの未熟さが、人生の流れを随分狂わせてきたと思いますよ。今の時代は、若いからといって未熟ではだめですね。そんなばかな学生いないでしょ。

マキ

いないわよ~!

今日あったことを話しながら晩酌をしているときが幸せ

―最後に、お二人が、家族っていいなと思う瞬間を教えてください。

マキ

「いってきます」「いってらっしゃい」「ただいま」「おかえり」「今日何食べる」という、たわいのない会話をしているときね。今日あったことを話しながら、晩酌をしているときも幸せよね。

ジョン

一人で食事をするのは寂しいと思いますよ。介護の仕事をしていると、一人暮らしのお年寄りの家に行くことが多いんですよ。長く一人で暮らしている人は、こちらが思うほど寂しさを感じていないのかもしれませんが、自分と比較すると、寂しそうだなと思ってしまいます。

マキ

寝ているとき、壁越しにジョンの寝息が聞こえてくると安心するわ。あぁ、生きてるって、ほっとするの(笑)。今日も一緒に晩酌しましょうね。

(『新鐘』No.84掲載記事より)

※本書の記事の内容、登場する教員の職位などは取材当時(2017年度)のものです。

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