「まっすぐ爽やか、ふっと明るい気持ちになる映画です」
文化構想学部 4年 大西 千夏(おおにし・ちなつ)
早稲田大学の人気授業の一つ「映像制作実習」(基幹理工学部設置科目)では、映画監督でもある是枝裕和教授(理工学術院)など、日本映画界の第一線で活躍する講師陣から映画制作を学ぶことができます。その授業で制作した映画『咲(さき)の朝』で監督を務めたのが大西千夏さん。『咲の朝』は佐賀県唐津市で行われたショートフィルムの映画祭「第2回演屋祭」において、全国から応募のあった110作品の中から、1位となる金賞を受賞しました。今回は、大西さんに映画制作に興味を持ったきっかけや映像制作実習について、また今後の目標を聞きました。
――最初に、映画制作に興味を持ったきっかけを教えてください。
中学と高校で英語劇部に所属していたのですが、その親睦会で披露する寸劇の脚本を書いたことがきっかけです。内容は、シェアハウスを舞台にしたコメディー。部活ではキャストもスタッフもどちらもやっていたのですが、この寸劇を通して脚本を書く楽しさに目覚めました。元々ドラマを観ることが大好きで、三谷幸喜さんなど脚本家の皆さんに憧れの気持ちを抱いていたこともあり、それ以来脚本はもちろん、映像制作にも取り組んでみたいと思うようになりましたね。

高校2年9月の文化祭公演『ウィキッド』でのオフショット。大西さんは主人公の妹・ネッサローズを演じた
大学では、映画サークル「CINEMAX SIDEVARG」(公認サークル)に入り、最初は先輩方の映画制作を手伝っていました。2年次には、サークルとして参加している早稲田映画まつりにおける作品制作の企画で、初めて監督を務めました。その企画が「全編リモート制作」というもので、撮影から何から全てをリモートで行ったんです。なので、対面での本格的な映画制作は『咲の朝』が初めてでした。
――その『咲の朝』を制作することになった経緯を教えてください。
昨年度履修した「映像制作実習」の授業で、『咲の朝』を制作しました。授業では、まず自分が作りたい映画の企画書を提出します。その後、先生方に何度も見ていただいてブラッシュアップした企画書の中から実際に制作する映画を決めるのですが、数ある作品の中から『咲の朝』を含む4作品を作ることになったのです。
この授業の履修者は、映像制作の経験がある人ばかりではなく、初心者も多いです。私自身、本格的な映像制作や監督を務めることは初めてだったので、何もかもが手探りの状態で始まりました。キャスト決めから撮影、編集に至るまでの全てを、この授業を履修した学生で行ったこともあり、映画が完成した時には達成感でいっぱいでした。
写真左:河原で主人公・咲と同級生・のぞみが初めて話すシーン。撮影は2021年12月から約1カ月間行われた
写真右:撮影した映像を、班員やキャストと確認している時の様子
――今回の映画制作で苦労した点はありますか?
脚本制作です。先生方をはじめいろいろな方に脚本を読んでいただきながら修正していくのですが、作業を進める中でいつの間にか自分が作りたかった作品像が分からなくなり、「映画を通して本当に自分が伝えたいことは何なのか」と迷走してしまいました。好きで映画制作を始めたはずが、いつの間にか苦しくなってしまっていたんです。
そんな中、授業で模擬撮影をしたのですが、そこで、どうしたら『咲の朝』がより良い作品になるかを考えすぎてしまって、自分が楽しめていないことに気付いたんです。もちろん作品の良さを追求することは重要ですが、まずは自分が楽しまないと意味がない、楽しむことを大切にしようと気持ちを切り替えました。それからは、自分自身も楽しく制作を進めることができた上に、脚本改稿もうまくいくようになりました。
また、仕事の分担でも苦労しました。私は性格上、誰かに頼ることが苦手だったんです。撮影の序盤は、キャストへの連絡や絵コンテの清書など、撮影そのもの以外の部分においても自分で抱えていたことが多くていっぱいいっぱいに。そこで、班員のアドバイスも受けて、チャットツールを使って班員に仕事を割り振り、頼れるところは頼るようにしました。班員それぞれの得意分野を生かすことで制作もよりスムーズになりましたし、このメンバーだからこそ完成できた作品になったと思います。
撮影中の写真。舞台設定は9月だったのに雪が残っている日があり、前日からメンバー総出で雪かきをした思い出も。是枝監督からは『咲の朝』制作を振り返り、「ずっとめげなかったね」という言葉をもらったそう
――その大西さんの監督作品『咲の朝』が「第2回演屋祭」で金賞を受賞しました。どのようなストーリーですか?

