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遺伝子のスイッチから食の新たな可能性を切り開く
特集:Entrepreneurship from Waseda
Tue 28 Apr 26
特集:Entrepreneurship from Waseda
Tue 28 Apr 26
私たちの暮らしにとって、食と健康は欠かせないキーワードです。海洋生物や発酵食品など、自然に存在するものの“機能”を探求する中尾洋一教授に、研究が生み出す食品の未来を聞きました。
中尾洋一 早稲田大学理工学術院 教授
遺伝子からのアプローチで機能性の新しい評価軸を確立
自然界に存在する化合物が持つ働きや特性を明らかにする機能性化学の分野を専門としています。元々は、海綿や軟体動物、ホヤなどの海洋生物から、薬の素となる成分を探す研究を行っていました。早稲田大学に所属することになり、新しい研究テーマを模索する中で着目したのが、「食品」の機能性でした。食品の機能性成分というと、一般的にポリフェノールや脂肪酸、ビタミンといった成分が「体にいいもの」として注目されます。海洋生物での研究手法を元に、まだ見ぬ新しい成分を探そうと試みましたが、食品が持つ成分は活性が弱く速効性も低いため、難航していました。
その中で鍵になったのは「遺伝子のスイッチ」です。ES細胞など万能細胞の「遺伝子のスイッチ」をコントロールして分化誘導させた細胞を移植することで、失われた生体機能を回復させる再生医療が、2000年代から注目を集めるようになりました。また、細胞の分化誘導だけではなく、がん化・老化などにも「遺伝子スイッチ」は影響を与えることが明らかになってきました。そこで、日々摂取する食品の中にもこのスイッチを切り替える成分があり、健康維持に影響しているのではないかと考えました。
味噌から塩へ研究の成果から商品を展開
2014年、農林水産省からの助成を受けた研究プロジェクトを機に、食品の機能性、特に抗ストレスと食品成分をテーマにした研究を開始しました。幹細胞から神経系を形成するニューロンやアストロサイトを分化させる過程に特定の食品成分を添加し、その際に起きる変化を検出することで、健康にいいといわれる発酵食品、とりわけ味噌に含まれる成分を中心に実験を進めていきました。その結果、味噌の発酵過程で生成される物質の中に、うつ病や認知症に関与する「遺伝子スイッチ」を切り替える成分を発見しました。
こうした手法をほかの食品にも応用していく中で 次に注目したのが「塩」です。偶然、瀬戸内海の塩の製品化を目指している方と知り合い、そのおいしさの秘密となる成分の分析を担当しました。山口県牛島は、潮の干満によって一旦海底に浸透した海水が山からの地下水と混ざりあって海底へと湧き出す、海底湧海水が豊富です。この湧水から作られる海底湧水塩は、海水のミネラル成分に加え、山から流れ込んだ有機物やアミノ酸などの栄養素を多く含みます。そのため、塩化ナトリウムを約25%カットできるとともに、塩化ナトリウム99%以上の精製塩に比べてまろやかでほんのりとうま味を感じる味わいとなり、カリウムやカルシウム、マグネシウムも多く含まれています。
この研究は、2020年度の「早稲田PoCファンドプログラム」に採択され、2021年には大学発ベンチャー「Ussio Lab.株式会社」として事業化を行いました。現在、海底湧水塩「うっしお」や、それを使った塩焙煎コーヒー、塩ソフトクリーム(うっしおソフト)などの商品展開を進め、塩を使っても錆びないコーヒー焙煎機の開発研究も行っています。こうした偶然の出会いも、社会に還元される研究の醍醐味だと思います。
おいしく減塩が可能な食事ができれば、血圧を気にする人の選択肢が広がります。現在この塩を生かした「生ハム作り」のプロジェクトを進めています。私たちが開発した塩と組み合わせて、年齢や健康状況に関わらず多くの人が食べられる生ハムを作るのが目標です。
「楽しさ」を原動力に大学と社会を行き来する
私が研究において大切にしているのは、「楽しむこと」です。「美味しいものを食べたい」「これらを組み合わせたら新しい発見がありそう」という想いが全ての活動の原動力です。その過程で、大学の研究と社会課題は自然と結びついていくのだと思います。
国レベルでスタートアップの推進が進み、研究者の力が国全体の経済発展に求められています。学生には、好奇心で始めた研究成果を、社会還元につなげるスタートアップにも果敢にチャレンジしてほしいですし、私もそれを応援していきたいと考えています。
PROFILE
東京大学大学院農学系研究科 水産学専攻・博士課程修了。ハワイ大学化学科・博士研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科助手、講師を歴任。早稲田大学理工学術院准教授を経て、2012年より現職。2021年、早稲田PoCファンドプログラムでの研究からUssio Lab.株式会社を創業し、同社の取締役に就任。