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初作品でPFFアワード入賞 邦画の魅力に導かれ、映画制作に挑んだ学生監督

「多くの人に支えられて、憧れの映画制作を行うことができた」

人間科学部 5年 松林 悠依(まつばやし・ゆうい)

1977年からスタートした自主映画のコンペティション「PFF(ぴあフィルムフェスティバル)アワード」。これまでの全42回の総応募作品数は2万作品を超え、映画監督への登竜門として広く認知されています。人間科学部に在籍する松林悠依さんは、自身初の監督作品『夜の帳(とばり)につつまれて』が「PFFアワード2021」にて見事入賞。9月に開催された「第43回ぴあフィルムフェスティバル」で上映されました。今後の活躍が期待される松林さんに、映画制作を始めたきっかけやPFFでの経験、そして将来の展望などを聞きました。

――映画監督をやろうと思ったきっかけはありますか?

ポートランドの有名なサイン前にて

監督をやってみたいと思ったのは、留学の影響が大きかったです。2019年から約1年間、アメリカのオレゴン州にあるポートランド州立大学に留学していたのですが、学内にあったミニシアターが気に入り、毎週夢中になって通いました。さまざまなジャンルの映画を観ていく中で、特に興味を持ったのが日本の古い映画。小津安二郎監督や勅使河原宏監督など日本人監督の作品がとても面白くて、アメリカにいながら邦画の魅力にあらためて気付いたんです。その思いをきっかけに、友人の自主映画制作の手伝いもしたのですが、帰国したら自分でも映画を撮ってみたいと考えるようになりました。

――では、どのような経緯で「PFFアワード2021」に応募することになったのでしょうか。

昨年の春、留学を終えて日本に帰ってきたのですが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で映画撮影どころではありませんでした。大学も全てオンライン授業になってしまって、しばらくは実家がある三重から授業を受ける日々で…。そうして、何もできず悶々(もんもん)としていたときに、有名な映画監督が地元で映画制作を行うという記事を偶然目にしました。そこで、思い切ってその監督に、映画作りに携わりたいと直接メールを送ってみました。すると、監督の事務所の方から連絡があり、製作委員会にアルバイトとして参加できることになったんです。

アルバイトでは現場の雰囲気を肌で感じたり、映画制作の流れについて学んだりと、とても貴重な経験ができました。ただ、何よりも「コロナ禍という苦しい状況でも、さまざまな工夫をしながら頑張る人たちがこんなにもいるんだ」という驚きが大きかったです。それまでは、コロナ禍では何もできないと悲観しているだけでしたが、私もできることに挑戦しようと強く思いました。

そして秋には、ずっと実家にいても始まらない、と東京に引っ越し、そこから、脚本の制作と並行して、一緒に映画を作る仲間を集め始めました。映画研究会(公認サークル)に入り、そこで企画に興味のある人を募ったり、役者を募集するWebサイトを利用したりするなど、さまざまな方法で働きかけました。その結果、たくさんの方々に協力していただけることになったんです。そして、せっかく映画を作るなら大きな目標を掲げようと、自主映画最大のコンペティションであるPFFアワードへの応募を決めました。

制作時の現場の様子。カメラで撮影する松林さん(右から2人目)

――松林さんは今回が初監督作品でありながら、脚本や撮影、編集も担ったと聞きました。苦労したことも多かったと思います。

映画制作の経験や知識が少なく、どの作業もかなり大変でしたね(笑)。脚本は、昔、私が出会った方々をモデルにしました。いつも心に何か抱えているような雰囲気を持っている方たちで、彼らが一体どのようなことを考えて、どのような生活をしているのかにとても興味があったんです。そうした、彼らの気持ちを理解したいという思いが、今回の脚本を書くきっかけになりました。

『夜の帳につつまれて』は、仕事をクビになった主人公が、育児放棄で傷ついた小学生と出会い、旅に出ることでストーリーが展開していく。多くの人々との触れ合いの中で、主人公は自分自身を見つめ直していく

脚本を完成させてから撮影に入ったのですが、予算的な問題もあって撮影を頼める人もいなかったので、自分でカメラを回したり、車を運転したり、とにかくいろいろなことを担当しました。

主題歌『いつまでも』は松林さんが作詞作曲を手掛けた。音楽が好きで、留学先ではカフェやバーで自身の曲を披露することもあったそう

正直なところ、現場では周りを見渡す余裕があまりなかったのですが、堅苦しい雰囲気にはしたくないと思い、できる限りキャストやスタッフのみんなとコミュニケーションを取るように心掛けました。苦労は大きかったですが、その分楽しさも大きかったです。現場には私と同年代の方が多く、楽しい雰囲気で撮影を進められました。また、撮影場所を提供してくださった方が、いつもお弁当を差し入れてくださるなど、本当に多くの人の支えがありました。そのような経緯もあり、映画が完成したときにはうれしさがあふれました。

――489作品の中から入賞作品の一つに選ばれました。そのときの気持ちをお聞かせください。

とても驚きました。でも、それと同時に不安も大きく、お客さんはこの作品にどんな感想を持つのだろうと考えて、少し怖くもなりました。それでも、やはり受賞したことへの喜びが勝りましたね。ぴあフィルムフェスティバルで自分の作品を鑑賞したときはとてもドキドキしました。

映画館の大きなスクリーンに自分の作品が映し出されて、真っ暗な中で多くの人がスクリーンを真っすぐ見ている。緊張もありましたがその光景に感動を覚え、とても貴重な体験となりました。上映が終わった後に観客の方から「面白かったです」とか「感動しました」などと直接感想をいただけてすごくうれしかったです。

「PPFアワード2021」授賞式の様子(最後列中央が松林さん)。写真提供:ぴあフィルムフェスティバル

会場には入選した監督が私を含めて18人いたのですが、「自分と同じようにコロナ禍の中でも、悩みながら、工夫を凝らして頑張っていた人がこんなにいたんだ」と、とても感慨深くなりました。入賞作品にはさまざまなジャンルのものがありましたが、本当に全て違った良さがあって、私ももっと頑張ろうと思いました。

――最後に、現在の学生生活や今後の目標について聞かせてください。

現在は卒業論文や「映像制作実習」(基幹理工学部設置科目)という授業に力を注いでいます。この授業では、映画監督でもある是枝裕和先生(理工学術院教授)らに指導していただけることもあり、映像制作の新たな魅力に気付くことも多いです。

将来は、やはり映画に関わる仕事に就きたいですね。どのような形で関わっていくのかはまだ模索中ですが、今回の経験を経て、その思いは非常に強くなったと感じています。それほどPFFアワードでの入賞は私の中でとても大きい出来事でした。

写真提供:ぴあフィルムフェスティバル

第800回

取材・文・撮影:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ
法学部 2年 佐久間 隆生

【プロフィール】

三重県出身。都立武蔵丘高等学校卒業。海外への憧れがあり、多様性のある校風や海外の大学とのつながりも深い早稲田大学に魅力を感じて入学したそう。趣味は映画鑑賞やギター演奏、写真撮影。特にフィルムカメラにはまっており、よく写真を撮りに行くという。

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