『咲の朝』のポスター
田舎から引っ越してきた女子高生・咲が赤い自転車に乗った同級生・のぞみと出会い関わる中で、自分のこれからを模索していくストーリーで、約18分の作品です。映画を観終わった後に、爽やかな気持ちになってもらうことにこだわり、登場人物の一生懸命さが伝わるような作品を目指しました。
映画祭への応募は、いろいろな人に『咲の朝』を観ていただきたいという思いがあったためです。また、「第2回演屋祭」の応募条件のテーマの一つに「変化」があり、主人公・咲の心情の変化や成長にフォーカスしている今回の作品に合っていると思い、応募しました。映画祭では、審査員の今泉力哉監督をはじめ多くの方々に『咲の朝』を観ていただき、さらに金賞まで受賞できてとてもうれしく思います。
――『咲の朝』を見た人からの心に残った感想やコメントがあれば教えてください。
今泉監督からいただいた「これで満足しないで」という言葉が印象に残っています。この言葉は、とても多くの作品を世に送り出し続けている方だからこそのものだと思います。映画祭において、スクリーンで上映される『咲の朝』を観て、良いところだけでなく改善点も感じたので、次に生かしていきたいです。
また、「演屋祭」は佐賀県唐津市で行われているのですが、地元の方々から「面白かったよ!」という言葉を直接かけていただいたことも心に残っています。家族や友達など自分を知っている人からの言葉ももちろんうれしかったのですが、全く知らなかった人からお褒めの言葉をいただけたこともまた、素直にとてもうれしかったです。
写真左:「第2回演屋祭」での集合写真(大西さんは前列中央)
写真右:授賞式後に今泉監督(左から2人目)、映画制作の班員と一緒に
――文化構想学部でも、映画制作に関して学んでいるのですか?
表象・メディア論系に所属し、主に演劇や映画に関する授業を多く履修しています。テレビドラマ論・現代演劇論などを専門とする岡室美奈子先生(文学学術院教授)のゼミで学んでいて、演劇や映画、ドラマが好きな学生と岡室先生とで真剣に議論できることがとても楽しいですし、このような場所があることにとても感謝しています。

ゼミでの一枚。岡室先生からは「第2回演屋祭」金賞受賞後、お祝いの言葉をいただいたそう(岡室先生は前列中央、大西さんは2列目右から2人目)
――今後の目標を教えてください。
映画に限らず、ドラマや演劇などの作品制作に携わっていきたいと考えていて、現在は映像制作会社への就職を考えています。また、在学中にもう一度映画を制作したい気持ちもありますが、今はアウトプットよりもインプットが必要だと思っているので、映画や演劇、本などいろいろなジャンルの作品を観たり読んだりして、自分の引き出しを増やしていきたいです。
第823回
取材・文・撮影:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ)
人間科学部 3年 佐藤 里咲
【プロフィール】
東京都出身。桜蔭高等学校卒業。ドラマや映画、演劇の鑑賞が好きで、好きな脚本家は藤本有紀さん、野木亜紀子さん、三谷幸喜さんなど。最近だと、2022年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(脚本:三谷幸喜)や、舞台『「Q」:A Night At The Kabuki』(作・演出:野田秀樹)が大好きだと話す。趣味は、水族館に行くこと。魚は見るだけでなく、食べることも好きで、魚の知識を深めるため「日本さかな検定」の受検も検討中だそう。『咲の朝』は、今年9月に開かれた小津安二郎記念・蓼科高原映画祭の「第21回短編映画コンクール」においても入賞作品に選ばれた。